4話 ★
「白井さん、ごめんね? こんなことおねがいしちゃって」
「いえ、気になさらないでください」
昼食を摂った後に星先生と廊下で偶然出会った際に、先生は私の顔を見て何かを思い出したような表情を浮かべた。
その頼み事は視聴覚室の机と椅子を全部備品室に持って行って欲しいというもの。なんでも新品のそれが今日届くらしい。
良い運動になるかなって最初は思っていた。
正直甘い考えを抱いていた。
視聴覚室から備品室は結構距離があるし、階段での移動を挟まなくてはいけない。
その上机と椅子という重量物を抱えての移動は私を疲弊させた。
「し、白井さん。良かったら手伝おうか?」
廊下ですれ違ったとある男子生徒がそう言う。
「いえ、私がお願いされたことだから大丈夫。でも気持ちは嬉しかったよ。ありがとう」
出来るだけ波風を立てないように断る。
色んな意味で何で私なんだろうって思うことはある。先生の頼み事もそうだし、異性の関心を惹くこともそうだ。
でもそれは避けられない運命なんだろうなって自分に言い聞かせる。
そういう星のもとに生まれたと解釈するしかない。
「……何してんの?」
「泉くん」
だけど、それを否定した男子が目の前に立っていた。
彼は私を普通の女の子だって言ってくれた。
それはきっと少ない交流の中からピースを繋ぎ合わせて導いた、彼なりの解釈。
ただ、それは少なからず当たっていた。
「それ、どこの机と椅子だ? で、どこに持って行ってる」
「……視聴覚室から一階の備品室まで」
「よし、分かった」
彼はそう言い残して、私が通ってきた道を戻っていった。
どこへ向かったかなんて、聞かなくても察しが付く。
彼と初めて出会ったとき、根っからの善人っているんだって最初は思った。
それと同時に、困惑もした。
他人から下心のない厚意を受け取ったのはいつ以来だったかな。
だから、先日お返しをした際もきちんとお礼を言えなかった。
視聴覚室へ向かう途中で泉くんとすれ違う。
彼は当然のように机と椅子を運んでいた。
お人好しなんだから。
視聴覚室に机と椅子を一セット残したところで、私は最後のそれを運び終えた。
別にさぼりたくなったわけじゃない。たぶんだけど、彼は私のことを手伝え終えたらすぐ教室に戻るのではないかという懸念があったから。
だから、こうして備品室の中で彼の到着を待っている。
「……何しているんだ?」
本日二度目の問いかけ。
だけど、今の私はそれに答えるつもりはない。
「それを聞きたいのは私の方。何で泉くんは私のことを助けてくれるの? それも一回だけじゃなくて、何回も。まるで――ううん、何でもない」
まるでヒーローみたいに、という言葉は飲み込んだ。
私が彼を偶像化しようとしているみたいに思えたから。
泉くんは実在する男子。そこをはき違えてはいけない。
「何でって言われても……笑うなよ?」
何かをもったいぶる泉くん。
「うん」
「何も考えていない」
限界だった。主に腹筋と表情筋が。
笑わないといった手前、彼に申し訳ないと思った私はすぐさま顔を逸らした。
でも込み上げてくる笑いを抑えきることは出来ず、口を手で押さえてそれを押し殺すのが精いっぱいになった。
「……笑わないって言っただろうに」
「や、悪いとは思っているけど……!」
でも、彼は失礼な行動を取る私を責めない。
どこかで『優等生の白井さん』を演じている自分がいた。
でも、彼の前ではそれが通用しない。
きっかけは言うまでもなく、ボロを出した受験日の私のせい。
泉くんの前でなら、ちょっとだけ素直になれる自分がいた。
だとすれば、彼と接し続ければ本当の意味で自分らしくあることが出来るのかな。
少しだけ、わがままになってもいいのかな。




