61.敵陣突入 2/2
無人の大通りを駆け抜けて街の中心へ進む最中、殺気立ったエーランドの兵隊がにわかに集結し、セスの行く手を阻んだ。彼らは皆一様に真紅の魔力を纏い、勇猛な雄叫びを上げて飛びかかってきた。
「ケイルレスの強化魔法か」
セスの額に冷や汗が伝う。かの魔法の強力さは、古くより聞き及ぶところであった。
セスが手綱を通じて命令を送ると、魔導馬は青白い燐光に包まれた。魔石に封じ込まれた魔力が鎧となり、飛来した矢や投槍の悉くを弾き返す。彼らの武器は全て真紅の魔力に彩られていたが、魔導馬の装甲には傷一つつかない。
セスは速度を落とさずに敵陣に突入する。魔導馬の突進で歩兵達を吹き飛ばし、迫りくる槍を打ち払う。神経を研ぎ澄まし、猛り声と共に剣を振るい、人馬一体となって敵陣を駆け回った。
敵とて愚かではない。魔導馬に攻撃が通じないと分かると、狙いをセスに集中した。魔導馬の魔力は騎手を守らない。類稀なる反射神経で攻撃を捌き躱し続けるが、怒涛の如く襲い来る刃のいくつかがついにセスを捉えた。
まず腕を切り裂かれた。剣を握る力が弱まる。
肩に矢を喰らった。手綱を引く度に、激痛が走る。
槍が脚を貫いた。馬上で踏ん張る力さえ、奪われた。
真紅の魔力に重なって、鮮血が舞った。
「たかが一騎! されど用心せよ!」
部隊長の指示が飛ぶ。彼らはたった一騎の敵に対しても、決して油断をしてくれない。
だが手負いとなってなお、セスはいよいよ烈火のごとき気迫を放った。
魔導馬を跳躍させ、壁を蹴って宙を飛ぶ。壁から壁へ。まるで伝説に謳われる天馬の如く戦場を駆け抜ける。
己が何の為に戦っているのか。それが明白であれば、些かの迷いもない。命を賭けるに足る理由があれば、恐れをねじ伏せるのは容易い。
だが、信念と気迫だけでどうにか出来るほど現実は甘くない。セスの剣では、魔力に守られた兵士を斬ることはできない。できるのは精々、魔導馬の体当たりで吹き飛ばす程度。すでに二十を超える敵を戦闘不能に追いやるも、敵の数は一向に減らず、それどころか時が経つにつれてさらに集まってくる。
辛うじて致命傷は避けているが、手傷は増える一方。突入からわずか十分余りで、セスは満身創痍に陥っていた。いまだ戦っていられるのは、魔導馬の強靭さと速力があってこそだ。こうなってしまえば、セスの死は時間の問題であった。
セスが大暴れをしている隙に、ティアは街の大聖堂に向かっていた。脇目も振らずに走り抜ける。セスの陽動が功を奏し、兵と遭遇することはなかった。
しかし、気掛かりなのは住民の存在である。パマルティスには多くの住民がいるはずだが、不思議と人を見かけなかった。街は不自然な静寂に包まれている。
外出禁止令でも出ているのだろうか。ティアはそんな疑問を、思考の外に追い出した。今はシルキィの救出に専念すべきだ。
大聖堂は、遠くからでもその存在を大いに主張していた。天高く伸びた尖塔に、剣とリボンの紋章が掲げられている。女神アイギスの紋章だ。
ティアはひたすらに走った。セスが命を賭けて作り出した好機を無駄にしてなるものかと。息を荒げようとも、脚が悲鳴をあげようとも、ただ全力で駆けた。
ティアは母の顔を知らない。父も五年前に死んだ。天涯孤独の彼女にとって、シルキィは家族であった。血は繋がっていないし、身分も違う。公には主人と従者である。
それでも、彼女達は紛れもなく姉妹であった。血ではなく心で通じ合った家族なのだ。
ティアの戦う理由はそこにある。ただの忠誠ではなく、妹への愛ゆえに。




