31.アルシーラ聖騎士団①
夜半。街に火の手が上がった。
エルンダには賊が入り込み、街は騒然となっていた。怯えた住民は家に籠り、多くの衛兵が路地を駆け回る。
賊の狙いは食糧庫や宝物庫をはじめ、商隊が保管する金品、果ては馬や武具にまで至っていた。もちろん、シルキィの所有する魔導馬も例外ではない。
セスが騒ぎに気付いたのは、襲撃後それなりの時間が経った後だった。部屋の窓から宿の敷地内を確認すると、馬車の周りに数人の賊が集まっているのが見える。
「まずいな」
黒装束の男達は馬車を検めているが、生身の馬の倍以上も重い魔導馬を運び出す手段はないようだった。運搬も牽引もできず、しかし強奪を諦める様子はない。
セスは部屋を飛び出して、シルキィ達のもとに向かう。
その時、思わぬ妨害がセスを襲った。廊下の木窓を蹴破って、黒装束の男が現れる。その手に握られた短刀が月光を反射して妖しく光った。
セスは舌打ちを漏らし、黒装束を迎え撃つ。逆手に抜いた剣で短刀を止め、男を窓の外へと蹴り飛ばした。
相手にしている暇はない。廊下を駆け抜け、シルキィ達の部屋を目指す。
「お嬢! 無事か!」
扉を蹴破って部屋に転がり込んだ時、すでに事は起こっていた。剣を構えたティアがベッドに横たわるシルキィを守るように立ち塞がっている。
賊の数は三人。そのうちの一人がセスに気付き、襲いかかってくる。残りの二人はティアとシルキィを取り囲み、じりじりと距離を詰めていた。
「狼藉者! このお方をどなたと心得えるか!」
「はっ、知ったことかよ」
「帝国貴族なら誰だろうと同じだ。売れば金になる」
ティアの問いに、賊二人は笑い交じりに答えた。
「売る? なるほど。貴様らが例の人攫い」
ティアの剣が、窓から差し込む月光を映して煌めく。
「よく分かりました……死ね!」
言い終わる頃には、ティアはもう動いていた。鋭い剣閃で一人を斬りつけると、返す刃で二人目を狙う。片方には胸に深い傷を負わせることができたが、もう一人の短刀がティアの剣を受け止める。
「なっ! てめぇっ! メイドのくせにッ――」
彼女は賊を弾き飛ばし、前進して追撃を放つ。打ち合った剣が火花を散らし、薄暗い部屋を明滅させた。都合三度目の剣戟で、ティアの剣が賊の腹部を貫いた。間違いなく致命の一撃。セスが部屋に突入して数十秒も絶たぬうちに勝負は決していた。
賊から剣を引き抜いた後も、ティアは剣を構えたままで息を荒げている。ちょっとした興奮状態にあるようだ。
襲いかかってきた賊を一太刀で葬っていたセスは、急いでティアに駆け寄った。
「大丈夫。落ち着いて」
上下するティアの肩に手を置く。彼女が息を整えるまで、少しの時間が必要だった。
「馬車と魔導馬が狙われてる。どう対処する?」
セスは今後の方針をティアに尋ねる。アルゴノートは雇い主の指示に従うものだ。勝手な行動は出来るだけ控えたい。
「お待ちください。少し、考えます」
返ってきたのは困惑の声。彼女は見るからに狼狽えており、とても的確な判断を下せる状態には見えなかった。平時ならいくらでも待つが、今は一秒でも時間が惜しい。
「馬車を捨てて逃げるか。危険を覚悟で馬車を取り戻すか」
「……魔導馬を置いていくわけにはいきません。あれは皇帝陛下からお借りしている大変貴重なもの。奪われでもしようものなら、ラ・シエラは重罰を免れません」
「そりゃそうだ」
セスは護衛だが、その任務は旅を完遂させること。移動手段を失うわけにもいかない。
「このまま宿に留まるのはいけませんか? 魔導馬を起動するにはお嬢様か私の魔力が必要です。賊もいずれ諦めるかと」
ティアの考えに、セスは首を振って否定した。
「その仕組みを知ってる奴がいる可能性もあるし、そもそもこの部屋は守るのに適してない。大人数に攻め込まれたら袋小路になる。どちらかと言えば、こちらから斬り込んだ方が状況をコントロールしやすい」
ティアは逡巡しているようだった。剣を握る手がかすかに震えているのを、セスは見逃さない。
「怖いかい?」
「っ! そんなわけあるかっ!」
言葉では否定しているが、その胸中は隠せていない。
物怖じしない性格だと思っていたが、存外臆病らしい。剣の腕は一流でも、修羅場の経験は少ないのかもしれない。
「ティアの腕なら大丈夫。旅はまだ始まったばかりで、道のりは長い。こんなところで躓くわけにはいかないだろ? お嬢のためにさ」
ティアはシルキィの寝顔を見やる。こんな状況でもぐっすり寝入っている主を見て、彼女はほんの僅か、よく観察していないとわからないくらいに頬を緩めた。
「参りましょう」
力強く変わったティアの言葉に、セスが頷く。
セスがシルキィを抱え上げ、ティアが荷物を背負う。一行は宿を飛び出した。




