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2話

 俺ら新入生は部活オリエンテーションの説明を受け、その後希望者は早速体験入部する運びとなった。

 魅力的な部活は多数あったが、俺が体験入部する部活は一つと決めている。


 それはさておき、今現在意識をしているのは自分が体験入部する部活のことではなく、白井のことだ。

 いや、意識しているというのは語弊があるが、他に言いようがないのだから仕方がない。


 当の白井は部活を見に来ないかという複数の誘いを『前向きに考えておきます』という政治家のような返答をして回避していた。

 そう、そこまでは良かった。


 だが何を考えたのか、彼女は勧誘を受けた部活を回るべく、分刻みのスケジュールを組み上げだした。

 時折、どの部活に何時何分から何分間滞在するというような独り言が聞こえてくる。

 流石に見ていられなかった。


「白井」


「あっ、泉くん」


 付き合いが浅い俺でも白井の困惑の表情が読み取れた。

 正直全部活を体験入部するのは現実的ではないのだろう。


「なあ、学年一位の頭脳を活用した方がいいんじゃないか?」


「な、何のことだか……」


 しらばっくれやがった。

 断り切れずにデスマーチを敢行しようという白井の意思の薄弱さと、俺の提案を断って何とかやり過ごそうという頭の回転の良さのアンバランスさに、俺は内心苦笑してしまう。


「はあ……。白井、本気で全部活回る気?」


「でも、皆さんが誠意をもって誘ってくれたわけだし」


 その思考は危うい。

 断るということを覚えてもらわないとそのうち壺でも買わされそうである。


「現実問題厳しいんだろ? 八方美人がすべて悪いことだとは言わないけど、いつか身を滅ぼすことになるぞ」


「――うん」


 しおらしくなる白井。

 なんか様になっているな。


「本当はどの部活を見たかったんだ?」


「弓道部かな」


「よし決まり、いくぞ」


「こ、心の準備が出来てない……!」


 口ではそうは言うが、先ほどの切羽詰まった表情とは打って変わって明るい表情をしている。


「嫌だというならそのにやけ顔を隠してから言うんだな。ほら、ついて行ってやるからいくぞ」


「ついてきてくれるの?」


 白井は、目の前にいる男子は何故そんなことをするのだろうという至極真っ当な疑問の眼差しを向ける。

 ああ、同行する理由が分からないのか。


「勿論。意見を押し付けたのは俺だから、責任は取らないとな」


「そっか」


 彼女は何かに納得したかのような表情を浮かべ、歩き出した。


「ほら、行こう? ついてきてくれるんでしょ?」


 白井は今日一番の笑みを浮かべていた。




 * * *




「俺は体験入部希望じゃなくて、ただの付き添いです」


「そうですか。では新入生の皆さん、弓道について軽く説明をします」


 上級生曰く、弓道には射法八節というものがあり、基本的にこれに倣って矢を射るらしい。

 いわゆる弓道の型と呼ばれるものだろうか。


 足踏みから始まるそれは、一朝一夕で身につくものではないと感じた。

 そんな座学に近いそれを目を爛々と輝かせて聞き入る白井の姿。

 ここに連れてきたのは間違いではないと信じたい。


 上級生の一人が実演として矢を一本放つ。

 快音が遠くの的から鳴り響いた。


 しばらくしてから体験入部をした新入生たちは弓を受け取り、実際に弦を引いてそれを離すという動作をすることになる。なお矢はない。

 弓を受け取り、弓道部員から指導を受けて弦を引く白井の姿は様になっていた。


 弓を引き絞る彼女の姿を眺める事十数分。


「あの、私はこの辺で失礼します」


「ふむ、何か問題でも?」


「いえ、そうではなくて……友人の体験入部がまだなので」


「ああ、なるほど。仮入部したくなったら担任の先生に言ってくださいね」


「はい、分かりました。では失礼します。ありがとうございました」


 白井が退室したので俺も彼女についていく。

 しかし友人か。いつの間にかただのクラスメイトから昇格していたらしい。恥ずかしいから触れないでおくが。


「本当に良かったのか? 別に俺のことは気にしないでもっといても良かっただろうに」


「ううん、いいの。弓道部に体験入部したい理由が、ただ単に弓を触ってみたいっていうものだったし。それに、中途半端な気持ちで取り組むものじゃないって体感した。先輩、凄いよね。たった一年で的に矢を当てられるようになるんだよ?」


「ああ、そうだな」


 これ以上は俺が踏み入る領域じゃない。

 彼女が満足しているならそれでいい。


「じゃあ、次は泉くんの番ね。ついていくから」


「……なんでだよ」


「お返し」


 要らないお返しなんだが。




 * * *




 俺がお目当ての部活の元へ来たときには、練習と呼べる練習は殆ど終わり、体験入部者をもてなしているところだった。


「へー、陸上部希望なんだ」


「ああ。といっても俺も入部しないだろうけど」


「それはまた何故ですか泉くん?」


 記者がマイクをずずいと押し付けるかのような動作を見せる白井。


「なんでだろうなー」


「気の抜けた返事をしないでよ、もう……。答える気はないんでしょ、いいよ」


「すまんな。気が向いたらそのうち話す」


 俺は陸上部員に話しかけ、陸上部と設備について軽く説明を受けた。

 本校は陸上部の設備が整っている方であるらしい。

 事実、中学では見かけなかった棒高跳びの設備や3000m障害のハードル、機材としてハンマー投げで使うハンマーなどがあった。


「分かりました。何本か走りたいのでアップしてもいいですか?」


「いいよ。希望種目は?」


「100mです」


 俺は短距離用のレーンを一本借り、スターティングブロックに足を掛ける。

 何度かスタートの練習をしたところで、実際にタイムを計ってみようと上級生が言った。

 それに承諾する。


「オンユアマークス」


 号令が陸上経験者向けに対するそれだったので内心苦笑しつつ、スターティングブロックを踏みなおす。


「セット」


 この瞬間の緊張感が心地いい。


 ホイッスルが鳴った瞬間、俺の体は自然と動き出していた。

 約十秒の時間、まるで風になったかのようだった。


 気付いた時にはゴールラインを跨いでいたのでゆっくりと減速する。

 そしてストップウォッチを持った記録者の元へ駆け寄る。


「11秒04だね。君、陸上部に入らない? スパイク無しでこれなら新人戦でいい順位狙えると思うよ」


「そうしたいのは山々なんですが、ちょっと訳ありで保留にしたくて」


「そっか。勿体ないなー。新人戦で全国に行けそうなのに。でも、気が変わったらいつでも陸上部を訪ねてきてね」


「はい、わかりました」


 その後、何度か走ったがタイム更新はならず。

 緊張が解けてしまったからだろうか。


 体験入部は程々にして帰る準備をすべく、白井のもとへとやってきたのだが……。


「へー」


「何に対する『へー』なんだ?」


「さあ? ふーん……」


 何なんだこの反応。

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