12.辺境伯③
「シルキィめ。なんともいい加減な」
トゥジクスは口元を押さえ、難しい顔を作る。
「何か問題があるのでしょうか?」
セスにとって帝都へ向かう任務は初めてのことではない。商隊の護衛、物資の運搬などの依頼は世に溢れている。道中の主な脅威は魔物や賊の類であるが、ラ・シエラの兵士らが一緒ならば特に危険はないと考えていた。
「ふむ。一から説明せねばならんか」
トゥジクスは今回の依頼内容とその背景を語り始めた。
夏季休講で帰省していたシルキィを帝都の上級学院まで送り届けるというのが、大まかな依頼内容である。世話人としてティアが同伴し、身の回りの世話を担当する。
日数、経路、移動手段、休息地点など、ある程度の詳細を確認した後、セスはかねてより気にかかっていた疑問を口にした。
「お嬢様の護衛は、何名で行うのですか?」
「ひとりだ」
まず、聞き間違いだと思った。
「きみひとりだ」
トゥジクスは念押しとばかりに繰り返す。
ひととき、セスは言葉を失った。
「私はてっきり、正規の護衛隊の補強要因に加わるものとばかり」
「そうであろうな。そもそも我々貴族がアルゴノートを雇うのは、特別な事情がある時だけだ。例えば特に治安の悪い地域で、危険を回避するために地理に精通した現地のアルゴノートを雇うなどがそれにあたる」
にも拘らず護衛は一人だけと言われたセスの心境は、驚愕というより懐疑で埋め尽くされていた。
「隠しても仕方ないことであるから白状するが、恥ずかしながら我がラ・シエラはひどい財政難でな。日ごと兵を削減し、今では治安維持のための必要最低限しか残しておらぬ。これまではなんとか護衛を用意していたが、流石にもう限界だ。とてもではないが旅に同行させる余裕はない。シルキィには休学を勧めたのだが、あの子は学院に戻ると言って聞かんのだ。勉強熱心なのも良いことばかりではないな」
「それで、アルゴノートをお雇いに?」
「うむ。私から娘に与えた旅の条件だ。兵が出せぬのだからそうする他にあるまい。実を言えば、諦めさせるための方便のつもりであったが……あやつは毛嫌いするアルゴノートを護衛にしてでも学院に戻りたいらしい」
シルキィ自ら依頼をしに現れたのは、そういう理由があったからなのか。セスは妙に得心していた。少しでもましなアルゴノートを選びたかったのかもしれない。
「お言葉ですが、トゥジクス様はそれでよろしいのですか? こう申し上げてはなんですが、大切な一人娘を満足な護衛もなく旅に出すなんて」




