7 ラーシュのおいそれと人に話せない秘密 1
ともかくサリカはフェレンツ王の部屋の前まで行った。
しかし、そこで立ち止まる。
(私一人じゃ入れないでしょ!)
裏でどんなに親しかろうと、サリカは王子の一女官でしかない。
その出自がたとえ本当の貴族のお嬢様だろうと、国王陛下の私室に勝手に入るわけにはいかないのだ。
そしてフェレンツ王の部屋の前には、強面の衛兵が一人立っていて、サリカのことを不審そうな目で見下ろしてくる。
だまってそこに立ち尽くすのも居心地が悪く、サリカは衛兵に言い訳した。
「えっと、すみません。陛下の騎士ラーシュ様から、ここで待つように言われまして……。その、ちょっと失礼させていただきます」
扉の前に立っているのもなんなので、衛兵から数歩離れた同じ壁際に立つサリカ。
背中が壁にあたっていると、なんだかちょっとほっとしたが、衛兵は相変わらず横目でサリカを監視している。
衛兵の気持ちは分かる。
自分だってエルデリックの部屋の前に『待ち合わせだ』と言って、召使いの女の子が立っていたら警戒するだろう。
しかしここまで来てやっぱり引っ込むというのも、さらに不審者っぽい気がしたのだ。
そのまま待つこと数十分ほど。
ラーシュがようやくやってきた。
彼はフェレンツ王の部屋の前までくると、サリカにあごで『ついてこい』と示し、扉を叩いた。
サリカは慌ててラーシュの後ろに移動する。
すぐに中から扉が開かれた。そして扉の側に控えていたらしい、フェレンツ王の侍従が顔を覗かせた。
「ああ、ラーシュ殿ですか。どうぞ中へ」
侍従が招き入れると、ラーシュはサリカの腕を掴んで中へ入っていく。
当然侍従が驚いた顔をした。
フェレンツ王の騎士だからこそ、ラーシュは問題なく招き入れることができたが、サリカまで一緒だとは思わなかったに違いない。
「ラーシュ殿。その女性を伴う前に、陛下に確認を……」
不愉快そうな表情の中年の侍従の苦言は、当然のものではあった。
国王に直接仕えているわけではない女官を、勝手に招き入れるのは問題があるだろう。
しかしラーシュは振り返りもせず中にいたフェレンツ王に言った。
「国王陛下。この女官に関することで、少しお話がございます。お人払いを」
侍従の言葉を遮るようにラーシュが言う。
自分の言葉を無視された侍従はむっとした表情になる。
それでもラーシュは侍従のことなど見ない。完全に邪魔だといいながらその存在を無視していた。
(ああ、この人きっと無駄に周囲の敵を増やすタイプだ……)とサリカは思う。
今までにも無愛想で、話しかけても面倒だと言われそうな雰囲気をかもしだし、人をよせつけない感じだとは思っていたが、こんな人だったとは。
フェレンツ王もそんなラーシュを心配したようで、
「その子は王子の女官だったね。話の内容にかかわるのなら連れてきても大丈夫だけれど、今度は先に確認を頼むよ。バルナの仕事の妨げになるといけないからね。そういうことだからバルナ、少し外してくれるかな?」
侍従のバルナはフェレンツ王に気を遣われ、抗議をひっこめるしかなかったのだろう。
深々とフェレンツ王に一礼して部屋を出て行った。
もちろんサリカも「すいませんすいません許して下さいでも私の意志じゃないんで」とバルナ侍従に小声で謝ったのだった。
ようやく三人だけになったところで、フェレンツ王がサリカに謝ってくれる。
「すまないねサリカ。君のことを知っている侍従長ならば、今のような対応はしないんだろうけど」
(いえ原因はこの騎士だと思うんです)
そう思いながらサリカはフェレンツ王に気にしていないと説明した。
「いえ、私は女官なのですから、ああいった態度をされるのは仕方ありません。ただでさえ、毎回殿下と水入らずと言いながら、侍従達を追い出しているのに私だけ残ったり……不審に思われているだろうなと思っていますので」
皆、サリカを『殿下の翻訳係』扱いしているので、基本的にはサリカが王子と一緒に王族の私的な場にも立ち会うのを了解している。
けれど身分の上下に厳しい者などは、サリカが優遇されているように見えるだろう。
かといって本当の事は言えない。なので、サリカは受け流すことにしているのだ。
フェレンツ王は心配そうにサリカを見て、次にラーシュへ目を向けた。
「それで……君が彼女を連れてきたということは、例の件に係わることだろう?」
フェレンツ王の言葉に、ラーシュが返す。
「そう察するということは、陛下はこの女官が一体何の力を持っているのか知っている、ということですね? そして分かっていながら俺に教えなかったと」
ラーシュの表情は自分が仕えている王に対するものにしては、やけに厳しい。
しかしフェレンツ王はそれをとがめなかった。
「私は君たちを引き合わせる気はなかったからね。こちらにも事情があるから」
二人の間だけで進む会話の中に、サリカは飛び込んだ。
「ちょっと待って下さい。お二人はなんだか意思疎通ができてるみたいですけど、私何がなんだかわからないんですけど、説明してください!」
言われてフェレンツ王の方がサリカに向き直ってくれる。
「ああ、それもそうだね。でもまずは、二人の間に何があったか話してくれるかい?」
何が起きたのかをまず説明しなければ、フェレンツ王としてもどう話していいかわからない。
そう言われたサリカは、自分側から見た事実を話した。
突然襲撃されたこと。
(フェレンツ王は席を立ち上がりかけるほど驚いていた)
そこになぜかやってきたラーシュ。
(フェレンツ王はちょっとほっとしていた)
ラーシュが襲撃者を倒したものの、サリカを「主」と呼んだこと。
(フェレンツ王の顔が青い)
そのときのラーシュはいつものような様子ではなく、どこか正気を失っているように見えたこと、あとで我に返った彼に、ここへ呼びつけられたことを話しきったサリカは息をつく。
最後まで聞いたフェレンツは、少し困ったような顔をしてうなった。
それからサリカの謎に答える前にと、ラーシュ側からも報告させた。
「まず、俺は陛下の側を離れて、鍛錬所へ向かって歩いていました。すると助けを呼ぶ声が聞こえました。王子殿下の女官殿の声だとわかったので、殿下になにかあってはと駆けつけようと思いました」
鍛錬所は、王宮の裏手に位置する北側にある。
地面を固めただけの広い場所と共に、雪の降る間も使えるように専用の建物がある場所だ。
王城の時代には外郭内側の日当たりの良い場所にあったのだが、改築するたびに邪魔にされ、王宮棟を作る際に北側に移された。
そのため夏は涼しいけれども、バルタの長く厳しい冬の間は、寒すぎると評判の鍛錬場である。
しかしそこは、サリカが襲撃された場所からは離れている。
とてもサリカの声が届くような場所ではない。
「聞こえるはずがないのに……」
サリカの驚きの声を無視するように、ラーシュはフェレンツ王に報告を続ける。
「確認しようと思ったのですが……その後意識がひっぱられまして」
「……なるほど」
フェレンツ王はそのラーシュの説明で何かを納得したようだ。
「俺はぞっとしました。またか、と思ったので。けれど体は【引っ張られている精神に従って】声が聞こえる方向へ勝手に自分が走っていくので……間違いないとわかりました」
「精神が引っ張られる?」
反芻するサリカを、ラーシュは嫌そうに見て言った。
「お前の声のせいだ王子の女官殿」
最後に『殿』とつけてはいるけれども、まるで丁寧じゃない言い方をされる。
しかしサリカはそれにむっとするよりも、自分の『声』のせいだと言われた方に驚いた。
「え、だって声って……」
そこでふと思い出したのは、へりくだっていた状態のときのラーシュの言葉だ。
――――お命じの通り、敵は再起不能に致しました。我が主よ――――
主呼ばわりされて驚いて忘れていたが、確かその前、自分は精神世界に接続真っ最中のまま『再起不能にしてくれるわ!』と思っていなかったか?
原因に思い当たったサリカは、愕然とする。
「え、まさか、私の能力を使ってる時の声……丸聞こえ?」




