『図書館ドラゴンは火を吹かない』 東雲佑 ~その美しく幸せな物語が切なすぎて、幾度涙をこぼすだろう?~
【はしがき】
『図書館ドラゴンは火を吹かない』は、第3回なろうコンの追加選出作品に選ばれた東雲 佑のデビュー作。
発表当初から、その流麗な文体と、一部ファンの熱狂的なまでの支持を得ていた作品です。
【前置き:「静けさ」と「無音」の違いを表現できますか?】
理想の図書館に求められるものは――彼は言った。
「そうだね。一つにはまず静かでなくてはいけない。雪の夜にも似て森閑とした無音をも上回る絶対の静けさ。現実を遮断する羊水のような静謐。その内側で、読者は一心に本の世界へと没入するんだ。胎児が夢を見るようにね。こんな風に、優れた図書館っていうのは母胎にも通じるものなんだ」
「人間の胎児の気持ちなんか持ち出されたってわたしにわかるもんか」と彼女は言った。「だけどまぁ、それじゃできるだけ物音は立てないようにするよ。そおっと、そおっと動いてさ」
彼女のこの申し出に友は苦笑でもって応じた。それから、彼は無音と静けさの違いを彼女に説明し、図書館に求められるのは後者であるのだと言った。
『図書館ドラゴンは火を吹かない』の冒頭です。
おそらく、この時点で、この物語が読者に大きな感動と歓喜を呼び起こすか、あるいは、難解でよく解らないという諦めをもたらすか、それが分かれることと思います。
「無音」と「静けさ」。
その違いを、親友に教える語り部の言葉を、みなさんはどう感じるでしょう?
ああ、そうなのだ、と。筆者の言わんとしていることが、その微妙な語意の違いが、完全に理解できないまでも、どこか納得のできるニュアンスとして伝わり、そしてその流れるように織られた文章が、心を打つでしょうか?
あるいは、難しい漢字がいっぱい、と、自分の語彙力を引き出すのに必死になって、文字を追うばかりになってしまっているでしょうか?
もちろん、『読者を選ぶ』という言葉は、私は大嫌いです。
しかし、幼子が世の理を理解するために成熟をする時を待たなければいけないのと同じように、この物語を胸を震わせるものとして読むためには、ある程度の読書量は必要かもしれません。
しかしそれは「資格」であるとか、そんな上等なものではありません。
言葉が、自らの血肉に流れ込んでくる感覚が、感じられるかどうか。身を震わすようなその表現と描写に、心が躍って、先を読みたくなるかどうか。
要するに「楽しめるかどうか?」たったそれだけの違いです。
人間的に優れているかとか、知能が高いかどうか、などは全く関係がない。
むしろそんな姿勢は賤しむものであり、賢明さを持って避けて欲しいことです。
『図書館ドラゴン』は、僅かばかりの想像力と好奇心、そして、高校生程度の語彙力(中学生では、本好きではないと少し厳しいかな?)があれば、誰の心にも、すっと入り込み、情動の嵐を沸き起こす物語であることは、保証いたします。
【あらすじ】
森に住む魔法使いに拾われ育てられた少年ユカ。
十四歳になったある日、彼は物語師を志して旅に出ます。
育ての母をはじめとする魔法使いへの偏見を、物語を武器にして払拭するため。
旅の道中、彼はリエッキという名の一頭のドラゴンと出会い、魔法使いとしての覚醒を果たします。
ユカと、彼の開花させた魔法の力によって人間の姿を得たリエッキ。やがて司書王と呼ばれることになる朗らかな少年と、意地っ張りな火竜の少女。
説話を司る神の忘れられた御名において――
ふたりの長い旅が今、はじまります。
【良かった点・みどころ】
――文章と物語。それは指輪の宝石と台座のようなものであり、
両者が融合し、さらなる美しさを創り出している――
長い導入ワードを失礼します。まずこのことは、是非伝えたいと思いました。
『図書館ドラゴンは火を吹かない』は、とかく「文章が美しい」「文章が流麗」など、その文章力の評価に重きが置かれます。
実際、このレビューの冒頭でも、似たような入り方を、私自身がしてしまっている。
しかし、強調してもしきれないのは、「物語る」美しさだけではない。
「物語」の美しさもまた、読者を惹きつけてやまない要因になっている、ということです。
たとえば物語の導入においては、主人公のひとりであり、少女の姿をした火竜・リエッキが、後世には司書王と呼ばれることになった物語師であり魔法使い・ユカという最高の友を亡くして100年が経過したところから始まります。
彼女にとって、ユカが偉大な魔法使いであったことなど瑣末なことです。彼女にとって、ユカはかけがえのない友であった――それが全てなのです。
しかし、図書館に主である彼の姿はありません。
リエッキは想像を絶するほどの寂しさと孤独を抱えながら、彼の残した蔵書を、図書館を、守っています。
喪失から語られる過去の回想。
それが、物語の始まりです。
語られていく話には、ユカとリエッキの出逢い・友となった経緯・友であった時間が、細やかに織り込まれています。
もちろん読者には、それが「過去」の幸せであることが分かっている。
ですから、彼らの過去が幸せであればあるほど、心にホッと温かいものが生まれると同時に、たまらなく切なく、たまらなく悲しくなるのです。
ユカの出生と旅立ちまでの話では、ユカの奔放さ・純粋さに胸を打たれ、そして、彼を拾い、育て上げた魔法使いの義母の愛情の大きさに、思わず涙することもありました。
ユカは母が本当の母でないと知ったとき、涙を流します。
義理の母は、狼狽して、ユカに謝ります。
けれどユカは言うのです。
「僕が泣いちゃったのは悲しかったからじゃないんだ。その反対だよ。……だって嬉しくて、あんまり嬉しくて、だから僕は――!」
「やっぱり、僕の母さまは世界一の母さまだよ。僕は母さまの本当の子じゃなくて、なのに母さまは、その僕を世界で一番に愛してくれてたんだもん。……なんて素敵な母さま!」
義理の母は「魔法使い」であり、劇中の世界では、忌むべき存在だとされています。
ユカは、義理の母でありながら、例えようもないほどの愛情にあふれた存在である彼女をはじめとした魔法使いの汚名を払拭するために、「物語師」として世界を旅してまわろうと決意するのです。
旅の道中では、物語のもうひとりの主人公である火竜・リエッキや、魔法使いの姉的存在・踊り子など、様々な人物との出会いがあります。
共通しているのは、ドラゴンと魔法使い、ともに忌み嫌われるものであっても、本質を知れば知るほど、それは虚実に過ぎないとわかることです。
そして、その汚名を被せる人間の汚さもまた顕にされる。
しかしながら、それでもなお、物語師ユカは人間の根幹にある「善」を、無邪気に、無垢に、信じ続けているのがわかります。
物語を語ることによって、人の奥底に眠る善いものを呼び起こせると、信じている。
私は、この物語の根幹は、このような『善性』であると感じています。
もちろん、人間の汚い部分も、むしろ、これでもかというくらいに描かれている。
でも、この物語で一貫して目を惹くのはこの、「絶対的な善」であり、「人への、生きとし生けるものへの肯定」であるように感じられてならないのです。
美しい物語を目の当たりにした時、人はどうしようもなく涙が溢れます。
それは、悲しさ、嬉しさ、幸せ、絶望――――その全てをひっくるめて「善し」とする、その懐の深さ・奥深さに流す涙なのだと、ふと気づかされます。
流れる涙は、この物語の美しさと等量であり、また納得できるものです。
物語は、ユカとリエッキの旅が語られるばかりではなく、しばしば傍らに流れます。
しかし、そんな物語のひとつひとつは、それ自体でとても惹き込まれる物語であると同時に、主流の物語にどうしても必要なものであると、そしてそれがあるゆえに、物語の根幹をしっかりと支え、全体を輝かせるものだということはすぐに理解できると思います。
具体的なストーリーラインとしては、ユカの生い立ちと義母の愛情から、リエッキとの出会い、魔法使いの踊り子との出会いということになるのですが、そのほかにも、魔法使いの少女や牛頭、色の魔法使いと踊り子、今後何やらきな臭い展開を思わせる「左手」と「相棒」などの登場人物、そして彼らの挿話が、物語をさらに魅力的なものにしています。
また、この物語が「善いもの」としての輝きを放っている一因として、「陰と陽」の使い分けの妙があると思います。
前述したように、リエッキの回想が幸せであればあるほど、悲しみは深まります。しかし、それは逆もまた然りだと思うのです。悲しいからこそ、それはかけがいもない、「光」となってそこにある。限りある、儚いものだからこそ、輝いているんです。
同様に、「人間の善さ」ばかりにこの作品は触れているのではありません。
「醜さ・汚さ」も、徹底的に描かれています。
だから、人は、物語は「善いもの」として立ち顕われてくるのです。
物事の深い闇をも取り上げるが、決して闇に取り込まれることなく、むしろ光をこそ志向する。そのように物語る力が、本当に胸を打つ作品です。
ネタバレを極力はぶいてお送りしました。詳しいところまでには踏み込みません。是非一読をお願いしたいからです。
【終わりに】
……さて、今回のレビューについて、「あらすじ」や具体的なところを深く語らず、感じた事を心と筆の走りの赴くままに書き綴ったのは、物語の細緻を語る技量がなかったのはもちろんですが、むしろ物語の「雰囲気というか、素敵な点」という外枠を概観した上で、ぜひ手に取っていただきたい作品だと思ったからです。
技術が足りず、曖昧模糊としたできになってしまっているかもしれないことは、切にお許し下さい。
ですが正直、ここまで衝撃を受け、大切に、大切に読んでいった物語は久しぶりです。
その大切に思う気持ちをいっぱいに、伝えられる無形の“想い”を伝えたかった。
そんな思いを抱かされ、筆を執りました。
はたしてその結果が、この作品を「善いもの」として伝えきれているか、それには疑問の余地は多々あります。
しかしながら、ここまで感動を伝えたかった作品は、そうそう出会えないものであったことを付け加えて、拙いレビューの締めとしたいと思います。
この作品は、本当の感動と涙を、読んだ人にきっと、届けると思います。
【残念だった点】
これは、一言に尽きるでしょう。
「早く続きを!」
身悶えすることと思います(笑)
都内の書泉ブックタワーの購入特典としてショートストーリーが配布されたのですが、これを手に入れられなかった方は、本当に発狂しそうなほど、その気持ちを味わうことになると思います。
むしろ宝島社にハガキを送って、SSをなんとか手に入れられないか相談してしまってもいいかも。
そのくらい、ここで手に入れられたSSには価値があります。私は幸運でした(笑)
とにもかくにも、続刊が未だ刊行されていないことは、多くの人にとって、不幸な事だと思います。一日も早く、続きが読みたいものですね!
【その他】
『図書館ドラゴンは火を吹かない』は、WEB連載されています。
右のURLからどうぞ → http://book1.adouzi.eu.org/n8001by/




