5話
「泉。ちょっといい?」
昼食後ということもあり、若干睡魔が襲ってきていたところで俺に話しかける人物がいた。
委員長の国分だ。
「いいけど、どうした?」
「白井さんと仲いいの?」
質問の意図が読めない。
それ以前に、国分は何を見てそう思ったのだろうか。
学園で俺が白井に話しかけられた瞬間をクラスメイトに目撃されたのって、文房具を返す際の一件しかないはずだが。
あるいは視聴覚室の机と椅子を運んだ時の、ちょっとしたやり取りだろうか。
「白井? 彼女とはそんなに接点無いぞ」
「それはおかしい。私調べでは毎朝密かに会う仲なはずだけど」
「ちょっと待て。その情報、どこで仕入れた」
「やはりあれは白井さんと泉だったか」
しまった。
予想外の発言をされたせいか失言をしてしまった。
二人して朝早くから走っているところを国分に目撃されたのだろう。
「おのれ貴様、何が望みだ」
「どうどう。別に取って食おうというわけじゃない。ただの好奇心」
「……それだけ?」
「それだけ」
意外だった。
言い過ぎかもしれないが、学園一の才女のゴシップを餌に何か要求でもしてくるのかと思った。
だとしたら国分がしたかったことはただの事実確認か。
早朝に見かけた若い男女二人が俺らだという確証は持てなかったのだろう。
「まあ、それならいいけど。一応今回のことはあとで白井に伝えておくけどいいか?」
「もちろん。いや……」
何かを考える素振りを見せる国分。
若干にやけている彼女の表情を見るに、何かしらの悪巧みをしているようにしか見えない。
「私自ら伝えてしんぜよう」
絶対に余計なことを言いそうだ。
「いや、いいよ。俺から伝えて……っておい」
俺の静止の言葉を最後まで聞き入れることなく、国分は白井のもとへと向かう。
正直白井と国分がどのような会話をするのか想像につかなかった。
客観的に見ると、国分からしたら白井は目の上のたんこぶと言ったところか。
国分は委員長という座を得たにもかかわらず、白井のほうが先生に信用されているわけだし。
そんな二人を掛け合わせたら……いかん、悪い意味での化学反応を起こしそうだ。
何事もないといいが。
「いずみー!」
白井と話していた国分が全力疾走で戻ってきた。
どうやら何事か分からんが何かが起きたらしい。
「どうした?」
「白井さん、やばいよ。何あのコミュ力お化け。私は悪役ムーブしていたはずなのに、取り込もうとしてきた」
「それは災難だったな」
どうやら対人スキルにおいては白井の方が一枚上手だったらしい。
その当の白井が前の席からこちらを眺めている。
「はあ……。白井、こっち来いよ」
「うん」
白井の、その短い距離を移動する姿ですら様になる。
この俺、国分、白井という奇妙な三人グループがクラスメイトの関心を惹いていることは薄々と感じていた。
「さっき確認したけど、私が朝見かけたのは白井さんと泉で間違いない?」
「そうだよ」
俺が答える前に白井がそう返答した。
意外だった。隠す素振りすら見せないのか。
「ふーん。ならいいや」
本当にただの好奇心からの疑問だったらしい。
「そんなことより私、国分さんともうちょっと話したいな」
「うっ……いいけど、私たちは本来内申点を奪い合うという憎き仲のはず」
「そんなことないよ。むしろ私は国分さんに感謝しているの」
二人に何か接点でもあったのだろうか。
「何を?」
「委員長をやってくれたこと。私、中学生のころずっと委員長をやってたからもういいかなって思って」
そんな過去があったのか。
国分は委員長を立候補したけど、白井のそれは押し付けられていたんだろうな、というのは想像に容易い。
その言葉を聞いた俺はそっと立ち上がる。
「泉くん、どうしたの?」
「ちょっと自販機まで。二人だけの方が話しやすいこともあるだろ? 俺が戻ってくるまでに済ませてくれると助かる」
そう言い残し、俺は教室を出た。
自販機でお茶を購入し、蓋を開けてそれを喉に流し込む。
国分と白井という組み合わせは、国分が言っていた通り教師の評価を取り合うような……たとえ話としてはどうかと思うが水と油のような関係性かと思った。
しかし蓋を開けてみればどうだ。国分自ら白井に対してアプローチを掛け、両者ともにまんざらではなさそうな反応を見せた。
彼女らはこれを機に仲良くなるのだろうか。
仮にそうだとしても、正直俺という存在がどういう立ち位置になるのか心配ではある。
俺は空き缶をゴミ箱に入れ、教室へと向かう。
教室に入ろうとしたところで、白井と国分の声が聞こえた。
どうやら彼女らは会話に花を咲かせているらしい。
だとすれば、このタイミングで戻るのは無粋というものだ。
俺はチャイムが鳴るまで廊下を練り歩くこととなった。
* * *
放課後、正門を抜けると見知った人物を見かけた。
白井だ。
「……帰るの?」
「勿論」
言葉数こそ少なかったものの、彼女が何かを伝えたがっているのは察しが付く。
問題はその内容な訳だが。
「国分さんと友達になっちゃった」
その俺の心の内を察したかは定かではないが、白井の方から話を切り出してくれた。
「良かったじゃないか」
「うん。国分さんって面白いんだよ。あといい人。周りを明るくさせるような、かな」
「昼休みにあれだけ盛り上がってたみたいだしな」
「……何で知ってるの?」
しまった、藪蛇だった。
俺は先生に呼び出されて教室に戻るのが遅れたことになっていたはずだ。なのにこんなヘマをするとは。
「実を言うと、あの後すぐに教室に戻ろうとした。でも白井と国分が楽しそうに話している声が聞こえたからやめた」
その言葉を伝えると白井の頬がどんどん膨らんでいく。
怒っているのを察した反面、頬を突っついたらどうなるのかという悪戯心が湧く。
かといって断りもなく突っつくような真似はしないが。
加えて、あの時に取った行動がどうやら間違いであることを理解した。
反省しなくては。
「何でそんなことをしたの?」
白井は本気で怒っている。
ここで回答を間違えたら嫌われる気がする。
「女子と仲良くするのが怖いんだ」
「……どういう意味?」
彼女は意外そうな顔をしていた。
できる事なら、あまり負担になるような物言いはしたくはなかった。しかしこの件は隠し通すのが難しい。
いずれ話さなくてはならない日が来るとするならば、極力早めの方がいいと踏んだ。それが今日この時だっただけの話だ。
「そのままの意味だよ。でも、白井と国分のことが嫌いって訳じゃない。ただ……」
「それ以上話さなくていいよ」
続きの言葉を紡ごうとしたところで、白井が制止する。
彼女は心配そうな顔をしていた。
白井にこんな表情をさせるなんて、俺の顔色はよほど酷かったのだろう。
こんな状態で続きを話したところで、碌なことにならない気がする。彼女が言う通りやめておこう。
白井は相当心配をしていたらしい。
その後、大して会話をしなかったにもかかわらず、彼女は俺に付き添ってくれた。




