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3話

 部活にこそ入らなかったが、それでも慣れというものは怖い。気づけば俺は毎朝軽く走るようになっていた。

 程よい運動が心身に染み渡る。


 今日もそんな毎日のルーティーンをこなす。

 晴れやかな空、早朝独特の湿った空気、時折聞こえる犬の鳴き声。

 うん、今朝もいいランニング日和だ。


 こんな毎日が続けばいいのに。

 しかしながら、そんな淡い希望はランニングを開始してから二十分ほどで打ち砕かれた。

 とある公園のジョギングコースに見慣れた人物が一人。


「白井か? 何でまたこんな時間にこんなところに……」


 ジョギングコースを折り返してきた白井と目が合う。

 早朝の公園に人がいるのが妙な事と同じように、その公園を入口から見ている人物もまた妙な存在であったらしい。

 すぐさまその場を立ち去らなかった時点で見つかるのは避けられない運命だった。

 仕方がないので俺は公園内に入り、白井のもとへ向かう。


「泉くんじゃない。朝早くからどうしたの?」


「俺も同じ疑問を抱いたんだけどな。こっちは毎日走りこんでるから単純に日課だよ」


「そうなんだ。陸上やってたんだっけ。その時の習慣かな?」


「そんな感じ」


 白井は比較的体のラインが出ないタイプのスポーツウェアを着ている。

 制服以外の服を着ているのは初めて見たので新鮮だった。


「何?」


 白井の服装を眺めていたその不自然な間に何か感じるものがあったのだろう、白井が先にそう声を漏らす。


「いや、様になってるなって思って」


「そうかな。スポーツしてそうに見える?」


「見える見える」


「あっ、連呼したってことはあまりそう思ってないでしょ」


 変に鋭いやつ。

 少なくとも『様になっている』というのは本心だった。それが彼女に伝わっているかどうかは怪しいところがあるが。


「どうかな。それにしても白井も走り込みをしていたなんてな。陸上部を見学したのが影響しているとかか?」


「違うよ」


「ならまたどうして」


「……ったの」


 白井は顔を伏せ気味にし、体を若干震わせながらそう声を絞り出す。

 運動部に所属してない女子が急に走り込みをしだすだなんてそんな理由考えればすぐ分かるだろうに、俺は何を質問したのだろうか。

 自分の失言に気づいたところで、すべて手遅れだった。


「太ったの」


「お、おう……」


 白井のカミングアウトを受けた俺の第一声は間抜けなものになった。

 だがまだ汚名返上の余地はある。ここで最適解を叩きだせばあるいは……。


 流石に『そんなことないよ』だの、『太ってないって』だのデリカシーのない言葉を投げかけるほど人間を辞めてはいない。

 本人が太ったことを受け止めているのに否定したところで何の解決にもならないからな。

 だとすると、体重を落とす手助けをするのが一番か。


「じゃあ一緒に走るか? 公園のジョギングコースで走るのも悪くはないけど効率悪いぞ」


「そうなの?」


「景色が変わらないからモチベーションとか色んなものが落ちるんだよ」


「そっか。じゃあ泉くんと一緒に走ろうかな。……置いていかないでね」


「そこまで大人げないことはしない。ペース作るからそれに合わせてくれ」


「うん、分かった」


 とは言っても白井がどの程度走れるか分からないので、無理のない範囲でコース設定とペース作りをすることにした。

 最初こそそのペースの緩さに白井は疑問を抱いていたようだが、俺が陸上経験者というのが影響したのか定かではないが、何一つ文句を言わずについてきた。

 あとは道なりに走るだけというところまで来たところで、俺は白井にそう伝えて彼女と並走する。


「俺、白井のこと誤解してた」


「続けて」


 彼女の声のトーンが少し落ちたのを確認した。

 俺が真面目なことを話そうとしていると察したのだろう。


「入学当初は白井のこと完璧な人間だと誤解してた。勉強が出来て、先生から認められていて、仲のいいクラスメイトも多くて」


「でも違った?」


「違ったな。忘れ物をすることはあるし、好奇心だけで動くことはあるし、年相応の悩みも持ってる。だから普通の女の子なんだなって」


「そっか」


 白井が急に立ち止まったので、俺も停止して彼女の方を振り返る。

 彼女は若干息を切らしながらも、真剣な表情をしていた。


「でも、それって良い事なのかな? 先生は言うよ、『白井は優等生だな』って。皆どこかで価値観をその人に押し付けているんじゃないかな」


 彼女はその言葉を最後に再度ジョギングを開始したので、俺もついていくことにした。

 情けないことに、俺はその白井の疑問に対して返答することが出来なかった。


 自分も白井に対して品行方正な女の子という価値観を押し付けていたし、今だって普通の女の子に見えるという価値観を押し付けようとしている。

 それに対し白井は疑問を投げかけた。何故彼女はそんなことをしたのだろうか……分からない。


 分からないというのは、彼女のことを何も知らないということだ。

 だとしたら俺はどうしたいのだろうか。


「……知りたい」


「えっ?」


「ああ……いや、なんでもない」


 彼女はそれ以上何も言わなかった。


 先ほど出会った公園まで戻ってきた俺らは、ひとまず休憩することにした。

 白井はベンチに座って涼んでいる。


 その隙に、俺は自動販売機まで行きミネラルウォーターを購入した。

 聞きなれた電子音と、その直後に大きな音を立てて中身入りのペットボトルが落ちてくる。

 それを手に取って俺は白井のもとへ戻る。


「ほら、やるよ」


 白井は意外そうな表情をしていた。


「いいよ、そこまでして貰わなくても」


「お互いのためだよ。帰宅途中に脱水で倒れられたら俺も困る」


「そっか。じゃあ貰おうかな。ありがとう」


「どういたしまして」


 彼女はキャップを捻り、一口飲んだところでこちらを向く。


「物は相談なんだけど、当分ジョギング手伝ってもらってもいいかな? 自分だけだとペースが分からないの」


「ああ、いいよ」


 別に断る理由もないし、見方を変えれば俺も走り込みを続ける理由になる。

 よって、その提案を俺は承諾した。


「やった! それじゃ、明日も同じ時間にここで会おうね」


「おう」


 はつらつとした彼女の笑顔が眩しい。

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