番外編7 女官長とロアルドの巻き方に関する議論
事前に予告はされていた。
嫌で仕方ないが、説得されてしまった以上はロアルドとしても受けるしかなかったのだ。
「や、やるわよ?」
「…………仕方ありません。覚悟はしています」
王宮内の女官長に与えられた部屋の中、床に敷かれた絨毯の上に座っていたロアルドは、観念したようにうつむいた。
目の前に立つ女官長は、複雑そうな表情で細い縄を握りしめている。
別に、女官長はロアルドをお縄にかけてどこかへ突き出すわけではない。
全ては女官のサリカ・レイティルド・イレーシュを落とすために必要なことだったのだが……。
(女性を口説くために縛られるとは……)
不本意でもこんなことをしなければならないのは、サリカという女官があまりにも常識外な存在だからだ。
まず顔立ちに、好みがあるかどうかわからなかった。
唯一確かなのは、エルデリック王子と同じくらい女性的で優し気な顔立ちなら、まず嫌がることはないだろうという曖昧なものだ。
なぜなら王宮に数年仕えていながら、サリカは一度たりとも恋人を作ったことがなかった。
王子の側にいるのだから、国王の情報が欲しい者などが近づいてもおかしくないというのに、騙されて付き合ったあげく捨てられたという話すらないのだ。
彼女に近づこうと考える者はいたようなのだ。
でも依頼された者が平民だから嫌だとその計画に難色を示したり、地味すぎてその気になれなかったり、あまりに王子以外とは仕事上の接触しかないために、彼女に話しかけるとどうしても不自然なことになってしまうので、やりにくいなどという事情もあったようだ。
これがサロンなどに出かける貴族令嬢なら、いくらでも声をかけるシチュエーションを作ることができる。
けれどサリカは王子の世話をする以外にはろくに外出もせず、故郷に帰る時にも祖父であるイレーシュ辺境伯が迎えに来る。とても王国でかなりの権力を持つ祖父がいる前で、サリカを口説くことができる猛者はいない。
だからといって、イレーシュ辺境伯の屋敷で行われる催しに彼女が参加することもほとんどないので、出会いを作ることすらままならないのだ。
おかげでロアルドも苦労した。
結果的に女官長の手を借りて、強引に近づこうとしたのだが、それもすげなくかわされ。
多少は顔に自信があったというか、顔を使って上手く世渡りしてきたロアルドとしては、自分の武器が通じない相手に悩んだ。
……その分、他の女性とは違う興味を彼女に持ったのだが。
彼女は王子を守るためだけに、女性ならば誰もが持っているはずの興味まで、失ったように行動するのだろうか、と。
もしそれが劣等感や屈折した感情のものからではなく、家族を守りたいという気持ちが発端だとしたら……ロアルドにとっては、意外と好ましい女性なのではないかと思えた。
だがこの趣味だけはいけない。
嘘だったと誰か言ってくれないだろうか。苦悩する表情のロアルドに、女官長は真剣な表情で縄を巻き付け始めた。
最初は肩のあたりから巻き始め、けれど「これじゃ手はどうするのかしら?」と疑問に思った女官長はまず手を後ろに縛ってからぐるぐると巻き付ける形に直した。
しかし出来上がったものは、女官長のおめがねにかなわなかったようだ。
「……なんだか納得いかないわ」
「納得が必要なのですか? これに」
縄で縛るだけだ。どこに問題があるというのだろう。
「だってあの子は本当に変人なのよ? きっとこだわりの縛り方とか巻き方とかがあるはずよ。そんな相手に気に入られるには、やっぱり美しい巻き方をするべきではないかしら?」
「……もう好きにしてください」
ロアルドは再びうつむいた。
彼にそんなことを言われたら、貴族の女性達だけでなく使用人達まで喜々としそうだが、 完全に甥っ子としか認識していない女官長には関係ない。真剣な表情で再び縄を巻きなおす。
きっちりと綺麗に縄目が揃うように巻く女官長に、ロアルドはうんざりしたように言った。
「噂をもっと集めた方が良かったのでは?」
「エチェルまで人をやることになるわ。一週間以上かかるのよ?」
「……無理ですね、それは」
エチェルは西のイレーシュ辺境伯領にある村だ。サリカの故郷でもある。
というか、サリカの出身地でなければ女官長もロアルドも気に留めることなく一生を終えるような、そんな地味な村である。
街道からやや外れた場所なので、道も良くない。
「とにかく縛ってあればいいでしょう! この条件を満たせば、少なくとも話は聞くはずよ」
「まぁ……そうかもしれませんが」
サリカに警戒されたのは、最初の出会いで強引すぎたこともあるはずだ。
ならば最高に人畜無害な状況になりさえすれば、話だけは聞いてくれるだろうという目論見だった。
それでもここへおびき寄せるために、少々の工作は必要だが。
サリカさんがあまり怒らなければいいのだが、とロアルドは思う。
むしろこの姿を見て、歓喜のあまり怒りを忘れてくれると……少しはこの屈辱的な恰好をした甲斐があったと思えるのに。
ため息をつく彼は、まだ知る由もない。
それを見せなければならない相手もまた「縄で縛るのが好きとかありえない!」と思っていることを。
後に、ロアルドはそれに気づいて精神的な衝撃を受けるのだが、自分と同じ目にあわされたラーシュの姿を思い出しては、
「自分一人じゃなかったのだから……」と心を慰めることになるのだった。
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