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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第2章

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35.エルンダを後に

「ご無事でなによりです。ミス・クローデン」


 スカートをつまんで一礼するシルキィは、これ以上ないほどの澄まし顔である。


「感謝いたします、ミス・シエラ。このように無事でいられるのは、他でもないあなたのおかげですわ」


「とんでもないことです。私は当然の責務を果たしただけ」


 努めてにこやかに、しかし皮肉っぽい調子で。


「同じ帝国貴族ではありませんか。助け合い、尊重し合うべきです」


「ええ。そうですわね……仰る通り」


 サラサは俯き加減に頷く。どうやら自省の念を抱いているようだった。


「私達は一足先に宿に戻ります。では、ごきげんよう。ミス・クローデン」


「あ……お待ちになって」


 踵を返したシルキィの背中を、サラサが呼び止める。

 だが、これ以上彼女と話すことは何もない。


「先を急ぎますので、これで失礼致します」


 シルキイは足早に馬車の中に戻り、扉を閉めてしまった。

 サラサはどことなく寂しそうな顔で、馬車を見つめるばかり。


「お前。名は何という」


 御者席に上ったセスに語りかけたのはディーンだ。彼は少なくない血を流しているものの、血色は悪くない。命に別状はなさそうだった。


「アルゴノートのセス」


「セス……セスか」


 確かめるように繰り返した後、ディーンは額に汗を浮かべてセスを見上げる。


「一応、礼を言っておく。アルゴノートへの認識を改める必要がありそうだ」


「そうしてくれたら、命を張った甲斐があるよ」


 セスとディーンは互いに笑い合う。ほんの一瞬とはいえ戦場を共にした経験が彼らの間に奇妙な絆を生んでいた。


「これからどうするんだ?」


「サラサ様は兵のほとんどを失われた。しばらくはご実家からの増員と、負傷者の回復を待つことになるだろう」


 それに加えて、サラサの精神的なケアも欠かせないはずだ。貴族とはいってもまだ十代半ばの少女。此度のことを思い出して眠れない夜が続くだろう。ディーンはあえて口には出さなかったが、主を案じる視線が彼の心中を物語っていた。


「アルゴノートのセス。あなたのご健闘に、衷心より感謝申し上げますわ。戦神ガラティーヴァに見紛うほどの武勇。ミス・シエラの従者があなた一人で十分なのも、まこと頷ける話です」


「恐縮です。ミス・クローデン」


 実際は資金が足りないからなのだが、セスは特に誤解を解こうとは思わない。その方がシルキィの顔も立つ。

 ともかく、帝国に滅ぼされた国の残党があれだけの力を持っているとは意外であった。噂に聞くエーランド残党の加え、今回のアルシーラ聖騎士団。戦争終結から五年という歳月は、国の安寧をもたらすには甚だ不足であるようだ。帝国への帰順を良しとしない被侵略国があるのは、至極当然とも言える。

 いずれにせよ、大陸の情勢に波風が立っていることは否定のしようがない。シルキィの護衛を担う以上、セスはそれらの問題について思案を巡らせねばならなかった。


「帰るべき故郷、か」


 フェルメルトの言葉を思い出す。

 エルンダの夜は、いつしか深い静寂に包まれていた。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 いつもの如く、セスは車内に入れてもらえない。

 残暑は未だ厳しいが、走る馬車の上には気持ちの良い風が吹いていた。


「あーすっきりした!」


 馬車の中から、シルキィの快活な声が聞こえてくる。


「なにがクローデン侯爵家よ。盗賊なんかにやられちゃって、全然大したことないじゃない」


 いったい何度目だろうか。エルンダを出てからというもの、それまでの鬱憤を晴らすように同じような台詞を繰り返していた。よほど腹に据えかねていたのだろう。


「サラサったらあんなに怖がっちゃって。良い様だったわ。ねぇティア?」


「はい。私もそう思います」


 ティアの返答も段々と雑になっている。

 こうして憎まれ口を叩いているシルキィではあるが、あそこでサラサを助けたのは英断という他ない。多少皮肉っぽくはあったが、貴族の責務を建前としたことも正解だった。評判というものはどこから広まるかわからないものだ。シルキィの言動はラ・シエラの名を上げることになるだろう。


「そんなに嫌いなら、助けなくてもよかったんじゃ?」


 御者席から訪ねたセスに、シルキィの顔がむっとした。


「言ったでしょう? 貴族の責務を果たしただけ。聞いていなかったの?」


「本心じゃない」


 たとえ助けなくとも誰も咎めはしなかった。普通に考えれば、助けたくても助けられない状況だったのだから。

 それでもシルキィは、たった一人の護衛を使ってまでサラサを救ったのだ。


「あそこで見捨てたりなんかしたら、きっと後悔するって思ったのよ」


 セスに図星をつかれたのが気に食わなかったのか、拗ねたような細い声だった。

 思わず笑みが零れる。


「それでこそお嬢だ」


 セスは嬉しそうに、青い空を見上げた。

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