11.辺境伯②
やがて廊下の奥に辿りつくと、ティアが扉をノックする。
「旦那様、アルゴノートの方をお連れしました」
「通せ」
奥から男性の声が聞こえると、ティアはゆっくりと扉を開いてセスに入室を促した。
旦那様だって? その驚きはセスの喉元までせり上がった。まさか領主と会うことになろうとは。いや、令嬢の護衛を担うのだから当然か。
「失礼します」
戸惑いと緊張を胸に入室したセスは、奥の机につくのは初老の男を見た。彼はセスの姿を認めるとすっと立ち上がり、皴の入った顔に明るい表情を浮かべる。
「よく来てくれた」
白髪交じりのプラチナブロンドをオールバックに整えた壮年の領主が、セスに歩み寄って親しげに手を差し出した。
「ラ・シエラ領主。トゥジクス・デ・ラ・シエラだ」
セスは意表を衝かれた。辺境伯ともあろう地位の者が一介のアルゴノートに右手を差し出すなど、到底考えられないことである。
「ヘレネア領のアルゴノート。セスと申します」
セスは束の間の自失を経て、躊躇いがちに差し出された手に応えた。
トゥジクスが力強くその手を握る。分厚い笑い声は耳に心地よく聞こえた。
「よろしく頼む」
聞きしに勝る人物だ。というのが第一印象であった。貴族にありがちな傲慢さは欠片も感じられないし、柔和な所作からもその穏やかな内面が見て取れる。
「大したもてなしはできないが、まあ楽にしなさい」
セスはソファの上に腰を落ち着けた。向かいに座ったトゥジクスが目配せをすると、ティアは一礼を残して退室した。
「さて、セス君」
セスは硬い表情を自覚する。これから何を言われるのか戦々恐々だ。
「ティアから組合での顛末を聞いた。自ら売り込んだそうじゃないか」
返事の代わりに、セスは頭を下げた。
「きみ、歳はいくつだね?」
「つい最近、十七になりました」
「若いのに大したものだ。仕事とは自分の手足で獲得するもの。それをよくわかっている」
「恐縮です」
「しかし、なぜこんな依頼を受けようと? 何か考えがあってのことか?」
セスに向けられたのは、同情とも胡乱とも違うなんとも言えぬ種類の眼差しだった。
「こんな依頼、ですか。実のところ、詳しい依頼内容はまだお聞きしていません」
「なんと。それはまことか?」
「はい。帝都までの護衛とだけ」
いつものセスならば、依頼内容の確認は怠らない。C級ともなると、危険度の高い依頼が回ってくることもある。生き残る為に依頼の吟味は念入りにして然るべきである。だが今回に限っては、セスは拙速を尊んだ。




