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6話

 急に日差しの勢いが落ちる。

 どうやら雨が降り出したらしい。その雨脚は次第に勢いを増し、無数の雨が教室の窓を打ち付ける音がする。

 雷が落ちるようなことが無いといいが。


 授業が終わり、放課後を迎える。

 部活動に参加しない生徒たちはぽつぽつと帰宅を始める。


 幸いなことに、天気予報を確認していた俺は傘を持ってきていた。

 クラスメイト達もそうだったのだろう、玄関の傘置き場には多数の傘が立てかけてあった。

 目の前の生徒が傘を取るのを眺めながら、俺も自分の傘を取る。

 靴をしっかりと履きなおしていると、玄関の扉越しに一人の女子生徒が目に入る。


「何してる」


「あっ、泉くん」


 後姿を見ただけで白井だと分かる自分が嫌になる。

 先日あんな言葉を彼女に投げかけて、距離を取ろうとした自分。

 でも現実はどうだ、彼女との距離感は変わらない。


「実はね、傘を忘れちゃって」


「多分この雨は当分止まないぞ。仕方ないな、ほれ」


 俺はそう言い、手に持つ傘を彼女に渡す。


「ありがとう。でもそうすると泉くんが帰れなくなるんじゃないの?」


「予備の折り畳み傘がある。だから白井は気にせず帰っていいぞ」


 白井は傘を開き、それを差す。

 しかし彼女はすぐに歩みださず、玄関の前で振り返ってこちらを見る。


「ちょっと教室に戻る」


「帰らないの?」


「帰るよ。ただ、傘を教室に置きっぱなしにしているんだよ。それを取りに行く」


「ふーん。じゃあ、また明日ね。泉くん」


「ああ、また明日」


 上履きに履き替えた俺は教室に戻ることにした。

 そうしたのだが、実をいうと予備の傘というものは存在しない。

 つまり俺は彼女に嘘をついた。


 どういう意図があって俺はそんな嘘をついたのだろうか。

 彼女との接点を減らしたいから早めに帰って欲しかった。見過ごせなかった。もし見て見ぬふりをして、後日風邪でも引いたら……という懸念。


 傘を押し付けた理由を挙げたらきりがない。


 そんなことを自分の席につきながら考えていたのだが、いい加減さっさと帰るべきだと思い立ち、椅子を引いて立ち上がる。

 ロッカーに折り畳み傘が入っているのではと淡い期待を抱いたが、そんなものはなかった。

 正直むなしくなったので、玄関で雨が上がる瞬間でも眺めることに決めた。


 その玄関に舞い戻ると、見知った影があった。


「嘘つき」


「……すまん」


 傘という戦利品を引っ提げて戻ってくることが無かった俺を、白井は責めた。

 全部が全部悪い事をしたという訳ではないのに、形容しがたい罪悪感が俺を襲う。


 彼女が持つ傘は濡れていた。

 一度帰ろうとして、それでも何か思うところがあってまた玄関まで戻ってきたのだろう。

 少なからずその『思うところ』とやらに俺が関わっているのは察した。


 白井は傘を開き、それを差す。


「はい」


「はいの意味が分からん」


「一緒に帰ろうって言ってるの」


 その言葉が指す意味を理解したところで、俺はその提案を断ろうとした。

 相合傘をしようと言っているのだと、彼女は理解しているのだろうか。

 しかしその提案を断った際に、白井がとる行動を予測した俺は渋々とその傘の中に入る。

 断った日には、彼女は俺に傘を押し付けてこの大雨の中、鞄片手に濡れながら帰宅することだろう。

 どうも白井という人物は人に頼ることを避ける傾向にある。


 俺は彼女から傘を受け取り、それを高いところで差す。

 風邪でも引かれたら困るので、傘は若干白井側に寄せる。

 その結果、俺の肩が雨に晒されることになったのは言うまでもない。


 しかし、その努力は空しく、彼女に俺の目論見がばれることとなる。

 余計なことをしたとでも思われただろうか。そう思ったが、彼女は何も言わない。

 そして、白井は無言のままこちらに身を寄せて歩き出す。

 気を遣わせてしまった。


「どうしてあんな嘘をついたのさ」


「俺にも色々事情があるんだよ」


「そう。……この間言ってたことと関係ある?」


 彼女が聞きたいのは、つまり『女子と仲良くするのが怖い』と言った俺の発言を指しているのだろう。


「大ありだよ」


 白井が急に立ち止まったので、俺も止まって彼女に傘を差し出す。

 その際俺は思いっきり雨に打たれることとなるが、すぐさま彼女が俺の制服の袖を掴んで引っ張り、傘の中に招き入れる。


「嫌なら嫌って言っていいんだよ。今なら間に合うと思うの。まだ、友達になる前の関係に戻れる。ただのクラスメイトになれる」


 顔を伏せている彼女の表情を読むことはできない。

 それでも、無理してそう言っていると感じた。


「あくまで怖いだけであって、仲良くしたくないって訳じゃない」


「……そうなの?」


「そうなんだよ。俺も男だからな。壁があると乗り越えたくなるんだよ」


「なにそれ」


 彼女の疑問も尤もである。

 矛盾した想い。

 それでもその気持ちだけは嘘ではないと、そう断言できる。


「雨、止んだね」


「そうだな」


 水たまりを覗いても、そこには波紋が広がっていない。

 完全に雨が上がった証拠だった。


 傘を閉じ、それについた水滴を落としていると、彼女が一言。


「傘、閉じちゃうんだ」


 彼女の言葉が指す意味は、おそらく傘の中なら近くに居れるというものだろう。

 その距離感が様々なものを指している、気がする。

 だとすれば、傘を閉じて距離が開くことを彼女は恐れたのではないだろうか。


「さあ、なんのことだか。ついでだし白井の家の近くまで送るけど、いいか?」


「いいけど、なんで?」


 逃げる気はない、という言葉を飲み込み、口を開く。


「また雨が降ったら困るだろ」


「ふーん。そういうことにしとくよ」


 なんか心の内が全て見透かされている気がする。

 それがただの気のせいであってほしいが。

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