番外編6 殿下の婚約者候補に関する内緒話
※時系列は祝宴の前頃、22話~23話の間くらいです
最近、貴族のご令嬢に睨まれる頻度が高い。
「……おばさんのくせに」とか、
「地味すぎ」とか、
暴言に類する言葉まで付随してくるのだが、サリカとしてはなかなか反論しにくい。事実なので。
というか、反論しなくてもいいかと思っているのだ、ということを言わずにいる方がちょっと面倒だ。
おそらく彼女達は、エルデリックの王妃の座を狙っているはずだ。自分がそれには全く関係しないということを知らせたくてもできないのだから。
説明を求められても話せないのだから仕方ない。
むしろサリカより5歳~6歳くらいとはいえ、大人になる一歩手前の年頃彼女達の行動に、サリカはやや不満を抱いていた。
「いやダメでしょうあれ。どうにかして私にダメージを与えて殿下から引き離したいんだろうけど、殿下のお優しさとか心の美しさをわかってないのかなー? 普通のご令嬢だったら泣いちゃうようなことしたら、気づいた殿下があの子達を嫌いかねないのよ? もっと自分の立場向上に何が必要か、ってのをわかってくれる子になってほしいんだけど。あの年頃ならなんとなく感じ取って行動できる子がいてもいいと思うのよね」
熱く語ったら、目の前に座っていたティエリが呆れた表情をしていた。
「あなた、それでいいの……?」
休憩だからと言って、テーブルの上に用意させていた茶器に伸ばそうとした手も、止まっている。
「いいのって?」
「だって大好きな殿下の妃の座を狙ってる子達でしょ? もっとこう『殿下にお嫁さんがきちゃうなんて!』とか『うちの殿下をたぶらかそうとしてるのね!』とか言うんじゃないかと期待してたんだけど」
何を期待しているのだ、何を、と言いたくなった。
「殿下のお嫁さんに関しては、とてもとても夢を持ってるのよわたし。驚くほど心が清い子だったら素敵だけど、それじゃ王妃としてやっていけるかどうか不安じゃない? なら王妃としては、殿下お気に入りの私を将を射んとする者はまず馬を射よの意識で懐柔してくれるとかの、高い能力を見せてほしいというか」
「高い……能力……?」
「女官の一人くらい、掌で転がしてくれた方がまだ安心できるのに……。いえ、そこに殿下への真実の愛も必要だけど。とにかく微妙な攻撃しかできないんじゃ、望み薄というかわたしの中では無しだなって」
「……立派な姑ねあなた」
「うん。わたしずっと、殿下のお嫁さんに関しては、姑になるつもりでお仕えし続けようと思ってたから」
そう言うと、ティエリにしみじみとため息をつかれた。
「ねぇ……サリカが殿下の花嫁に、なんて考えたこともないのはわかってるけど」
「うん?」
「たぶん、殿下がご令嬢達を選別するにあたっての役に立ちたいなら、あまりサリカは平気そうな顔をしてないで、こっそり泣いた上で腫れた目元を殿下に見せた方が効果があると思うんだけど」
ようするにティエリは、誰それがサリカをいじめたのだとそれとなくエルデリックに伝えろというのだ。
エルデリックはすぐさまそのご令嬢を、候補者の欄から削るだろうから、と。
「そう? 判断は殿下がしなくちゃだめだとおもうんだけど」
「……意外にサリカって、殿下に厳しいわよね」
「え? うそ?」
いつだって掌中の珠のように、殿下を守り続けているつもりだったけど。そんなに厳しくしていただろうか?
「だって、陛下みたいに立派な王様になってほしいなって思ってたら、陛下がそれなら本人の判断力を養うためにも、人との関わりにはあまり手を出さず、ある程度静観した上で、殿下にわたしの採点数と判断の根拠を伝えるようにって言われたんだけど。これじゃだめだったかな?」
「あれ、陛下のご指導なの?」
サリカはうなずいた。
「陛下は教育熱心でいらっしゃるし。それだけご幼少から殿下の観察眼については、評価してらっしゃったんだわ。さすが殿下。だからわたしなんかが、何かを申し上げる必要なんてないのよ! ああ殿下すばらしいです! さすがはバルタ王国の至宝! お仕え出来てわたしは幸……」
「はいそこで中止、止め止めー!」
滾る思いをシャウトしようとしたら、あっさりティエリに遮られてしまった。
「まぁ殿下がご年齢よりも、しっかりしていらっしゃる方なのは確かだと思うわ。あの年頃の男の子が、バカみたいな悪ふざけに興じることもなく、驚くほど品行方正にすごしていらっしゃるんですもの。むしろ本心からだとしたら、幼すぎるんじゃないかって思うくらい……」
「だって殿下は素晴らしい方だもの!」
叫び足りなかったサリカがすかさず相づちを声にすると! ティエリが苦笑いした。
思えばティエリとも、よくこんなに仲良くなれたな……とサリカは思っている。
最初に会った時には、こんな風に気軽に話すような関係になるとは思えなかった。
れっきとした伯爵令嬢のティエリは、扇を片手に鼻で笑うのが得意な人だった……今にしてみれば、あれは伯爵令嬢らしくしようとしていたティエリの、演技いだったわけだが。
そもそも侍女などというものは、貴族の令嬢が家と王家のつながりを作るために送り込まれるものだ。
本来ならエルデリックは侍従がつくべきだが、幼い年齢ということ、母親がいないこともあって、意思疎通が可能なサリカと、既婚者のハウファが充てられていたのだ。
ハウファもあまり地位の高くない貴族の夫人だ。彼女に関してはサリカを許容できることが基準に選ばれたらしいので、さもありなんというところである。
王子の側に仕えるのに、サリカは後見者こそ王国の実力者ではあるけれど、本人自身は平民なのだ。陰でこっそりいじめる可能性も考えられたのだろう。
実際、平民だからと足蹴にしようといした人もいたので、サリカも苦笑いするしかない。
そこにハウファを追加したのは、あまり表に出たくないサリカの代わりに公的な場面で王子の側に立つ人が必要だったからだ。
そして年上のハウファは、年下のサリカを子ども扱い……もとい妹のように扱ってくれる人だったため、サリカとしても大変助かっていた。
けれどハウファがきたことによって、それならうちの娘を……と考える貴族達が増えたのだ。
不自由を抱える王子であっても、側にいれば他の大貴族や王族の目に留まる機会は多くなる。もしくは、王妃を亡くして時間が経ったからこそ、次の王妃として国王の目に留まるかもという思惑があったようだ。
さずがのフェレンツ王も誰もつけないというわけにはいかなくなり、試しにと選ばれたのがティエリだった。
「それにしても、サリカも丸い変態になったわよね……」
しみじみとつぶやくティエリも、昔のことを思い出していたようだが……なんだその評価はとつっこみたくなる。
「丸い変態って、何なの?」
「昔は直情的な変態だったじゃない? 朝と夜に殿下の頬にキスしてみたり、隙があれば抱きしめたり」
「あ、あれはほら、お母さんがいない殿下がこう、母の温もりというものをね……」
「私が侍女になった時にはもう、完全に噂になってたじゃないの。侍女にあるまじき、乳母でさえあんなことしないでしょうに、これだから平民の家庭しか知らない娘はって」
そう言われるとサリカも弱い。
伯爵令嬢のくせに平民の家庭に完全に染まっている母が基準のため、どうしてもサリカは子供を抱きしめてやりたいと思ってしまうのだが、貴族の家庭ではあまりそういうのは好まれないのだという。
そういうのは乳母の役目で、当主夫人というのは産後は育児に煩わされずにしっかりと休養をとり、緩やかな日々を送って体力が回復したら再び次の子供を作る事を望まれるのだ。
遥か昔は、冬の寒さだけでも子供は死にやすかったというが、今は改善されていても、やはり病気でいつ命を落とすかわからない。跡取りのために何人かを産んでおくことは、貴族家の至上命題みたいなものなのだ。
とはいえ、ティエリに言われるまでその噂が恐ろしく広まっていることを、サリカは知らなかった。
このままではエルデリックの評判に障ると思ったからこそ、泣く泣く接触を控えるようになったのだが、それもティエリが教えてくれたからこそだ。
そんなティエリは、侍女になる前からとことん噂好きだった。
そして打算的だった。
射落としたい相手に近づくため情報を集めるのが目的で、エルデリックの侍女になることを希望したのだから。
おかげで情報とは縁のないサリカとも、とくに利害がぶつかることもなく……。 むしろ地味ゆえにあまり他の人から意識されないサリカに情報収集方法を伝授した上、一緒に召使の変装をしたりしたのだ。
エルデリックのためになると聞いたとたんに進んで実行するサリカを、ティエリはいたく気に入ったようだ。
打ち解けた末に、サリカにはあまり気にせずぽんぽん物を言ってもいいとわかったら、かなり遠慮ない言葉をかけてくるようになった。
そんなティエリに、サリカは一度だけ「わたしが平民だってことは気にならないの?」と尋ねたことがある。
ティエリは「情報提供者に貴賤なんて持ち出したら、得られるものが減ってしまうじゃないの」と答えた。
そういう意味で、ティエリは元々気にしない質の人だったようだ。
そして彼女は、意外に優しい。
「まぁいいわ。今度は怪我をしたばかりの使用人を、わざと突き飛ばすようなご令嬢がいるって話をばら撒いてあげるわ。それが王子に近づきたがっているけど、そんな情のない人はいずれ冷酷妃オルソーリアみたいなことになるんじゃないかしらって」
「いや、オルソーリアとかまではなかなかやらないでしょ?」
オルソーリアはバルタ王国の数百年前の王妃で、珍しくも国王によって処刑された人だ。夫の愛情を疑い、少しでも彼が気に掛けた女性を次々に殺すという病的な行動に走ったので、処刑せざるをえなかったのだと伝えられている。
普通の人はそんなことしない。
今日ぶつかったご令嬢も、そんなことを言われたら呆然とするだろう。
「いやそこまでしなくても……」
止めようとすると、ティエリがふふんと鼻で笑った。
「噂をばら撒かなくたって、どうせ殿下はそのご令嬢を選ばないわよ」
「え? なんで?」
「だって最愛のお母様をいじめた相手を、好きになるわけがないからよ。殿下の耳代わりの私が、そのことも教えてしまうんだから」




