番外3 国際結婚だからこその問題
北国の人々は、婚約にそれほど煩雑な手順を踏むことはない。
それが折しも冬だった場合、基本的に双方の親が承認し、本人達が約束を交わす品を贈り合い、周囲の知人や関係者に知らせるにも、一苦労するからだ。
なので一般の民は親族だけを集めて食事会をし、ほかの人々にはカードを送って婚約や結婚について知らせて済ます場合もある。貴族は披露のために宴を開いて人を呼ぶものの、宴は春になるまで延期されるのが通例だ。
それはラーシュの故国でもそうだった。
しかし今は冬ではない。だからサリカにも、それほど手間のかかることを求めた気はなかったのだが。
「うそ、そんなことするの? 面倒じゃない?」
他国人と結婚する場合には、往々にしてこのような発言がバルタ人側から発されることを、ラーシュは知らなかったのだ。
ゆえにラーシュはショックを受けていた。
彼はただ『君の父親に挨拶するべきだろう』と言っただけだ。
騎士や女官という身分上、貴族に準じる形で婚約を知らせる手紙とは別に、親族には会うべきだと考えていたからだ。
ラーシュの心の中では、サリカはそれを訊いて恥ずかしそうにしながら「会いにいってくれるの……? ありがとう」という姿まで想像していた。
結婚に縁遠くいようとしながら、夢だけはひそかに描いていたサリカのことだ、きっと踏むべき手順を全て満たす方が喜ばれると信じていたのだ。
しかし結婚を了承したサリカは、驚いたように目を瞬かせて「面倒」と言い放った。
「は? 面倒?」
「だってお母さんには会ったでしょう。片方と会って了解もらってれば、お父さんと会うのなんて機会があった時で十分だから、無理しなくてもいいと思うのだけど」
「…………」
ラーシュは絶句した。
あまりに自分の知っている常識外のことを言われて、どう反応していいのかわからなかったのだ。
なぜ父親が存命中だというのに、会わずに結婚の準備を進めても大丈夫だと言えるのか、と。
確かにラーシュも、自ら進んで会いたいと思っているわけではない。
それでも結婚前に挨拶をするものだと思ったし、サリカが親に挨拶に来て欲しいと言いにくくて黙っているのだと思い、口に出したのだが。
まさか必要ないと言われるとは。
「ステフェンスでは……さすがにそこまで省くことはないものだから……」
呆然としながらも、ようやくそれを言えば、サリカは目を見開く。
「あ、そうか。ラーシュってお隣の国の人だもんね……。うちの国の人って、冬に移動をあまりしないようにしてるせいで、だんだんそういう移動しなくちゃいけない場合はナシね、ってなる事が多くて」
「いやしかし、今はそんな季節じゃないだろう」
夏へ向けて暑さが増す頃合いだ。山の中、道無き道を進むようなことがなければ、遭難はしない。
「昔の人が『冬にしないんだから、春以降もナシにしていいよね』ってことで、慣習化させちゃったみたい。私、庶民の側に馴染んでるせいか、どうしてもそっちの意識強くて……。お祖母様達の家なら貴族だし、間違いなく挨拶とか外さないんだろうけど」
でもうちは平民ってことになってるし。
そう言ってサリカが困惑した表情になる。
「……あの、どうしてもうちのお父さんに会いたい?」
「会いたいとかそういうことじゃなくて……結婚前の挨拶くらいは、すべきだろ?」
「要らないと思うけど……」
そうしてサリカはぼそりと呟く。
「それにほら、見たくないでしょ? 本物の変態」
「…………」
思わずラーシュも黙り込む。
吊されているだけならまだしも、その状態で喜んでいる男など、見たいはずもない。
自分の中の常識とサリカの意見がかみ合わず、その場はあいまいに話が流れてしまったのだが。
城の練兵所の端で、柱に背中を預けてラーシュはため息をつく。
「おう、今一番幸せなはずの男が何やってんだ?」
大柄な髭の濃い中年の男が、どこからか帰ってきたのだろう、土埃で白くなったマントを翻しながら歩いてくる。王城に勤める顔見知りの騎士だ。
言われたラーシュの方は、幸せ……なはずなんだけどと思いつつ、再びため息を吐く。
その様子に気をひかれた騎士に、ラーシュはつい悩み事を話してしまった。
「ぶわっはっはっは!」
そして笑われた。盛大に。
笑われるような状況でしかないと思えば非常に気が滅入るラーシュだったが、代わりにその騎士は、なぜサリカがあんなにも面倒がるのかを教えてくれた。
「お前さん他の国の出身だったか。とにかく雪が多いからなぁバルタは。お前さんが思った以上に色んな事が他国より簡略化され過ぎてるせいだなこりゃ」
雪深いために、冬に宴を行うのを避けるのはもちろん、ラーシュの故国も同じだ。
しかしバルタはその傾向がよりひどいらしい。
「今や水路もだいぶん整備された場所も多いし、以前より農作物の生産量も増えはしたが、昔はそうもいかなかったからなぁ。けっこう貧しかったらしいんだよ、この国。隣のステフェンスみたいに穀倉地帯があちこちにあったわけじゃなかったからなぁ。だからといって結婚に関わることまで省きだしたのは……国民性だろうが」
やや隣国よりも大雑把なのは、色々と面倒なことや、複雑なものを「ソレ無しで」と暗黙の了解で省く国民性が影響しているのだろうと、騎士は言う。
貴族は見栄や建前があるからそれほどではないが、庶民はわりに色々なところをがりがりと削っていく癖があるらしい。
ラーシュはそれを聞いて「ああ」と少し納得した。
妙にこだわらないサリカの性格は、あのトンデモな母親の影響だけではなかったのだ、と。
「だからな、別に結婚したくないわけじゃないんだろうからよ……ぷぷっ」
慰めの言葉の最後に、騎士が吹きだす。
「なんでそこで笑うんですか」
「いや、幸せいっぱいそうでムカついてたからとか、そういうわけもあるかもしれないんだがな」
「ムカついてたんですか……」
「まぁでも気の毒そうなとこ悪いが笑っちまったからな、少しは手ぇ貸してやるって」
この後、騎士から話を聞いたらしいティエリが、これまた少々笑いをこらえながら、エルデリック王子にサリカとラーシュの休暇を申請していた。あげく、サリカが知らない間に帰省の手続きが終わっていたのだ。
そうなるとさすがにサリカも父親に会うしかないと思い定めたのか、
「あの……ラーシュのこと紹介しに行きたいんだけど、ついてきてくれる?」と言い出した。
やや時間が経って冷静になれたこともあり、その頃にはラーシュもそれほど挨拶にこだわる気はなくなっていたのだが、思い悩んだせいか少しだけ意地悪をしたい気持ちになっていた。
だからちょっとからかうつもりで言ったのだ。
「父親、できれば会わせたくないんだろ? 無理しなくてもいいんだが」
「まったく会ってほしくないわけじゃなくて……。こういった形でお休みとるなんて初めてだし、なんか恥ずかしくて……」
サリカも、事前に挨拶くらいはと思ってはいたようだ。
休暇を申請してまで行動するには、慣習的考え方が上回っていたようだが、ティエリが先回りしていたので、その心配が無くなったからだろう。
でもラーシュが今度は乗り気じゃないのを見て、サリカは不安そうにこちらを見て言った。
「あ、でも行きたくないならいいのよ。どちらにせよお休みができたし、その、どこか行きたいところでもあれば、一緒に行ったりする?」
先に断ったのが自分だと思うからか、サリカは無理に押してこない。
しかしその誘いに、ラーシュは思わず自分の口元を抑えてしまった。
(どこか一緒に行くだと!?)
しかも、何の目的もなしに旅行などしたら……だめだ我慢できなくなりそうだ。
唸り声を上げるのも不審に思われそうで、ラーシュはぐっと腹の奥に押し込める。そのために息を止めすぎて少し苦しくなったが、きっとそれぐらいで丁度良かったのだ。
おかげで、いきなり走り回りだすとか、サリカを抱き上げて振り回すとか、突発的な行動はしなくて済んだ。
「いや、それならサリカの故郷に行こう。……せっかくだから、手順を踏めるならそうしたいからな」
父親に会いに行くとなれば、旅の途中でどうこうする気は起きなくなるだろう。
ぐっとこらえてそういえば、
「ありがとう」
そう言ってサリカが嬉しそうに微笑んでくれた。




