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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第3章

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46.決意の朝

 日の出と共に、街はにわかに活気づく。 

 ダプアの雑踏はすこし埃っぽかった。舗装されていない大通りでは、道行く人々の歩みが砂を舞い上げる。良くも悪くもそれがダプアという街の特色であった。

 シルキィは時折咳き込みそうになりながら、喧騒を縫うようにして歩いた。後ろにはティアが従っている。


 日の出から間もなくして、シルキィはイライザの書斎を訪れていた。

 昨夜のうちにアーリマンから手紙が届き、そこにはイライザと仲直りするためのアドバイスが書かれていた。シルキィは藁にも縋る思いでそれに従うことにしたのだ。

 書斎の扉をノックして数秒。返事はない。


「イライザ。起きてる?」


 シルキィは後ろのティアに振り返る。ティアの頷きは、怖気づきそうになるシルキィの背中をしっかりと押してくれるようだった。

 もう一度ノックをする。やはり返事はない。

 寝ているのだろうか。気が急いてしまい、早朝に押し掛けるような失礼な真似をしてしまっただろうか。

 出直した方がいいかもしれない。そう思い至った頃、音もなく扉が開かれた。


「イライザっ……おはよう」


 シルキィは精一杯の笑顔で明るい声を出す。

 顔を覗かせたイライザは相変わらず眠たげな瞳で、何を考えているか窺えない。


「何かご用ですか?」


 けれど彼女の心情はその素っ気ない言葉が如実に表していた。


「こんな朝早くにごめんなさい。昨日のこと、ちゃんと謝りたくて」


 金の瞳がじっとシルキィを見る。

 大きく息を吸って、シルキィは深く頭を下げた。主に合わせてティアも腰を折る。


「ごめんなさいっ」


 貴族が平民にする行為ではない。こんなことは、帝国の歴史においてあってはならないことである。しかし、シルキィにはこうする以外なかった。


「あなたは、何を謝っているの?」


 静かな声には非難の調子があった。

 シルキィは頭を上げ、真摯な眼差しでイライザと向き合う。


「どうしてあなたが気分を悪くしたのか、あれからずっと考えてた。いくら考えたって答えは出なかったけど……」


 偽りを口にせず、ただ誠実に、本心を打ち明ける。


「でもね、私の軽率な言葉があなたを傷つけたことはわかった。だからまずはそれを謝りたかった。謝らなくちゃいけないと思ったの」


 今までも人を傷つけたことはあった。幼い時分は、配慮に欠ける言葉で友人を失ったこともあったし、蔑視する者から恨めしい目を向けられたこともあったが、彼女は決して悪びれなかった。自分の行いは正しく道理にかなったものだと信じて疑わなかった。

 だが、敬愛する作家からの痛烈な拒絶は、シルキィに大きな衝撃を与えた。彼女は初めて、自身の浅慮を省みる機会に突き当たったのだ。


 虫のいい話であることは分かっている。しかしシルキィには、正面切って謝罪すること以外の方法が思いつかなかった。

 イライザは、小さく吐息を漏らす。どうやら彼女は呆れているようだった。


「あなたの行いは、美しくもないし、貴族らしくもない」


 その端的な言葉を十全に理解するには、シルキィはあまりにも未熟だった。目を逸らさないことで困惑を隠すのがやっとである。


「イライザ様。アーリマンから手紙を預かっております」


 ティアは一歩前に踏み出し、懐から取り出した封筒をイライザに手渡した。

 封筒を無造作に破り、無言で書面に目を落とすイライザ。


「なんて書いてあるの?」


 シルキィは恐る恐る尋ねた。


「あなたと仲直りしてほしいと。その為に街を案内してあげるようにとも書いてある」


「そんなことが?」


 シルキィはアーリマンの心遣いに感激した。使用人を辞めたとはいえ、彼は今も自分のことをちゃんと考えてくれているのだ。

 イライザはもう一度小さな息を吐くと、手紙を折り畳んだ。


「彼には仕事のことでお世話になっていますから。彼の顔を立てて、昨日のことは水に流します」


「ほんと? ありがとう!」


「二度はありませんからね」


 シルキィの小振りな頭に咲いた花のような笑顔は、釘を刺すイライザの言葉でしゅんと萎びてしまう。

 やっと書斎から出てきたイライザは、眩しそうに目を細めながら、朝日に照らされた街並みに視線を泳がせる。


「行こう。案内します」


 そう言った彼女の声は、幾分か柔らかくなっていた。

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