0.11 真珠ちゃん、攫われる、攫われる。
ティファニアのスラム時代の過去編です。
本編につながる予定です。
彼女は昔から光るものが好きだった。
それはただのガラスだったり、誰かのキラキラした髪だったり、そこら辺に落ちている少し色がついた、太陽にかざすと光るだけの石だったりした。
宝石も大好きだが、彼女の今の身分では一生手に入らない。触ることすらできないだろう。
しかし、働いている先の宿でたまにくる貴族がつけているのを見れる。仕事中は顔を上げることができない。それも貴族相手だと気に入らないことをしただけで直ぐに殺されてもおかしくない。だから、ちらりと横目で気づかれないように見るのだ。それだけでも彼女は光るものを見れるだけでただ嬉しかった。
その日、彼女の働く宿にはとある盗賊が泊まっていた。なんでも、王都の近くで一仕事してきたらしい。食堂で下品に酒を仰ぎながら騒いでいた。
この宿ではこういった不行き届きの者などの客は珍しくなかった。この宿の客はほとんど裏の世界のものや所在をばれたくない貴族で、黒い取引などをするために泊まるのだ。ここでは素性を明かさないためにベールや仮面を着けた客が行き交う、そんな闇宿なのだ。
しかし、いかに裏の世界の客がほとんどだと言っても、その盗賊達はこの宿には相応しくなかった。素性を保証できたり、裏取引ができたりするような宿なのだ。値段は相当高い。その為、裏の世界の者たちには憧れの宿でもある。盗賊たちは大金が入ったので泊ることを決めたのだろうが、この宿に泊まるようなマナーはもちろんなかった。食堂での声が大きくなるたび、注意しても気が大きくなっているのか突っかかってくるたび、経営側は騒いでいるその盗賊たちがいつ他の客の逆鱗に触れてしまうのかと少し悩ましくしていた。
彼女は盗賊たちがいる食堂が担当ではないため、客室にいる常連へ給仕しに行っていた。彼女が押すカートには瑞々しい果物が大きな器に盛りつけられ、その隣には高価なワインが背の高いグラスと一緒に並べられていた。
彼女は見目が麗しく、物腰も丁寧であるため、多くの客に気に入られている。彼女目当ての常連客は多い。その為、彼女の身分からは考えられない待遇を職場にしてもらっているのだ。半月前まで産休として休ませてもらったり、体調が悪いときは早退させてもらったりと本来ならば辞めさせられてもおかしくないが、宿側はよく働き、信頼でき、客寄せになる彼女を何とか手元に残そうとしてくれている。
今向かっている常連客も彼女目当てであるため、久しぶりに出勤した彼女を指名して給仕によこさせるようにしたのだ。
部屋につくと、彼女は果物の盛り合わせをテーブルに置き、ワインを注いだ。濃い葡萄の香りが部屋に漂った。
「そういえば、ずいぶんアホな客が来てるらしいじゃないか?上が随分騒いでいた。」
「食堂にそのようなお客様がいたようですわ。」
常連客である男は後ろで控えている彼女に顔を向けると、ワインを仰ぎながら面白そうに言った。
「今回はどうなると思う?まあ、うちは関わらないだろうが、今回はあのお方が食堂にいるんだろ?あの方は食堂からの眺めが好きだからな。もしかしたら、また前みたいになるかもな。」
「わたくしにはお答えできませんわ。メルリル様のお心次第でございます。」
「そうか?俺はあの方が命令すると思うがな?」
男はくつくつと笑う。
「そうしたらまた宿は儲けものだな?まあ、あいつらごときじゃそんな金を持ってるわけない、か。」
もう一度男は笑うと、ワインをグラスの飲みきり、他の話題を話し出した。
彼女が部屋から下がるころには既に夕方になっていた。
次の仕事のために裏に回ろうとした時、同僚に呼び止められた。今時間があるか聞かれて頷くと手伝いを頼まれた。
「メルリル様のご命令であの盗賊たちを処分した。金はいつも通り宿側のものになるから、部屋から運び出すのを手伝ってくれないか?メルリル様は大層ご立腹で人手が足りない。」
メルリルは裏社会では女傑として有名だ。彼女の怒りに触れて生きていられた者はいない。今回、あの盗賊たちは酔って事もあろうに、メルリルにちょっかいを出してしまったのだ。それがただでさえ騒音でイライラしていたメルリルに命令をさせた。殺せ、と。
宿側は粛々と従い、そこで騒いでいた迷惑な盗賊たちを直ぐに処刑した。首を折ったのだ。血が飛ばないようにするために。
実は前にもこのような事態はあったのだ。常連が低俗な客を煩わしく思ったことが。その時も宿側が受け入れた責任として手を下す。殺された客が持っていた金品はお詫び代などで宿側が使うため、客は自分の利益のために殺せと言えない。もちろん敵対勢力だからと言って殺せと命じる者はいない。マナーを守らない場合は殺される。これはこの宿での暗黙のルールなのだ。
彼女は盗賊たちの部屋に向かい、その荷物を片付けていた。本当に人手が足りないのか、彼女しかその部屋にはいなかった。
盗賊たちの荷物には宿代にほとんど使ったのか、めぼし物はなかった。彼女は盗むわけではないが、光る宝石が少しでも見れるのではないかと期待していたため、肩を落とした。
しかし、ベッドの隅にごわごわとした布に包まれた何かを見つけた。それは70センチくらいで、中に何が入っているのか彼女には全く見当がつかなかった。なんだろうと彼女が近づくと、その布が少し動いた気がした。彼女ははっとして、急いで布をはがした。
「わぁ……。」
中に入っていたのは光るもの、いや、輝くものだった。目はアメジストをはめ込んだように美しく、さらさらした髪はまるで真珠のように光を反射してきらきらしていた。
その宝石は驚いたように彼女を見つめ、手を伸ばしていた。
彼女はその時、初めて思った。欲しい、と。今まではどんな光るものでも見ていられれば満足だったが、この子は欲しいと思った。手に入れなければとさえ思った。
彼女はその手を取ると、慣れた手つきで抱き上げた。安心させるようにゆらゆらと身体を揺らすと、疲れていたのか、宝石の瞳はだんだんと閉じて行った。
彼女は眠ったことを確認すると、直ぐに行動に移った。もちろん連れて帰るための、だ。
洗濯物を入れるための籠にそっと入れ、上から薄くシーツをかける。そして、部屋の中に残されていた金品を袋に入れて小脇に抱え、金庫のある部屋の方へ向かった。
金庫室の前は腕の立つものが警護しており、彼女は先ほどの盗賊の金品だと言って袋を渡すとすぐにその場を離れた。そして、向かう先は自分の荷物を置いている控室だ。今の時間は夕食前でメルリルへの対応もあるため、誰もいないはずなのだ。
彼女は控室を開けると、やはり誰もおらず、彼女はほっと胸を撫で下ろした。直ぐに洗濯籠で寝ているその子を優しく抱き上げると、自分の普段使っている籠に入れた。
「少しだけ待っていてね。」
そういって彼女は籠の中の子のぷっくりとした頬をなでると、後ろ髪をひかれながら部屋を後にする。今日はもう早退することを伝えに行かなければならないのだ。まだ体調が万全でないと言ったら、直ぐに帰らせてくれるだろう。
早退の件は直ぐに了承が得られた。一刻も早く彼女にフルタイムで働いてもらうためだろう。彼女はこの宿にとって一種の客寄せパンダなのだから。
彼女にはそんな宿の思惑はどうでもよく、速足で控室に戻ると、普段はぶらぶらと適当に持つ籠を大事に大事に抱えて宿の裏手から出た。いつもの帰路がなぜか輝いて見え、自然に足の回転が速くなった。早く、一刻も早くこの宝石をもう一度見るために。
「ああ、真珠ちゃん、早く帰って輝くその目を、肌をずっと眺めていたいわ。」
彼女が向かう先はこの領では最下層のものたちが住むスラム街であった。
この盗賊が処刑されたせいで、ラティスが手掛かりを一つ失ったわけです。
9話用意しているので、本編と同時並行で更新させていただきます。




