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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
二章【地雷乙女の物語】
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17話terre『いつかまたね、レイラ・ティアーズ』

 《強制施錠(オートロック)》――《Count Lock. Leftover time is 8760》。


 《熾条の魔弾(インペリアルトリガー)》が撃ち出すのは、引き金を引いた時点で体内に残存していた魔力だ。

 つまり、その後に寿命を消費して得た魔力は対象外。


 で、これは《オース・オブ・シルヴァライズ》のいわゆる安全装置というやつなのか、終末兵器を撃ち抜いた三秒後、寿命の消費は一度強制的にストップがかかった。


 その三秒間で得た魔力により、とりあえず身体の傷は治り、幽世(かくりよ)の維持もできてる。

 疲労まではどうにもできないから、今すぐぶっ倒れて一週間くらい自堕落に眠ってしまいたい気持ちは拭えないが……まだやることは残っている。


 中空に作った最硬の足場。そこから地上を見下ろし、撃ち抜かれたアネモネがどこに落ちたのかを探す。


「……居た、あそこか。えー……っと、前はどうやって聖剣回収してたっけ……」


 確かアヤメさんの時は、身体から半透明なカードみたいなのが出てきて。

 それをレイラが聖剣で斬って……干渉して?……所有権が移ったって感じだったな。


 魔力は充分。けれど疲労が滲み過ぎて虫食い状態で発現した緋光の翼を広げ、飛翔というより滑空、滑空というより落下に近い形で地上に降り立つ。 


「――――あれか」


 大通にできたクレーター。その中心で横たわるアネモネの胸から丁度、青白い粒子を纏うカードが出てきていた。


 刻まれたエンブレムは《Ⅴ》。英数字の五だ。前は《Ⅺ》……十一だった。

 何か意味があるのだろうか。

 分かりやすく数字を振ってるのかとも思ったけど、聖剣は全部で七本って話だから、そうなると十一ってのは本数オーバーにもほどがあるしな……。


 ま、なんだっていいや。

 重力を感じさせずにふわふわ浮いてるそれを、《ディレット・クラウン》で貫く。

 砕けたカードはオレの胸に吸い込まれ、その中で再び形を成すのが、感覚で分かった。


「よし」


 聖剣の譲渡は完了した。

 疑似伽藍は停止――アネモネの身体に纏わりついた漆黒のオーラは、すぐに霧散する。


 それからしばらく。

 アネモネは何事もなかったような顔で、むしろ最近の多忙な日々を思えばちょっといい仮眠だったなーくらいの顔で起き上がった。時を同じくして、ミアも仮死状態から蘇生。

 玉座で眠るレイラをそっと抱きかかえて、オレたちは屋上で合流することに。


「……終わったんだな……」


 降り注ぐ灰色の雪。幽世は端から徐々に崩れていく。

 それを眺めるオレの内側には、様々な感情が渦巻いていた。

 達成。安心。喪失。自信。脱力。

 とにかくいろんなモノをこねくり回しながら空を見上げていると、扉を開けてアネモネが現れる。

 その姿にオレは、思わず首を傾げた。


「……なんでメイド服?」


 そりゃあんだけ派手にやったら、着ていた服なんてボロボロもボロボロで。男の身体に戻ったおかげでサイズが合わなくなったオレはともかく、アネモネはミアの持っている服を拝借することにしたのだが。

 もっとこう、無地の寝間着とか全然あったと思うんだけどなー……。

 そんなオレの反応に共感するように、苦笑するアネモネ。


「ミアが一度着せてみたかったんだって」


 それを聞いて、なるほど、とオレも苦笑いをこぼした。

 納得だ。似合うのは確定事項だし、アネモネのメイド姿なんてそうそう見られないからな。

 ミアとしては絶好の機会というか、棚からぼたもちって感じだったんだろう。


「……一応、君が着れそうなのも探してみたけど、ちょっとサイズが合わなそうだった。時間をくれるなら、店で買ってくるけど」


「あー、いいや。レイラの館に行ったらあるからさ」


「……まあ、夜の内なら見逃してもらえるか」


 と、オレの恰好を上から下まで観察して言うアネモネ。

 確かに今のオレは、服を着ているというより布切れを被せているという感じだ。

 局部だけは何とか隠せているが、こんなので町を出歩いたら前衛的なファッションだと思われるか、露出狂予備軍として騎士にお説教されかねない。


 しかし夜闇の中なら、誤魔化しも効くだろう。

 なに、中央都市を出てレイラの館に行くまでの辛抱だ。


「というか君、ブラって付けてなかったわけ? 思えば服装も(そっち)に合わせてあったみたいだし」


「ああ、さすがに男に戻るだろって思ってたからな。準備してた。……さっそくボロ切れになっちまったけど」


 いい加減、バトっても簡単に千切れたり燃えたりしない服が欲しいぜ。

 なんて嘆息をもらしていると――不意に一歩、アネモネがオレに近づく。

 その瞳の色は紅。視られているという感覚が、じわりと肌を刺す。


「――正直、驚いた。君があんな作戦で来るなんて」


「それって褒められてるんだよな?」


「一応ね。敵が生物に対して比類なき強さを発揮するなら、己を、設定した勝利に向かって走らせるだけの機械へと書き換える――魔眼を自分に、そういう風に使うのは、ボクでもやったことがない。君は馬鹿だ」


「褒めてねえじゃん……」


 いきなり罵倒されたので肩を落とす。


「やり過ぎたんだよ。まさかあれと、純粋な力比べをするなんて。おかげで君の寿命、残り一年しかないだろう」


 ……まあ、犠牲にしたものが大きすぎたとは自分でも思う。

 でも仕方ない。それしか方法がなかったんだから。


「君は半分吸血鬼なわけだし、なんだかんだ生きていける道はあるだろう。そこは安心していい。ああでも、人間をやめるのは確定だ」


「そっかぁ」


「けどね、一番注意してほしい部分はそこじゃない。重要なのは君が、自身の辿る未来を焼却してしまったということ。これが吉と出るか凶と出るかは判断できないけど……油断していたら、君の空白の未来は、知らない誰かに乗っ取られてしまうかもしれない」


「……それってどうにかできるもんなの?」


「無理な時は無理だね。ただそれでも、精一杯生きることはできる」


 ――この世界に生きてるうちは、努力することも走り続けることも、していいんだ。


 ミアの記憶にあった、誰かの言葉を思い出す。

 オレには……その資格があるのだろうか。


 大切な思い出を、取り戻した。

 ずっとずっと昔の約束、幼いオレが死なないよう支えてくれた絵本。

 ただそれは、辛い現実を生き抜くためのモノではなくて、辛い現実を見ないようにするためのモノ。


 残りの一年で今背負ってる全部を清算できたら。

 オレは果たして、それでも生きたいと――思うのだろうか。


 分からない。この世界でやり直したミアのように、笑って二度目の生を歩む未来は、想像できなくもないけど。

 同時に全部やりきったねって、満足してさよならする光景も目に浮かぶ。


「――クレハ」


 そんなオレの迷いを視て、アネモネは名前を呼んだ。


「いずれ君にも選択の時が訪れる。これは先に選んだ者の経験則として言わせてもらうけど。選択肢があるなら、それは残しておいたほうがいい。ボクの場合、ミアが諦めずにいてくれたから、こうして選ぶことができた。いざって時に手放す道しかないのはあんまりだ。だから……今はまだ、命を投げ出さないで」


 生きるのか、死ぬのか。

 決められないなら決められないなりに、どっちの景色も見えるようにしとけってことか。

 いざ生きたいって思った時に命が足りないのでは、どうしようもないから。

 アネモネはそう、オレに忠告してくれている。


「……ありがとよ」


「いいや、余計なことだったね。役者不足とはまさにこのことだ。きっとボクよりぴったりな人が、そのうちに君の前に現れる」


「はぁ……?」


 朧げな月を見上げるアネモネに、首を傾げるオレだった。

 まあとにかく今回は――死ぬ理由がないから生きてる、が、死ぬ光景も生きる光景も見えるようになった、ってだけで収穫なのだろう。多分そういうことだと思う。


 ――さて。

 これ以上夜風に当たっては、レイラの身体に障る。

 そろそろ行こう。と、翼を広げかけた矢先。

 開きっぱなしの扉から、階段を上がってきたミアが姿を見せた。


「あ、まだ居てよかったー♪」


「どうかしたか?」


「ほら、ミャアさ、結局アレ言ってなかったなーって思って」


「アレ?」


 疑問を覚えるオレを余所に、ミアは紅い瞳でアネモネと視線を重ねる。

 ……なんだ。なんか声に出さないで作戦会議してるっぽいけど。

 十秒もしないうちに会議は終了。

 白と黒のメイドはふたり並んで、丁寧に頭を下げながら言うのだ。


「行ってらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様。またいつでも、お帰りをお待ちしております」

「行ってらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様。またいつでも、お帰りをお待ちしております」


 それは、お店を訪れたお客様を見送る、メイドの作法。

 ひと時の夢を過ごし、それぞれの現実に戻る前に、そっと背中を押してくれる魔法の言葉だ。

 突然のコトに面食らったオレは、上手い返しは何もできなかったが。

 顔を上げたアネモネとミアが、あんまりにも幸せそうに笑ってくれるものだから。

 オレもつられて笑顔になっちまった。


「……ああ、また来るよ」


 地面を蹴り、空へ舞い上がり、夜空を翔る。

 よかったな――レイラ。いつでも帰り、待ってるってさ。


 ――そういえば、あの日。

 聖戦の初戦で、オレとミアが恋人関係になるかを勝負することに決まったあの日さ。

 お前はどこか不機嫌そうにして、先に帰っちまったよな。

 

 正直に言っちまうと、あの時はなんでレイラの機嫌が悪かったのか、呆れたようにオレを睨んでたのか分からなかった。


 でも、舞台を経験して、アネモネとミアの記憶を体験して、聖剣を手に入れた今なら分かるよ。


 レイラはあの時――嫉妬してたんだよな。


 オレにとってレイラが大切な相棒であるように。

 レイラにとってもオレは大切な相棒でさ。


 それをミアに取られちまうと思って、肝心のオレも好意を寄せられることに満更でもなくて。

 ああ……そりゃ確かに不機嫌にもなる。

 オレだってレイラがほかのヤツについて行こうとしたら、止めたくなるさ。


 ごめんな。大事なことを忘れた上に、不安にさせるようなことしちまって。

 

 オレは今回、聖戦に勝って聖剣を手に入れた。

 けど案外――こういうのが分かるようになったのが、一番の成果なのかもだ。


 ああそれと……うーん……わざわざ明言することでもないけど。

 アネモネとミア。ふたりの記憶と感情。あれだけのモノを浴びちまったからさ、さすがのオレにも、恋愛感情ってのが分かるようになったよ。

 それはもしかしたら、ほんの少しだけ、悪魔寄りかもしれねえけど。


 誰かを想うということ。

 誰かに想われるということ。

 恋は盲目、愛は黎明。

 それははっきりと、オレの胸に刻まれた。


 今回は始まる前に終わっちまったけど、多分オレにも、そのうち恋愛をする日が来るだろうぜ。

 だって知ってしまったのなら。

 もう知らなかった頃には戻れないんだから。

 あんなにも温かくて、切なくて、激しくて、苦しくて、綺麗なモノ――抱いちまったなら、見ないフリはできねえよ。


 あーあ。

 その時が来たら、またお前を不機嫌にさせちまうんだろうな。

 そしたら睨まれて、皮肉言われて、足とか踏まれて。

 想像するだけで胃が痛いね。


 ……でもオレ、お前にされるならそういうの、嫌いじゃないからさ。


 聖戦は勝ち抜く。聖剣を揃えて、願いを叶える準備をしといてやる。

 時間の許す限り、いつまでだって待ってるよ。

 だから……さっさと目ぇ覚ましやがれ。ねぼすけ。


 じゃないと寂しいし、それにオレはいつだって腹が減るんだ。

 お前がオレにくれた好物。お前が自分の以外食うなっつったんだから。責任取って、また腹いっぱいになるまで作ってくれ。


 なあレイラ。お前のシチュー、次はいつ食べられるんだよ――?


『乙女因果』了

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