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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第4章

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64.決戦 1/4

 大聖堂に辿り着いたティアは、門前で待ち構える二人の男を見て顔を顰めた。

 自身の行動を読まれていたことが、彼女に苛立ちをもたらす。


「来たか」


 フェルメルト・ギルムートの声は、やはり地を震わせるように重々しい。


「あなたは、アルシーラの……」


「単身で乗り込んでくるとは、無謀にも程がある」


 フェルメルトの着込む金彫りの鎧が、魔導照明の光を浴びて輝いている。かつて隆盛を誇ったアルシーラ聖騎士団。当時のままの雄姿だ。


「果たしてそうでしょうか」


 ティアは剣を抜く。その切っ先を、フェルメルトに向けた。

 フェルメルトは退屈そうな、しかし油断ない眼差しでティアの握る剣を一瞥する。


「メイドが剣を握るなど、片腹痛い。勝てると思っているのか?」


 ティアはその問いに答えない。力が及ばないことは自身が最もよく解っている。切っ先をフェルメルトに向けたまま、声を絞り出す。


「お嬢様を返しなさい。さもなくば……どてっ腹を掻っ捌いて腸を引きずり出してやるぞ」


 虚勢でも何でもいい。全身に滲む恐怖を塗り潰す。守るべき主の為に命を賭して戦う覚悟はできている。

 フェルメルトの目が細まる。その目に何を見ているのか。ティアには解らない。

 知ったことかと言わんばかりに、アーリマンが一歩を踏み出した。


「将軍。ここは私にお任せください。この者とは少なからず因縁がございまして」


「アーリマン!」


 ティアの叫びは烈々とし、かつてない剣幕は義憤で満ちていた。


「恩知らずのゴミクズが。お前のような忘恩の輩は、犬畜生にも劣る!」


「うるさいな」


 アーリマンが腰の剣を抜く。護拳を備えたサーベル。不敵な面持ちは自信の表れか。


「ははっ。せっかく拾った命を、ここで捨てていけよバカ女!」


 言いながら、彼は一直線に駆け出した。喜色を浮かべ、思うままに剣を振るう。

 ティアにとってはあまりにも拙い剣筋であった。剣戟を交わすまでもない。アーリマンの剣の鍔に切っ先を引っ掛けると、そのまま絡めとり、巻き上げる。彼の剣は頭上高く飛ばされ、くるくると回転した後に地面に突き立った。

 フェルメルトの短い嘲笑。ティアの剣が、アーリマンの首筋に触れていた。


「大口を叩いておいてこの程度ですか?」


「ああ、いや……そうだね。参った」


 軽薄な面持ちのまま、彼はお手上げとばかりに諸手を上げる。


「僕の負けだよ」


 アーリマンから降参の意思を感じ取ったティアは、意識をフェルメルトへと移す。

 それが失策だった。

 突如として現れた魔力の波動。黒煙じみた魔力を纏ったアーリマンが、その手に生み出した不定形の大剣を振り下ろす。

 咄嗟に剣で受けとめるも、魔力の余波はティアの全身を叩き、侍女服の所々を切り裂いて彼女を吹き飛ばした。受け身も叶わず向かいの建物に叩きつけられる。衝撃が肺の空気を一気に押し出した。


「おーおー。油断したねぇ」


 明滅する視界の中で、ティアは地を踏み剣を構え直す。


「この……!」


「おっと、卑怯なんて言わないでくれよ。僕はビジネスマンだからね。これは知恵、いわゆる処世術ってやつさ」


 迂闊であった。そもそもこの男に正々堂々を求める方が間違いだったのだ。


「勝負ありかな? まだ諦めてないって感じだけど。どのみちその剣じゃ、もう何も出来やしないだろ」


 言われて、ティアは自分の握る剣を見る。先程受けた魔力の影響か、頑丈に鍛えられたはずの剣は無残にも朽ち果て、今にも砕けてしまいそうだった。

 アーリマンの手に再び黒煙が生まれる。辛うじて剣の形を為す魔力の塊。彼はそれを容赦なく振り下ろした。

 受ければ致命は免れない。しかし回避も間に合わない。

 もはや、打つ手なし。

 ならば諦めるのか。主を奪われたまま、足掻くこともせずに。


「まだ――」


 そんな馬鹿な話があるものか。

 ティアの脳裏に、シルキィとの過去が蘇る。幼い主の泣き顔、些細な喧嘩の思い出、自分の名を呼ぶ澄んだ声。花の咲き誇るような、輝かんばかりの笑顔。

 ティアは背中の剣を取る。シルキィが大切に抱き、鞘から抜くことさえ許さなかったお守りの剣。


「――まだぁッ!」


 アーリマンの一撃によって、剣を固定していた紐が綻んだのが幸いした。鞘に収まったまま迫る漆黒を受け止める。

 これが並の剣であれば、魔力に侵食され破壊されていただろう。

 ところが、ティアが握った剣はそうはならなかった。激突した剣と剣は眩い光を放ち、ひび割れた鞘の隙間から七色の光が閃く。


「なに? これはッ――」


 その場にいる誰もが感じ取った。剣に宿る、異常なまでの魔力の奔流を。

 魔力と魔力の衝突。その余波に晒された鞘が塵となって燃え尽きた。解放された刀身に走る紋章。そこから拡散した閃光が周囲を埋め尽くす。


「嘘だろッ! こんな――」


 尋常でない圧力を受けたアーリマンが堪らず退くが、迸った虹の輝きは彼を逃さない。七色の光はさらにその勢いを増し、漆黒の魔力を呑み込んで消し飛ばした。

 やがて光の爆発は収束し、虹は穏やかに、静謐なまでに剣を包むばかりとなった。鍔に埋め込まれた宝玉が一際強い七色を秘めている。

 ティアの荒い息遣いだけがこの場の全てであった。アーリマンは大聖堂の壁に半身をめり込ませ、意識を失い、否、死んでいるかもしれなかった。

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