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1話

 桜咲くこの季節、希望に満ちた表情を浮かべる人々が道を歩く。

 幸いなことに俺もその輪に加わる一人であり、つまるところ、無事に受験戦争を切り抜けたのだった。


 入学式の準備は着々と進み、気づけば全校生徒が体育館へと集められる。

 式は校長式辞、来賓祝辞、在校生祝辞という順番で滞りなく進み、ついに新入生代表が登壇する答辞の番が来た。


 壇上に上がったのは一人の女子生徒。

 その生徒の美貌に会場が一瞬騒がしくなる。

 答辞を担当するということは、その女子生徒は受験でトップの成績を叩きだしたのだろう。

 天は二物を与えずというが、俺にはそうは思えない。


「――本日は誠にありがとうございました」


 凛とした声でそう締め括った女子生徒はお辞儀をする。

 彼女は降壇し、閉会の挨拶が始まる。


 その閉会の言葉をきちんと聞き入れた生徒がどれだけいるだろうか。

 それほどあの女子生徒の印象は強烈だった。




 * * *




 入学式から数日後、俺は例の女子生徒に呼び出されていた。

 校舎裏に――という定番のシチュエーションでもなく、彼女が掃除当番だからそれが終わるまで下校しないで待ってほしいという軽めのお願いだった。

 よって、俺はクラスメイトにからかわれながらも、教室前で律儀に彼女が出てくるのを待っていたわけだ。


「おまたせ」


 若干魂が抜けかけていた俺に話しかけてくる女子。

 白井梓(しらいあずさ)

 容姿端麗、頭脳明晰。社交的で、入学してから日は浅いが教師からの評価も高い。

 完璧超人っているんだな。


「そんなに長い時間待ってないからいいぞ。それで、用事というのは?」


「そうだね、そこからだよね。はい。一週間近く経っても気づかない鈍感さんにプレゼント」


 白井はそう言い、鞄をごそごそと漁り出して小さな紙袋を取り出し、俺に押し付けてきた。

 受け取らないという選択肢はないらしい。


 俺は一言礼を言い、その紙袋を自分の鞄の中に仕舞おうとした。……仕舞おうとしたのだが、袖を掴まれて止められた。


「何?」


「そのまま持って帰ったら余計混乱すると思うの」


 確かに、白井が言うことは尤もである。

 そもそも白井にプレゼントを渡される理由はない。だからこのプレゼントの意味が分からないし、何より内容物によっては更に混乱を招く。

 だとしたらこの場でプレゼントを渡された理由を尋ねるべきか。


「確かに。そもそも俺に何でプレゼントを?」


「自分で気づいてくれないと嫌」


 白井は頬を膨らます。

 珍しい。

 社交的な彼女がマイナスの感情をこうも容易くさらけ出すとは思えなかった。

 だとすると、俺が何かやらかしている可能性が高い。


「中、見るぞ」


「どうぞ」


 プレゼントを開封してもいいという許可を得たうえで、俺は封を開けた紙袋に恐る恐る手を入れる。

 すると、中から鉛筆とシャープペンシル、消しゴムが出てきた。


「……ああ、あの時の女子か」


「気づくの遅いよ。(いずみ)くんってもしかして鈍い?」


「鈍い以前に大して接点無かっただろうに」


 受験当日、靴箱の前で焦燥しきった表情を浮かべながら鞄の中を漁る女子を見かけた。

 軽く事情を聞いたところ、どうやら彼女は筆入れを忘れてしまったと答えた。

 だから俺は、いくつかの筆記用具を彼女に押し付けてから受験会場へと向かった。


 白井とは些細な接点しかない。

 しまいには俺はその事実をすっかり忘れていた。

 だが彼女にとってそれは何か重要な意味を含んでいたらしく、こうして律儀にお返しをしてくることとなった。

 そんな白井に俺は……。


「ありがとう。だけどあまり気にするなよ? あの時はただタイミングが良かったからああなっただけだ。そうならなかったとしたら、他の誰かが助けてくれたよ。多分な。それじゃ」


「えっ? あっ、ちょっと!」


 俺は紙袋を鞄の中に入れ、踵を返し歩み出す。


「でも、あの時助けてくれたのは間違いなく――」


 その言葉は最後まで聞こえなかった。

 悪いけど、俺は白井の誠実さに向き合えるほど出来た人間ではない。




 * * *




「はい、では学級委員は国分(こくぶん)さんに決まりました」


「よろしく」


 国分が黒板の前で無表情のまま両手でピースサインを作っている。正直シュールな光景だ。


(ほし)先生に代わって、私国分千穂(こくぶんちほ)が進行を務める。これから他の委員も決める。基本は立候補で、立候補者が定員を上回った場合は多数決を取る。こんな感じ。それじゃ、まずは――」


 こうして国分主導の下、委員決めが進行していく。

 しかしその委員が中々決まらない。立候補者が少ないのだ。

 よって委員の選出は遅々として行われ、時には無情にも時間だけが過ぎていくこともあった。


「次、文化委員。立候補者いる?」


 そんな国分の声は空しく、教室内に木霊するだけだった。

 誰も立候補しないのか。しかし文化委員か……学祭の時が一番忙しいくらいで他は暇とみていいだろうか。

 俺は意を決して挙手する。


「……泉? 意外だけど助かる。よろしく」


 国分はチョークを黒板に走らせ、俺の名前を記入する。

 俺が立候補した理由は単純で、内申点稼ぎのためである。

 それはともかく、委員は基本男女ワンセットだからあとは女子の立候補を待つだけなんだが、果たしてどうなるか。

 少なくとも先ほどの進行の遅さを見るに、文化委員の決定も時間がかかるとみていいだろう。

 他のクラスメイトもそう考えていたようで、気づいたら教室内は静寂に包まれていた。


「はい」


 そんな重い空気を切り裂くようにして、手を挙げる一人の女子生徒。

 白井だ。


「白井さん立候補っと。他に立候補者はいないよ……貴方達さあ」


 白井が立候補した途端、大半のクラスの男子らが手を挙げだした。

 いくら何でも露骨すぎだ。


 斜め前方にいる白井に視線を投げかけるが、彼女は姿勢を正し黒板を見たまま微動だにしない。

 それに倣って俺も黒板を見る。

 黒板の前には男子の醜態を目の当たりにして目の光を失った国分がチョーク片手に立っていた。


 なお文化委員は多数決の結果、過半数の票を得た俺と白井に決定した。

 白井は言うまでもなく、俺は女性票を獲得した結果文化委員になれたといっても過言ではない。

 つまり、白井が挙手する前に自主的に文化委員になろうとしたことが評価されたらしい。


 何故男子達はこんな回りくどい手段を取るのだろうか。

 真っ向から白井と仲良くなりたいと言えばいいだろうに。

 白井の性格を考えるに、それを無碍にすることは無いと思う。


 ……正直よく分からない。

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