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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第2章

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34.アルシーラ聖騎士団④

「フェルメルト・ギルムート」


 セスが口にしたのは、アルシーラの騎士団長として諸国に勇名を馳せた男の名だ。大陸最強の騎士団を率いる、名実ともに当代屈指の使い手である。


「あなたほどの男が、賊に身を窶したか」


 セスの呟きは、糾弾というよりほとんど嘆きに近かった。

 フェルメルトの厳めしい顔に、強い険が生まれる。


「黙れ」


 空間に殺気が満ちる。息苦しいまでに濃密な気当たりだ。


「帝国に媚びる野良犬が」


 燭台の火が風に揺らめいたのを合図に、フェルメルトの巨躯がぶれた。

 セスは半ば無意識のうちに剣を構える。

 緑の軌跡を引いて迫る刃。それを受けると、凄まじい衝撃がセスを襲った。間髪いれず、鋭い斬撃が幾度となく迫る。残像を描くほどに速く、体の芯まで響く重い剣であった。


 彼の持つ剣は軽そうに見えて相当な重量がある。長さも重さもある剣を片手で振り回す膂力と技術は尋常ではない。纏う魔力が肉体の能力を底上げしているのだろう。身体強化の魔法は単純だが、それ故に強力だ。リーチで劣る状態では防戦一方。セスは投げナイフを抜く隙も見出せない。


 鈍い金属音が断続する。幾度となく繰り出される斬撃を受けるうち、セスの手は次第に痺れてくる。握りが弱まる瞬間を狙っていたのだろう。フェルメルトが放った疾風の如き一撃が、痺れた手から剣を弾き飛ばした。

 戦いを見守っていたシルキィとティアが、同時に息を呑む。


「もらった」


 好機とばかりに、強烈な刺突がセスの胸めがけて放たれた。

 まともに喰らえば致命の一撃。だがセスはあくまで冷静さを失わない。

 水平に突き出された刃の腹を手甲で掬いあげ、刺突を捌く。刃はセスの髪を僅かに切り取っただけ。

 これにはフェルメルトも意表を衝かれたらしい。次に放ったセスの反撃が命中した。


 深く踏み込んだフェルメルトの脇腹、その鎧の隙間に拳を叩き込み、怯んだ彼の顔面を追い打ち気味に殴りつけて、続け様にナイフを投擲する。飛翔したナイフがフェルメルトの頬を斬り裂き、鮮血を散らせた。後退するフェルメルトにさらに二振りのナイフを投擲するが、それは難なく弾き落とされる。その隙に、セスは弾かれた剣を拾い上げていた。

 濃密な刹那の攻防。どちらかに何か一つでもミスがあれば、勝負は決していただろう。


「野良犬にしては筋がいい」


 悠然と佇むフェルメルトが呟いた。その言葉に込められた意味。それは、油断はできないが不覚を取るほどの相手ではないという自負である。


「アルシーラ史上最強と謳われた聖騎士団長にそう言ってもらえるなんて、身に余る光栄だな」


 笑ってみせるが、セスに余裕はない。これまで戦った多くの戦士の中でも、彼は間違いなく最強格だった。


「アルシーラ聖騎士団は戒律を重んじ、清廉潔白を体現したような人達だった。まさに他国が範とすべき騎士の鑑だった」


 セスは憐憫の眼差しを据えて、


「将軍のあなたが賊に堕ちては……亡きアルシーラ王も報われない」


「傭兵風情が、知った風な口をきく」


 フェルメルトが剣の柄を握り締める。革のグローブが軋んでいた。


「所詮貴様らのような野良犬には解るまい。守るべき主君と、帰るべき故郷を奪われた我らの恥辱は」


 憤怒、侮蔑、悲哀を湛えた鋭い瞳がセスを射抜く。質量を持つかのような迫力は、離れた位置にいるディーンとサラサ、ティアとシルキィまでをも戦慄させた。その眼光を真っ向から受け止められたのは、セスだけだった。

 再び剣を交えんと緊張が高まった時、周囲に衛兵が集結し始める。その数はあっと言う間に増大し、騎士団を包囲した。


「撤退だ。全員生きて帰るぞ」


 フェルメルトは状況を確認すると、特に慌てるまでもなく泰然と指示を出した。

 その一言で団員は士気を取り戻した。群がる衛兵を蹴散らして、撤退を遂行する。


「その顔、憶えておく」


 殿を務めるフェルメルトは、数人の衛兵を切り捨てた後、セスにそう言い残して夜の闇へと消えていった。


「追え! 逃がすな! 捕らえた者には報酬を上乗せするぞ!」


 騎士団を追撃するべく、衛兵達は各々に駆け出した。

 彼らが去ると、その場には嘘のような静寂が訪れる。しばらく誰も口を開こうとしなかった。

 セスが剣を納める音をきっかけにして、隠れていたサラサとディーンが通りに歩み出てきた。ディーンは胸の傷を押さえ、サラサが心配そうに彼に寄り添い、支えていた。


「サラサ様、私は平気です。どうかそのようなことは」


「お気になさらないで。従者を労わらずしてどうして人の上には立てましょうか」


 セスは彼らが無事であることを確かめると、踵を返して馬車に向かう。馬車から降りるシルキィとティアに迎えられ、セスは満足げに微笑んだ。


「ご苦労様」


 シルキィはすれ違いざまに素っ気なく言って、サラサのもとに向かう。

 困ったように眉尻を下げたティアと顔を見合わせて、セスは苦笑を漏らした。

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