62.将軍出陣
「やはりそう上手くはいかぬものだな、つくづく」
外門の消失。乱入者の存在は、兵士の目を通してウィンスの認識の内にあった。
魔導馬に砲撃の機構が隠されていたことにも、強化した兵士が手を焼く者がいたことにも驚きを隠せない。順調に進んでいた計画は、想定外の事態に陥っている。
「どうした、王子」
唇を歪めたウィンスの嘯きに答えたのは、壁を背に腕を組むフェルメルトだ。
「侵入者だよ、このパマルティスに。よもや、これほど早く現れるとはな。予想外だ」
「どこの軍だ?」
「軍と呼べるものではない」
「なに?」
「魔導馬を駆る小僧一人に翻弄されている。まったく情けない話だ」
フェルメルトの脳裏をよぎったのは、エルンダで一戦を交えた少年の姿。
「ラ・シエラの護衛にアルゴノートがいた。なかなかの手練れだったが」
「アルゴノートだと?」
ウィンスは嘲笑混じりに聞き返す。その目は少しも笑っていない。
「我々もコケにされたものだな。薄汚い野良犬ごときに噛みつかれるとは」
ウィンスは決してアルゴノートの力を侮っているわけではない。彼は本来のアルゴノートの姿を知っていたし、その実力を目の当たりにしたこともある。
だが、今のアルゴノートの在り様は軽蔑していた。帝国に媚を売る傭兵まがい。戦況を覆す程の力を持ちながら目先の功利に目がくらんだ俗物。彼のアルゴノートに対する認識は極めて辛辣なものだった。
「申し上げます! 報告!」
大聖堂に伝令の声が響いた。急ぎ足で膝をつく兵に、ウィンスの鋭い眼光が向けられる。
「侵入者は手負いとなり逃走中。我々も馬を出して追撃しております。また、住民からの報告によりますと、剣を持った侍女服の女がここに向かっていると」
「なるほど。あのメイドだな。野良犬が引っ掻き回している間に、人質を取り戻そうという魂胆か。なんとも勇ましいじゃないか」
そういうことであれば、今回の襲撃に帝国の影はない。ウィンスにとってはまったくもって無意味な戦いであった。
「せっかくの貴重な人材だ。万が一にも奪い返されては堪らん」
「同意する。我らアルシーラには先立つものが必要だ。治癒魔法は金になる。あの娘の価値は、千金にも等しい」
フェルメルトの言葉に嘘はなかったが、それが全てというわけでもない。治癒魔法の使い手を確保できれば、時間も労力もかけず、王女の病を治すことが出来るかもしれない。シルキィの治癒魔法は彼の使命に光明をもたらした。アルシーラの騎士として、今それを失うわけにはいかないのだ。
「将軍、頼めるか? アルシーラ史上最強と謳われた貴公の力、見せてもらいたい」
「もとよりそのつもり」
フェルメルトは踵を返す。漆黒のマントが大きく靡いた。
「将軍。お待ちを」
いつの間に大聖堂に来ていたのか、呼び止めたのはアーリマンである。装飾過多の軽鎧に身を包み、腰には剣を提げていた。
「どうしたアーリマン。なかなかどうして、様になっているじゃないか」
「恐れ入ります、王子」
ウィンスはアーリマンの装いを見て愉快気に笑った。対してアーリマンは、形式的な笑みを顔に貼り付けるのみ。
「将軍。シルキィ様をお連れしたのはこの私。此度のこと、責任の一端は私にもございます。ならばせめてお手伝いをさせて頂きたいのです」
恭しく物を言う長髪の美男子を、フェルメルトは見もしない。彼らが出会ったのはパマルティスに来てからだが、フェルメルトはどうにもこの青年を信用できなかった。
本心を隠匿する薄い笑みは、その昔アルシーラの宮廷に蔓延った奸臣を思い出す。忠義を忘れ、かつての主人を売って利益を貪る性根は全くもって不愉快であった。
だが、フェルメルトはそれを口には出さない。騎士道を捨てた我が身を棚に上げて高説を垂れるなど言語道断。恥ずべき行為だ。
「好きにしろ」
故に彼はその一言を、苦々しく吐き捨てた。
「感謝致します」
大股で大聖堂を後にするフェルメルトを、アーリマンが追う。
二人の背中を見送って、ウィンスは嘲弄の面持ちで鼻を鳴らした。
「俗物め」
その言葉が誰に向けられたものか、本人以外には誰も知らない。




