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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第3章

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51.そこにある闇の先⑤

 眼前に死が迫る。ティアは凶刃に怯え、固く目を閉じてしまう。

 ウィンスが振り下ろした剣は、しかしティアを斬り裂くには至らなかった。魔力の矢が飛来し、それを弾き落とすために軌道を変えざるを得なかったからだ。


「何のつもりだ」


 妨害はイライザによるものだ。彼女の攻性魔法は決して強力ではないが、多少なりとも脅威にはなった。邪魔立てされたウィンスは、害虫でも見るような目をイライザに向ける。


「その人達を傷つけるのは許さない」


 震える声は、恐怖故か、あるいは怒り故か。魔法を放った手を上げたまま、金の瞳は瞬き一つしない。


「あの人が悲しむ」


「よした方がいいと思いますが」


 大仰な仕草で腕を広げ、首を振るアーリマン。


「イライザさん。ここに連れてきた責任を感じるのはよくわかります。ですが、王子に楯突くのは感心しませんねぇ。あなたとて犬死にはしたくないでしょう?」


「引き下がれない」


「ふむ、そうですか」


 アーリマンはその鋭い顎をさすって、目を細めた。


「ウィンス王子、いかがでしょう? イライザさんも大切なビジネスパートナーの一人。彼女には実に稼がせてもらいました。無論、その多くはあなた方の懐をも潤しております。私としては、彼女の意見は最大限尊重するべきだと思うのですが」


「正気か?」


 眉を歪め、アーリマンを睨むウィンス。


「私にも一応の理念があります。金を払う者、そして稼ぐ者こそ偉大であるとね。これは商人としての矜持のようなもの。王子のあなたには、ご理解頂けないかもしれませんが」


「ふん。理念ときたか。商人風情が大層な口をきく」


 言いつつ、ウィンスは剣を納める。


「まぁいいだろう。貴様と、この俺に臆することなく矢を放ったその娘の勇気に免じる」


「ありがたく」


 このやり取りを聞いて、シルキィはひとまず安堵した。だが、状況は何も好転していなかった。彼らはティアとイライザに情けをかけたわけではなく、生かした方が利となるから殺さなかっただけだ。


「ティア。ラ・シエラ辺境伯へ伝えておけよ。身代金をかき集めておけと、ね」


 言い捨てたアーリマンは、それきりティアから目を離すと、へたりこむシルキィに手を差し伸べた。


「さあシルキィ様。参りましょう」


 無論、彼女はその手を取らない。シルキィは既にこの男を敵と認識していた。


「アーリマン。あなた、どうしてしまったの? 昔のあなたは優しかったじゃない。一緒に遊んでくれたり、お菓子を作ってくれたり」


「そんなこともありましたね。懐かしい記憶です」


 シルキィは心のどこかでアーリマンの良心を信じていた。記憶の中の彼はいつも健気であったのだ。もしかすれば、彼には差し迫った事情があるのかもしれない。


「どうしてなの? その男に脅されているのなら、私達に相談してくれたら――」


 アーリマンはふと顔を押さえた。肩は小刻みに震え、しゃくるような声が断続的に続いた。泣いているのかと思った。

 違う。嗤っていた。


「没落したラ・シエラへの忠義は、一銭にもならないでしょう?」


 その一言がアーリマンの偽らざる本音だった。物欲と野心が、彼の本質なのだ。


「アーリマン! 生き倒れのあなたを拾って下さった旦那様のご恩を、忘れましたか!」


 絞り出すような叱責。ティアは苦悶の表情で、忘恩の徒を責め立てた。


「力を失った貴族に媚を売る価値はない。人を従えるということは、信や義によらず、ただ力によってのみ行われるのだから」


 アーリマンの言葉を受けて、鼻を鳴らしたのはウィンスだった。


「つまらん問答はそれくらいにしておけ」


 彼が合図をすると、二人の兵がシルキィの両腕を掴んで引っ張り上げた。彼女が背負った剣を取り上げて、その場に投げ捨てる。


「お嬢様!」


「大丈夫」


 シルキィはあえて強い語気で訴えた。


「私は大丈夫」


 強がりだ。震える脚を叱りつけ、怯える心を隠す為の虚勢だ。


「だから心配しないで、ティア」


 動けぬ従者を安心させるために、微笑みまで浮かべて。

 けれど本当は叫びたい。助けてと。エリーゼの窮地を救ったレイヴンのような、自分だけの英雄を求めてしまう。

 現実は非情だ。その願いが聞き届けられることはない。整然と組まれた物々しい隊列に囲まれて、シルキィは行く先も解らぬまま連れ去られたのだ。


 その場に残されたティアは、忸怩たる念に全身を震わせる。守るべき主をみすみす奪われ、あまつさえ主人に守られるなど。従者としてあってはならぬ醜態だ。

 悔恨に染まった呻きが、無人の平野に溶けていく。

 甘えていた。シルキィの優しさに。貴族の威光に。自身の半端な才能に。

 多少剣術が使えるだけの十九の小娘が、どうして護衛を気取っていたのだろう。あまりにも傲慢ではないか。


 止めどなく溢れる涙が、去っていくシルキィの背中を滲ませる。

 拾い上げたシルキィの剣を抱いて、ティアは苦しげな嗚咽を吐き出した。

 涙は鞘を伝い、乾いた土を何度も湿らせていた。

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