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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第3章

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43.大浴場と少女の肢体

 帝国では入浴の文化が発達している。小さな町でも必ず一つは公衆浴場があるほど、帝国市民にとって入浴は生活の一部となっていた。特にダプアは、剣闘の陰に隠れがちではあるが国内有数の大浴場が複数あることで有名だ。そもそも入浴という文化はダプア発祥であり、かつてロードルシアに併合されて後、帝国全土に浸透したものだった。


 剣闘と浴場の都市、それが古よりのダプアの異名である。

 熱気の立ちのぼる大浴場では多くの女性がその日の疲れを癒していた。年端もいかぬ幼女達の声が響き、年頃の女性は白い肌を上気させ、深い皺を刻む老女が至福とばかりに息を吐く。


 小柄な体を綿布で隠したシルキィが、湯気の奥に見える高い天井を見上げる。

 大浴場を利用するのは専ら平民であり、そこに混ざる貴族は稀である。多くの貴族は専用に設けられた個別の浴室を用いるのが常で、大人数と湯船を共にすることは滅多にない。


 せっかくだから、と大浴場を選んだシルキィであったが、いざとなると裸体を晒す羞恥心が大きくなっていた。

 露わになったシルキィの肌は湯気に当てられてうっすらと上気している。まだ成長し切らぬ少女の肢体はスリムで滑らかであり、慎ましやかではあるが女性らしい肉付きの兆しが垣間見える。十五才という年齢としては相応な体型であるが、本人は貧相であると感じており、身体を隠すのはそのせいでもあった。

 ともに浴場にやってきたティアは生まれついての平民である。長い髪を束ねた彼女は入り口付近で立ったままのシルキィを見て小首を傾げた。


「お嬢様。先に体を洗ってしまいましょう」


 湯船に入る前には先に体を清めるのが公衆浴場のマナーだ。汚れを落とす前に湯船に浸かれば、顰蹙を買うどころか諍いに発展する場合もある。

 シルキィは洗い場に向かうティアの背中についていく。


 後ろ姿からでもわかる抜群のプロポーション。彼女の口数とは裏腹に自己主張の強すぎる双丘。それでいて贅肉のないウェストと、大きく膨らんで尚無駄のないヒップ。スラリと伸びた脚は艶めかしくも芸術的な美しさがある。あくまで少女の体型であるシルキィとは違い、成熟した女の身体であった。

 悩ましげに吐息を漏らすシルキィ。彼女にとってティアこそ理想の体型の持ち主であった。


「ねぇティア。どうしたらティアみたいになれるの?」


 洗い場で並ぶ二人は白い泡に包まれる。シルキィはティアの豊満な胸から目を離せない。

 ティアはシルキィの目線に気付いて、胸の話題であることを察する。


「私もお嬢様くらいの年の頃はさほど大きくありませんでしたよ。ご成長の盛りなのですから、今お気にされるようなことではないかと」


 ティアは安心させるように微笑む。

 それでもシルキィは、自分がティアの年齢になった時、柔らかくも瑞々しい大人の身体になっている想像ができない。


「ティアは今年で十九よね? あと四年でそんなに成長するかしら」


「ご心配されなくても、お嬢様もご立派に成長なされますよ」


 そう言われても、シルキィの不安は拭えない。


「そういえば、イライザも大きかったような」


 彼女達の近くでまったく同じような会話をしている少女達がいることに、シルキィは気付いていない。貴族だろうと平民だろうと、人の悩みというものはそう変わらないものだ。

 シルキィがわざわざこのような話題を振ったのは、先程の険悪な雰囲気を払拭するためでもあった。他愛もない会話が、ティアとの親しさを改めて実感させてくれる。


 少女たちは湯船に身体を沈めた。温かい湯に肩まで浸かったシルキィは、あまりの心地よさに深い息を吐く。

 湯気が立ちこめる中、頭上には満点の星が広がっていた。大浴場の目玉とされる大きな露天風呂だ。その中で、シルキィは昼間のことを思い出す。

 イライザは、セスと知り合いだったのだろうか。けれど、二人ともそんな素振りは見せなかった。イライザはレイヴンズストーリーを通じて、身分で人間を判断してはならないと教えてくれた張本人である。その人を前にして、職業への偏見を口にしてしまった。なんと愚かな行為だろうか。


 思えばセスと出会ってからというもの、彼をまともに見ようとしたことはなかった。アルゴノートは野蛮人。だから彼も野蛮人に違いない。決めつけた印象は、簡単には覆らえらない。

 気がつけばそんなことを考えてしまっていて、シルキィは掬った湯で顔を叩いた。

 ふと、隣のティアを流し見る。彼女はセスのことを真っすぐに見ているのだろうか。自分のように偏見にまみれることなく、人を見ているのだろうか。


「ねぇティア。どうしてあいつは、こんな依頼を引き受けたのかな」


 最初は気にもならなかったが、ここにきて急に疑問に思えてくる。


「期間は長くて、報酬は少ない。ティアもいてくれるけど、旅の護衛なんて大変な仕事でしょう?」


「金銭に頓着しない方なのでは?」


「だとしても、仕事はお金を稼ぐためにするものよ。わざわざ実入りの悪い依頼を選ぶ理由にはならないわ」


 少ない報酬で護衛を引き受けてくれたことは、今となってはありがたいことだと思う。だが同時に何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう自分もいる。上手い話には裏がある。レイヴンズストーリーにもそんなエピソードがあった。

 ティアが額の雫を拭う。


「セス様ご自身は仕事を選べないからと仰っていましたが、あれほどの腕前でそれは考えにくい。組合での実績目当てか、あるいはラ・シエラに恩を売る為か」


「財政難のうちに? ありえないわ」


 シルキィは湯船に口をつけ、ぶくぶくと息を吐く。

 考えてみれば、シルキィはセスという人間を何も知らない。ヘレネア領のC級アルゴノート。彼について知っていることなんてその程度だ。それも当然だろう。シルキィ自身が壁を作っていたのだから。


 ちゃんと話をしなきゃ。ちゃんと、謝らなきゃ。

 その言葉は湯船の中で泡となり、立ち込める熱気の中に消えていった。

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