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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第3章

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49.そこにある闇の先③

「けっこう歩いたけど、まだ着かないの?」


「もう少しです。頑張って、ミス・シエラ」


「同じ台詞、さっきも聞いた」


「お嬢様。やはり剣をお持ちしましょうか?」


「それはいい」


 薄暗い地下通路に三人の足音が響く。

 一体どれくらい歩いただろうか。このままいつまでも出口に辿り着かないのではないかと、そんな風に思えてくる。シルキィの中には小さな恐怖さえ芽生え始めていた。


「レイヴンって」


 どうにか気を紛らわそうと、シルキィは言葉を紡ぐ。


「百年前、どんな気持ちでここを通ったのかしら」


「少なくとも、今みたいにのんびりしてなかったのは確かですね。命の危機でしたし、彼にはやるべきことがありましたから」


「やるべきこと? それって何?」


「言っていいんですか? ネタばらしになっちゃいますよ?」


「あっ。だったら聞かない方がいいわね」


 それからもうしばらく、三人は歩き続ける。

 ようやく地下通路の出口にたどり着いた時、シルキィの脚は棒になっていた。

 変わらない景色、暗所ゆえのえも言われぬ不安と、狭くるしい閉塞感。それらは全て気持ちの良い達成感に変わろうとしていた。 


「到着です。おつかれさま、ミス・シエラ」


 イライザは事も無げに言った。彼女には疲労の欠片もなさそうだ。


「やっとついたー! 長かったー!」


 長距離の移動には専ら馬車を用いるシルキィにとって、この道のりはまさしく苦行であった。途中で音を上げなかったのは、レイヴンへの熱意とイライザへの友情ゆえである。

 イライザはカンテラを置き、鉄の扉を開錠する。


「さあ、出ましょうか」


 眩い日光が三人の目を眩ませた。肌寒い地下にぬるい風が吹き込んでくる。目が慣れてくると、すぐ目の前に急傾斜の上り階段があった。造りは古く、一段一段が高い。


「確かここを上ったところに、レイヴンの仲間達が勢揃いしていたのよね」


 シルキィは我先にと階段を駆け上がる。

 その様子を微笑ましげに見守っていたティアが、不意にただならぬ気配を感じて顔を引き攣らせた。


「お嬢様!」


 彼女が叫んだ時、シルキィはちょうど階段を上り切り、目の前に広がる事態に言葉を失ったところであった。

 全身鎧を纏った男達が、扇状にシルキィを取り囲んでいる。兜によって顔面まで覆われた物々しい兵達の威圧感に、シルキィは脚を竦ませた。


「お待ちしておりました、シルキィ様」


 見知った男が一人、歩み出る。


「アーリマン?」


 彼の姿は平時のままで、他の男のように鎧を着こんではいない。だが、腰に剣を帯びていることがやけに物騒に思えた。


「これって、何かの余興……かしら?」


「余興?」


 彼は小ばかにしたように吹き出す。

 ティアが急ぎ駆け付け、シルキィの傍に寄り添う。シルキィはティアの腕にしっかりとしがみ付いて、人当たりの良い笑みを浮かべるアーリマンに戸惑いの目を向けた。


「彼らを前にして余興などとは、流石はラ・シエラのご息女。肝が据わっていらっしゃる」


「これはいったい何事ですか。説明しなさい」


 ティアが鋭い声を飛ばす。間の悪いことに、彼女は帯剣していない。

 アーリマンは答えず、代わりに見知らぬ青年が歩みを前にした。


「この小娘か?」


 群青の鎧を纏う若い青年であった。雰囲気や立ち振る舞いから、彼がこの兵士達の首魁であるようだ。


「ええ、そうですともウィンス王子。ラ・シエラ辺境伯の一粒種。シルキィ・デ・ラ・シエラ様。あなた方に対しては、この上ない手土産となると思いますが」


 アーリマンの笑みを受けて、ウィンスは可笑しそうに鼻を鳴らした。


「没落した貴族の娘に、いかほどの価値がある」


「ご安心ください。必ずご期待に沿えましょう」


 シルキィははっとして振り返る。目の前のやり取りは理解に及ばず、共にやってきたイライザに気を向けた。彼女の眠たげな瞳が、驚愕あるいは憤りの色に満ちていた。


「ご苦労様でした。イライザさん」


 その一言は、アーリマンから発せられた。


「私のお願いを聞いて頂いてありがとうございます。感謝の念に堪えません」


「最初から、こういうつもりだったんですか」


 イライザは不愉快そうに眉を顰めた。


「えっと、話が見えないのだけど……どうなってるの?」


 自分がどういった状況に置かれているのか、シルキィには未だわからずにいた。なぜアーリマンがここにいるのか。この兵士達は何者なのか。アーリマンはどういう意図で自分達をここに誘導したのか。


「手土産とは何のことです!」


 いつになく厳しい声色で詰問するティアに、アーリマンは辟易して額を押さえた。


「そのままの意味だよ、ティア。こちらにおられるウィンス王子は私のよきビジネスパートナーでね。日頃お世話になっている彼には、常々お礼を差し上げたいと思っていたところなんだ」


「それが、お嬢様だと?」


 ティアの静かな声は明確な怒りを帯びていた。


「クズが……! 従者として過ぎたる戯言です。今すぐ撤回しなさい」


「おめでたい女だな」


 かつての同僚に向けるにはあまりにも辛辣な一言。これにはティアよりもシルキィの方が反応した。信頼する者同士の衝突は、彼女の表情を一段と曇らせる。


「正直に言うと、昔から君の生真面目さが疎ましかったよ。僕の方が何歳も年上だというのに、あれやこれや口出しをして身の程も弁えない」


「記憶にありませんね。あなたがよほど不真面目だったのでは?」


「ふふ。そうだったかもね」


「アーリマン」


 そこでウィンスがしびれを切らしたか、尊大な態度で強い声を放った。


「よもやこのような茶番を見せるためにダプアくんだりまで呼び出したのではあるまいな。我らを愚弄するようであれば、たとえ貴様とて」


「おっと。これは失礼」


 アーリマンは胸に手を当てて詫びる。悪びれた様子は一切ない形だけの謝罪の後、シルキィとティアに歩み寄った。

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