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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第2章

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32.アルシーラ聖騎士団②

 魔導馬を取り囲んでいた賊達は、予想外の奇襲に驚いた様子だ。セスは迷いなく彼らに突撃して、シルキィを頭上高くに放り投げた。シルキィの安らかな寝顔が温い風を受ける。桃色の寝巻がはたはたと揺れた。


 直後、セスは前後から挟み撃ちにされる形となった。シルキィを放り投げた体勢、そのがら空きの腹部と背中に賊の鋭い短刀が迫る。が、セスの身体には届かない。目にも留まらぬ速度で抜剣したセスが、一瞬にして二人を斬り捨てていた。シルキィが落ちてくるまでにさらに二人を斬り伏せて、剣を鞘に納める。


「うにゃ……」


 セスに受け止められて、やっとシルキィが目を覚ました。


「んー」


 寝ぼけ眼をこすり、現状を理解するまで数秒。


「ん……え、え! ちょ、ちょっと何よこれ!」


 驚きは当然の反応だった。


「やだ! 何触ってるの! 降ろしてよ!」


「賊の襲撃だ。逃げるぞ」


「はぁ? 何言ってるのよ!」


 声を荒げ、四肢を暴れさせるシルキィ。


「こら、暴れるな」


「新刊はどうするのよ」


「先延ばしに決まってる」


「なんでよバカ!」


 すぐ傍で、ティアが三人の賊を相手取っている。盗賊団といっても動きはまるで素人だ。ティアの敵ではない。間もなくこの場の賊は全て戦闘不能に陥った。


「さぁ、馬車に乗るんだ。乗ったら席に掴まって外を見ないように。いいな?」


「わかったから押さないでったら! ああもうっ。仕方ないわね」


 セスは押し込むようにしてシルキィを乗車させる。ティアは御者席に駆け上がった。


「起動!」


 暗い眼窩に青白い瞳が浮かび、銀の軍馬が目を覚ます。嘶きの代わりに燐光を放ち、大地を蹴って急発進。街の通りへ駆け出でた。

 セスは馬車の屋根に飛び乗り、周囲を警戒する。エルンダの主要な通りはすでに戦場と化しており、警備兵と賊が剣を交え、所々に骸を晒していた。


「数が多い」


 街に入り込んだ賊は、ざっと見ただけでも数十人は下らない。総勢は百人を超えると考えた方がいいだろう。百人規模の盗賊団といえば、国を挙げて討伐するほどの勢力だ。エルンダの市長が財を投じて警備を固めていたのも頷ける。


「セス様、前を!」


 ティアに言われて進行方向を見る。大通りでは戦闘が行われており、また多数の兵士が倒れ、持ち手を離れた武器類が散乱し、崩れた木箱や荷袋までが行く手を阻んでいる。馬車が通れるほどの隙間はない。


 ティアが手綱を操ると、魔導馬の鼻先で青白い光が明滅し急制動がかかった。轟音を響かせ、蹄鉄が石造りの道を削り、砕かれた砂礫と土煙が派手に巻き上げられる。馬車は急制動から十馬身以上進み、戦闘の目前まで来てようやく停止した。馬車の屋根を掴んで踏ん張っていたセスは、急いで周囲の状況を確認する。


 怒号と剣戟の音が飛び交っている。この場では一際激しい戦闘が繰り広げられていた。


「クローデンの兵隊です」


「ああ。苦戦しているな」


 クローデン侯爵家の紋章をつけた兵士達は、二十人ほどの賊に翻弄されていた。

 セスが苦戦という単語を使ったのは、名家クローデンに対する彼なりの配慮であった。実際はほぼ壊滅状態にあり、辛うじて組織的な抵抗を続けているに過ぎない。二百を超えていたであろうクローデンの護衛隊は、今やその一割も残っていない。そして今この瞬間も数を減らし続けている。


「精兵ぞろいのクローデンがこうも持たないものですか」


「どうやら、ただの盗賊団じゃないみたいだ」


 賊の中に、特に目を引く一団があった。全身を分厚い鎧に包んだ騎士達である。

 金彫りの豪奢な意匠。胸部には翼を広げた雄々しい鷹のシンボル。かつて栄光の象徴であったそれらは無惨にも傷つき煤け、祖国の滅亡を如実に物語っている。

 かつて大陸最強の名を欲しいままにした、アルシーラ聖騎士団の紋章であった。


「ちょっと! 急に止まらないでよ! 転んじゃったじゃないっ」


 馬車の窓から真っ赤にした顔を出して、シルキィが抗議する。

 だが、その声に答える者はいない。


「ねぇ、聞いているの?」


 ただならぬ雰囲気を感じ取り、シルキィの声と表情が不安に染まる。

 戦場を目の当たりにしたシルキィは、そこに見知った顔を見つけて息を呑んだ。


「あれって」


「ああ。昼間の侯爵令嬢様だ」


 戦闘の中心に、頭を抱えて怯えるサラサの姿がある。

 彼女を守るように布陣するのは五人の衛士。ディーンを含めるその五人だけは聖騎士達と互角以上に渡り合っていたが、流石に分が悪い。やられるのは時間の問題だろう。


「ここはだめだ。迂回しよう」


 セスが提案し、ティアが頷く。


「待って」


 馬車を転回させようとしたその時、シルキィが強く制止した。彼女の視線は、今にも賊の手に落ちんとするサラサに向けられている。

 ほんの一拍、目を閉じ考えて、シルキィは決心した。


「ミス・クローデンを助けるわ」


「お嬢様?」


 当然の如く、ティアは驚く。


「お嬢を見下しているあのミス・クローデンを?」


 セスはあえてサラサの言動を非難するように言った。偉そうな態度で罵倒と中傷を口にしてきた者を、わざわざ助けてやるのかと言外に問いかける。


「……確かに嫌な女よ。だけど、見捨てるわけにはいかないじゃない」


 シルキィとて思うところがないわけではあるまい。複雑な心境が、震える拳と沈痛な表情に表れていた。


「お気持ちは痛いほどわかります。ですがお嬢様。我々の戦力ではとても」


「やっぱり、無理……よね?」


 自分の口にしたことがどれほど無謀なことかは分かっている。だがシルキィには、目の前で危機に陥っている者をただ見捨てることに強い抵抗感があった。

 シルキィの思いを察したセスは、嬉しそうに口角を上げる。


「いや。やろう」


 セスの答えに、ティアはもちろんのこと言い出しっぺのシルキィまでも信じられないといった風にセスの顔を見た。


「できるの?」


「お嬢のことだ。レイヴンだったらこれくらいできる、って言うんだろ?」


「当然でしょ。でもあなたはレイヴンじゃない」


「まぁ、見てなって」


 クローデンとの十倍の兵力を覆したアルシーラ聖騎士団を相手に、C級アルゴノート一人がどうにかできるわけがない。シルキィの頭に浮かんだ弱気な考えは、セスの笑みを見てたちどころに霧消する。そして、整った眉がぐっと吊りあがった。


「言ったわね。なら、やってみせなさい!」


 凛然と指差した戦場に、シルキィの澄んだ声が響き渡った。

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