107 フューチャーソフトウェア 4
短めだけど、久々の運営回。
とある高層ビルの、広々としたフロアの……隣の一室。
「第四回ハロウィンの反省会を行う」
「『いえーい』」
「反省会で喜べるなら大したもんだ」
「ノリで乗り切らんとやってられん」
「『それな!』」
各担当リーダー達を集めての、情報のすり合わせや反省会である。
「ハロウィンの参加率はどうだったんだ?」
「ほぼ全てと言える参加率です」
「そうかそうか」
100%が無理だというのは当たり前の事だ。それなりに前から告知はしていても、仕事によっては突然の出勤をせざるを得ない場合もある。
「ただ、成功率が想定より微妙に低いですかね……」
「仔山羊は想定内だが、クトゥグアがなぁ」
「解析の工程がいらんかったかねぇ……」
町中での情報集めという意味では、生産組が集めやすくなっている。そして魔法組や、知識人方向のプレイヤーは解析で貢献。ラストで戦闘組が活躍……と、それぞれに用意されていた。
大事だよ! やろうね! をスルーされるとお手上げな運営である。
「まあ1鯖に関しては少々特殊だが、姫様がいる時点で今回ばかりは致し方なし」
「種族はともかく、鍵がな!」
「あの鍵だけで召喚できちまうからな!」
プレイした結果に手に入れた物なので、それはそれで良いという方向だ。用意した側としても、苦労して手に入れた物は是非とも使って欲しいのだから。そもそも普段からシュブ=ニグラスは勿論、ハスターやクトゥルフ辺りすら呼べないようになっている。それをされると使役系の人達が悲しみに包まれる。
「次のアプデ進捗は?」
「特に問題なく」
「アプデと言えば、装備の耐久フィードバックどうすんの?」
「あれなー……とりあえず実装して、デフォルトオフにしとけば良いだろ」
装備の耐久フィードバックシステム。要するに耐久値に応じた破損をボーン判定で反映しよう……というものである。
酸などを受けた場合、その部分に穴が開いたりなどである。ただし、その穴開きに対して防御力の変動はない。あくまで見た目だけ……である。装備の耐久が0にならない限り、防御力は失われない。ビキニアーマーや水着の神秘と同じである。
「RP勢とかリアル重視の人達は勝手にオンにするだろ」
「他プレイヤーのフィードバックもデフォルトはオフにしますよ?」
「うむ」
とりあえずオプションで切り替えできるようにしておけば、後はプレイヤー達が勝手にする。強いて言うならオプションが凄いことになるが……選べないよりは選べる方が良いだろう。
「今回大きいのはー……武器セットの追加。人外系の弱点倍率の変更、コミュニティの追加、師弟関係の追加ですね」
「登録できる武器スロット数は初期で10個用意しますが、一応課金による追加を可能にしておきます」
「弱点倍率は種族依存からレベル帯に変更だったな?」
「最終的に全種族弱点が1.2倍になる調整です。即死は免れますが、それでもプレイヤーのHPなら数発で死ぬでしょう。ただ、最大HPが低い妖精などは即死がありえますが。これは敵にも適用されるので」
「あの種族は元々回避前提なところがあるからな……」
コミュニティはPT募集やイベント情報、お知らせなどを流せるが、チャットはできない。フレンドとギルドの中間ぐらいのシステムになる。
アナスタシアをベースに例えるならば、まずアルフやスケさん、双子をコミュニティに誘う。それからリーナPT、トモスグPTは勿論、セシルやこたつPTなども誘い、個人組のミードやフェアエレン、クレメンティアなんかも誘う。
『レイドPTどこどこ:残り何人』とコミュニティに流せば、彼らが参加してくる事になるだろう。細かい話はPTを組んでから行えばよく、『レイドPTどこどこ:残り何人:何日何時から』というお知らせでも良い。
PT募集や掲示板よりも限られたメンバーで行われるものが、コミュニティになる。手に入った情報を流すところとしても使えるだろう。
師弟関係は初心者支援や、後からやってきた知り合い支援用のシステムになる。
11レベル以上離れているプレイヤーと結べ、先生は5人まで生徒を登録し、生徒を引率できる。戦闘中以外なら登録と解除が可能なので、お手軽だ。
先生は生徒より多少上ぐらいの強さに制限され、経験値が貰えなくなり、その分生徒達に入る。
「先生側の特典は称号だっけか」
「先生レベルに応じて称号の予定ですねー」
手元の資料を確認しつつ、更に声に出すことで認識を共有する。
「で、サイズ設定の変更があるけど、これ前にやらんかったか?」
「前にやったのは主にサイズによるドロップ数の変更ですね」
「というか正直、極小、小、中、大、極大の5段階だと足りない感あるんだよな」
「小が人間サイズ、それ以下は極小。大体2メートル以上から中になるけど、ドラゴンとか外なるものとか、奴らがなぁ!」
ドラゴンは種族によるが数十メートル規模にもなり、外なるものなんて種族によっては規格外である。スライムみたいとか言っても、ショゴスは4メートル前後もある種族だ。緑のお目々なシアエガも、24メートルほどはある。
「今回はサイズ設定そのものが変わると」
「あくまで人間……というか、人類規格みたいなものなので、基準は小です」
「極小は1メートル以下。小が1~2メートル。中が2メートル台。大が3メートル台。極大がそれ以上とかなりざっくりでした」
「アプデで極小と小は変更無し。中が2~3メートル台。大が4~9メートル台。極大が10メートル以上となります」
「なるほどな。……極大の上に惑星《Pla》と宇宙《Spa》があるようだが?」
「それは元々外なるもの用なので、人には与り知らぬ事です。多分姫様の本体がそのサイズになるかも? ぐらいですね。化身は人なので小です」
惑星規模に宇宙規模。外なるもの、その中でもごく一部種族用のサイズである。化身のいる種族は本体の出番がないため、好きにした結果とも言える。なお、ヨグ=ソトースのサイズはUnknownであり、例外である。
他にも、ポータル開放時の復活地点選択表示オプションを追加したり、細々としたアプデ内容なども確認して、解散。
アナスタシアが遺跡ダンジョンで戦っている中、2人の男がデータとにらめっこしていた。
「んー……一応山本さんに言っておくかー?」
「まあ、とりあえず伝えておけば良いでしょう」
開発部の責任者である山本に見せるため、せっせと資料を纏め始める。必要な情報や必要になりそうな情報をピックアップして、見やすいように整理するのだ。
そしてそのデータの入ったタブレットを持ち、山本のところへ向かう。
「山本さーん」
「なんだ? 問題か?」
「本人より外野がうるさそうな問題かなー」
「面倒なタイプか」
当事者は特に何もないのに、周囲が騒ぎ立てる。騒いでる奴らからすれば善意であろうと、他からすれば迷惑でしかない。
「姫様がこのまま行くと、恐らくこの装備に変わると思うんだ」
「ほう? 良いじゃん」
「問題は姫様の胸部装甲」
「ああ、うん」
基本的に運営の用意する服は、平均サイズをベースにデザインされている。ゲーム自体が全年齢向けなので、あまり際どい装備は無いが、皆無ではない。
お決まり・定番・お約束・王道。この辺りはちゃんと押さえられている。つまり、いわゆる悪役……闇の住人は際どい装備が結構ある。やたらぴっちりしてて、なぜかおへそが出ている装備とか。股を除いて前がぱっくり開いてる装備とか。
「ドレスは女性が着飾るものです。結構体型をアピールするデザインが多い。大体胸・腰・足のどれかですね。子供用ならフリフリ重視で露出は極力無い物が多いですが、そもそも子供に色気なんて求めてないですからね」
「まあ、そうだろうよ。親としても自分の子供にいい大人が欲情されたら堪らんからな」
「で、姫様の装備ですが。上半身デザインは胸を強調する装備で、戦闘ありなので装備用のベルトを付け、ウエストもついでに……ですね」
「闇キャラのイメージからすれば、遥かに露出は少ないな」
「仮にも姫ですからね。上品さは必要でしょう。ゴシック系で上品に、でも闇系統として一部際どく……を、目指したらこうなったのですが……」
「姫様のサイズはヤバい……と」
「クロスホルターとベアトップは、小さすぎると少々残念なデザインになりますが、大きすぎると大変けしからん状態になりますね」
「元々大きいと服選ぶのが大変とか言うしなぁ……」
まあ、元々ベアトップなどは胸をアピールするため……視線を集めるためのデザインなのだから、正しく機能しているとも言えるのだが。ただし……着ている本人が見せたい相手かはまた別の問題とする。
特に姫様が着ることになるであろう装備は、ベアトップとクロスホルターネックの合体版みたいな物。つまり、胸元から背中にかけてバッチリ開いているので、背中のラインも魅せられる。しかしフル装備だと外套があり、背中などはほぼ見えない。そしてスカートは、円錐状にそこそこ広がった足首までのロング。
「基本的に下半身は鉄壁。フル装備だと肩から背中にかけて外套ガード。主な露出は胸部のみですが、外套の隙間からチラチラと背中が見えるマニアック仕様です。ちなみに胸部はエッチな穴完備」
「お、おう。拘りは分かった。……お前、男がなると思ってたな?」
「MMO人口とこのルートの開始種族を考えてくださいよ」
「まあ、気持ちは分かる。ちなみに男装備は?」
「……これです」
「へー……どこの魔王だ?」
「かっこいいでしょう?」
「まあな。姫様がなった時点で、男装備が日の目を見る事は無いわけだが」
「悲しい」
最初の装備選択の時、姫様はドレスが女性用で、フルプレートが男性用と思っていたが、まあそんな事はない。軽装か重装かの選択である。女性プレイヤーだから軽装枠がドレスになっただけで、男性プレイヤーなら王子っぽい装備だった。
姫様が女である以上、知ることはないだろう。ただ気合い入れてデザインした担当がシクシクするだけだ。まあ、ドレスも気合い入れてデザインしたので、立ち直るのはとても早いが。特に姫様の体型はドレスがとても映える。
「スタイルが良すぎる問題。理想を言えばもう少し身長が欲しい?」
「まだ伸びても不思議ではないが。親があれだし、20過ぎても背が伸びる人はいるからな」
「まあそれはそうと、胸部どうする問題。お肉乗るのでは?」
「とは言っても、個人のために手を加えるのはあれだろう」
元々サービス開始当時から用意されていた装備である。それを個人のために修正するのはよろしくない。
2人からすると、多分姫様本人は何も言わんだろうと思っている。今の修道服の時の反応から察するに、慣れてる……というか、『そういうデザインの物』と認識している可能性が高い。父親がデザイナーというのが多分に影響しているのだろう。かと言って、その辺りを知り得るのは本人や運営のみ。外野に騒がれると面倒なのも間違いない。
「今レベル上げしてるっぽいので、サイレント修正するなら今!」
「修正案あんのか?」
「んー……できれば弄りたくないなー? 傑作だし~」
「てめぇ」
自分から言い出しといてこれである。自分で作った作品の、しかも既にしっくりきてしまっている物を変える気なんぞ毛頭ない。それが製作者である。
「あ、別にこっちで弄る必要は無いか?」
「なんでだ」
「だって、気に入らないならアバター被せればいいじゃん? 姫様の場合、ダンテルさんにでも頼むでしょ」
「ん、そうか」
「作った側からすればそのままでいて欲しいなー!」
作った物を使って欲しいというのは、当然と言えるだろう。ちょっと作成者の想定――着る人の胸部装甲――から外れたが、サービス開始前から作ってた装備なので、こればかりは仕方ない。
「服装関連には『本人がその姿でいる以上、こっちに言われても困る。本人が気に入らないなら、アバターを被せれば済む話だ』とだけ答えさせれば良いな」
「ですねー」
「ところで、進化先特定できたのか? なんでAI部門の人までいるんだ」
「ログやデータから察するに、恐らくこれだろう……的な物は。見ますか? 一応纏めて来ましたが、そのデータがAI関係でねー」
「ほう、見よう」
纏められた資料の一つは姫様の知名度のデータである。
ここからアイテム関係から、AI部門の人に変わる。そちら関係の情報だからだ。
「ネメセイア、外なるもの、異人か。ネメセイアの認識が一番多いんだな」
「大体全ての国で外なるもののネメセイアと知られています。ただし詳細を見ると、姫様の行っていない国では、上層部と教会ぐらいですね」
「行ったところは平民達まで知れ渡っているな」
「後は魔女組も把握しています。情報源はソフィーとローラでしょう」
不老の魔女であるソフィーと、大魔女であるローラ。最上位と上位の2人故、彼女らの発言力は高く、2人が情報源となればすぐに同僚達に広がる。内容が内容だけに、確実に広げる。地上にいる外なるものでネメセイアの人物は、知らないと大変よろしくない。
知名度の他にも好感度を纏めた資料もある。
「基本的に離宮のメイド達は、最上位に位置する姫様に逆らいません。しかし好感度とはまた別です。プロの使用人こそ本心を隠す」
「まあ本来笑顔を振りまく職業じゃないからな。笑顔が判断できるかは別として」
「そこはまあ、人と同じゾンビの上位種族もいるから。で、メイド達の姫様に対する好感度は高め。大変良好。身分を振りかざした無理難題を言わず、かと言って全く頼らないわけでもなく」
「こいつら好感度設定結構厳しくないか?」
「そりゃ使用人とはいえ『王家付き』ですからね。無能はいないでしょう。彼女達にも矜持がある。だからこそ見る目は厳しく大変シビアであるべき」
FLFOは自社開発の人工知能……AIを、NPCの設定に合ったカスタマイズをして、導入している。AI部門が自社にあるからこその細かさだ。沢山のプレイヤー……人と接する事ができる、大変嬉しいテスト環境とも言える。
不可能な品質の採取や不可能な数の採取の要求が無く、適度に採取を頼みつつ特に口をだすことはない。更にたまにお客さんを連れてくる。忙しすぎず暇すぎず、丁度良い塩梅。
「そして実質的トップである宰相が一番シビア。スヴェトラーナも少々特殊」
「どれ……」
宰相は『個人と立場に対する能力評価』が分かれている。
軍のトップであるスヴェトラーナは、『強い者』もしくは『努力する者』が好ましい。
「これ個人としては好ましいが、仕事面が微妙だとどうなるんだ?」
「好感度が一定以上になりませんね」
「スヴェトラーナ側も?」
「そうなります」
つまり、個人としては好ましいので扱いは悪くないけど、仕事を任される事はない……とか。ゲーム的に言うと、クエストが発生する事がない。逆に、個人としては好ましくないけど仕事はできる……なら、クエストだけ発生する。
人が他者に頼み事をする場合、無意識に『解決能力がある者』に頼む。できないと思っている者に、頼み事なんかしないということだ。
これがクエストの発生トリガーにもなっているだけの事。当然この辺りはそのキャラクターの設定によって違う。立場が上がるほど、そうなっていく。
「最近のでは姫様の奈落イベント。あれは見極めです。あそこの判断で多少のためらいや、慈悲を与えようとすると好感度が下がります。最低でもしばらく好感度の上昇が止まりますね」
「姫様が支配者という立場だからこそ、判断も厳しくなるわけだな」
「そうですね。王は綺麗なだけではダメだと言うことです。感情でルールを曲げるようなら話にならない。しかし無慈悲過ぎてもそれはそれで扱いづらい」
「難しい立場だからなぁ」
「まあ、ゲームなのでそれなりのサポートはあるらしいですが、その辺りは知らないので」
あくまでこの人はAIの担当である。その辺りのゲーム面は担当外。
アナスタシアは外なるものや幽世の支配者であって、聖女とかではない。斬り捨てる事ができないと困る立場である。
王が優しすぎるなら、宰相が悪役となれば良い。王に冷酷な決断をさせるための、必要な悪役に。アナスタシアが『個人としては好ましいが、立場としては微妙』の場合、宰相はこっちルートに入っていた事だろう。
スヴェトラーナに限っては、『プレイヤー』からすれば実は簡単。特に戦闘キャラなら超楽な分類である。レベル上げをしつつ、適度に顔を出していれば良い。スヴェトラーナからすれば、レベル上げ=強くなるための努力。完璧である。生産職の場合、スヴェトラーナの認識は職人になるので、また別となる。
「実に良いデータが取れますね。与えられた役割をきっちりと演じているようで何より」
「役割から外れると困るからな」
「ゲームに限らずアプリなどで関係無い動きをされるわけですからね。そうなってしまうとバグ扱いで使えませんからね……」
「このゲームだと必要数は世界規模。与えられる役割も沢山だ。AIの環境としては最高か」
「人も社内以上の数ですからね」
一つのアプリより一つのフルダイブゲームの方が、得られるデータは桁違いに多いわけで。AIの部署として大変ありがたい環境と言える。
AI担当と代わり、再びアイテム担当が進化先の話へ。
「これらの条件から、与えられる役割がこれで、進化先はこれだろうってさー。姫様の場合、魔法型を選ぶはず」
「ふぅん……なるほどな。で、化身の装備がこれになると」
「元々ネメセイアルートから外なるものに入ったから、こっちの可能性が高かったんだ。それで50の進化までに好感度方面も問題無いから、確定かなーと」
外なるものは神に連なる者のため、最初は神に仕える者……聖職者となる。アナスタシアの40レベがシスターだったのはそのためだ。それから役職やらを与えられ、それぞれの姿へと変わる。アナスタシアの場合、またドレスを纏った姫となるだろう。
立場ある者にとって、服装というのは大事だ。そして人間、やっぱり外見で判断する部分が多い。一目で相手がどういった立場の者か分かるのは良いことである。特にこのゲームの世界は王政。不敬罪が存在するから尚更その傾向がある。形から入るロールプレイヤーは、この世界では正解と言える。格好によってはそれによる問題も無くもないが。
「まあ、問題は解決したし良いな」
「ういー」
再びお仕事に戻る担当2人を見送る山本であった。




