番外編10 見逃すのも気に食わない心情
婚約すると決まってから、サリカは少しだけ変わった。
「お嫁に行くんだからって、お祖母ちゃんがもうちょっと華やかになさいって……」
と言って髪の結い方を変えるようになった。
上半分だけをまとめてあとを背に流す髪型は、いつも一本結びだったサリカを少し大人びた女性に見せた。
「結婚したら、もっといろんな場に出なくちゃいけなくなるんだからって、お母さんが……」
そう言うサリカの服装が、レースや刺繍の飾りが増えたより鮮やかな色のものに変わった。
でもそこまではまだいい。次がエルデリックにはやや不満だった。
「婚約者になったから、ようやく贈れるって言われて」
サリカが首飾りを身に着けるようになった。
それは他の女性に比べるとささやかな物だったけれど、まだ派手なものに抵抗があるサリカのために選ばれて、サリカも受け入れられるから身に着けたのだと思うと……非常に、腹立たしい。
できることなら、エルデリックだってサリカを飾り立てたい。
彼女のためなら、父王を言いくるめて宝物庫から首飾りでも髪飾りでも腕輪でも、何でも持ち出して身に着けさせるのに。
何より気に食わないのは……そうして身を飾るようになったサリカが、よけいに大人っぽく見えるようになったことだ。
追いかけるようにエルデリックも年をとっているけれど、差は縮まらない。それでも20代を過ぎれば、それほどひどい年の差に見えなくなっていくはずだと自分を励ますけれど。
まだ低い背が憎らしい。
冬になってようやく、サリカの背に届いたのに。でももっと高くならなければ、まだエルデリックは子供に見えてしまうのだろう。
「背が高い人間が恨めしい……」
つぶやきながら、その時身近にいた背の高い人物、ブライエルをじっと見る。
「え、殿下。俺が何か?」
「恨めしい」
「は?」
「少し、身をかがめて歩いてみてくれないかな」
それを見たら、少しは溜飲が下がるのではないかと思ったのだ。
ブライエルは年若い王子の理不尽な要求を、首をかしげながら受け入れた。
「こうですか?」
膝と腰を少し曲げ、やや窮屈そうな様子でブライエルが歩く。
……実に変だ。おかしい格好には違いない。
しかし面白くない。その状態で、ブライエルの頭はようやくエルデリックと近い高さになるのだ。
「……父上は、確かブライエルと同じくらいだったか」
「背丈ですか?」
「…………」
比べているのは間違いなく背丈のことだが、素直にそうだとは言いたくない。なんだか微笑ましそうな顔をされるのも、癪にさわる。
なのでエルデリックはこれ以上ブライエルに聞かずに、父フェレンツ王に尋ねることにした。
ただ、朝の礼拝と食事の時以外は過剰に接触しない……もとい、エルデリックはサリカが毎日甘やかしてくることで満足しているので、ただ構われたくて父親の所へ行かないのだが、そのおかげですぐ尋ねに行くのははばかられた。
なのでエルデリックは昼食の時間まで待って、今日はそれとなく人払いをするよう仕向けた上で、フェレンツ王に言った。
「父上は、いつごろから身長が伸びたのですか?」
その前に色々と前ふりの話を挟んでのことだった。
最近、学友として王宮にやってくる伯爵家の子息が成長痛が酷いらしいとか、侯爵の子息がちょっと見ないうちに急に伸びたとか。
でもフェレンツ王は息子の真意を察してしまったようだった。
「私は十三歳の頃だったかな。……その時は、ようやく背が伸びたとほっとしたし、まだ間に合うかもしれないと思ったんだがね」
間に合うとは一体何に対してなのか。聞かなくともエルデリックにはわかっている。
「私の場合、彼女が結婚したのは背が伸びた後だったから、自分は選ばれなかったんだと諦めがついたけれどね。まだエルデリックには難しいか」
そう言って微笑む父親に、エルデリックはつい言ってしまう。
「結局、想い続けてしまっては同じことのように感じられますよ、父上」
「それについては、私はお前に迷惑をかけてしまったな……」
「父上は、倫理に問題があることをしたわけではありませんから。心までを縛るのは無理でしょう。王妃ならば、政略だとわかっていればなおさら、そこまでお互いに求められないことをわかっていても良かったでしょうし」
だから、とエルデリックは父王に告げた。
「私の時は、完全に政略だと諦めがついている相手がいいですね」
「自分の子供が、十二歳でそこまで淡泊なことを言うようになるとは思わなかったよ。いや、それでも……お前とこうして会話ができるようになって良かったよ」
心底から嬉しそうに笑ってくれる父王に、エルデリックも自然と頬がゆるむ。
今までは文字にしなければ伝えられなかった。どうしても伝わり切らない部分はでてきてしまって、歯がゆい思いを何度もしてきたのおだ。
それもこれも、サリカのおかげだ。
「ところで王子や国王の再婚相手が既婚経験者だった場合、教会を納得させるにはどこを攻めるのが的確でしょうね」
その質問にフェレンツ王は絶句したように静止し、十数秒経ってから困ったように言った。
「お前も一度結婚してから、彼女を略奪するっていうことかい? 私でもそれは目論まなかったよ……」
なにせ父にとって、恋敵は親友でもあった。しかも彼女が嫁がなければ、正直に言って嫁の来手がなかっただろうという話だったのだ。
エルデリックもそれには同意する。
だから同情もあって、父は恋した人をあきらめきれたんだなとエルデリックは思う。
「それにしても、自分の子供は想い合える人と結婚させてやりたいと思っていたんだがね。自分がこんなだから」
自嘲気味に笑うフェレンツ王は、ややため息まじりに続けた。
「できればお前も、サリカ以外の人を好きになれるといいんだけどね」
「そうですね……僕もサリカを泣かせたいわけではないので。もし他に恋ができるような相手が現れたら、たぶん一番いいのでしょうけれど」
そうは言いながらも、エルデリックにはそんな相手が現れるとは、上手く想像できなかったのだった。
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