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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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71 そして逃げ切れなくなった末に

 目を覚ますと、青い天井が見えた。

 わざわざ装飾のために青色のタイルが貼られているのだから、客室のような場所だということがわかる。

 エルデリックの部屋の天井は、こうではなかった。別な部屋に移動させられたのだろう、と理解したところで、声が掛けられた。


「目が覚めたか?」


 寝台脇に椅子を置いて、ラーシュが座っていた。

 寝起きのぼんやりとした頭でふと違和感があると思えば、衣服が変わっている。旅装らしい詰め襟の上着もなく、洗いざらしのシャツの上から、藍色の襟の大きな上着を軽く羽織っていた。

 しかも手元には本がある。

 彼が着替えてゆったりと本を読むだけの間、自分は気を失って眠ってしまったのだと、サリカは考えた。


「えと、今何時? 殿下達は?」

 起き上がりながら、とにかくどうなったのか把握したくて尋ねる。


「あれから一日近く経っている」

「……っ!?」


 驚きの声を上げようとして、サリカは咳き込んだ。

 確かに喉が渇きすぎているとは感じていたのだ。けれど丸一日とは思わなかった。

 ラーシュが本を横の小卓に置き、水を注いだカップを渡してくれたので、サリカは一気に飲み干して喉を潤す。


 一息ついてふと視界に入った自分の衣服も、簡易的な寝間着として着せられたのだろう、簡素ながらも厚手の藍染めのワンピースだ。装飾がごてごてしくないことから、ハウファのものを借りたのかもしれない。

 後で御礼を言おうと思いながら、サリカはコップをラーシュに返した。


「ちなみに今は昼で、ヴィエナさんによると、お前が眠り続けたのは疲労と薬の影響だということだ……具合はどうなんだ?」


 小卓にコップを置いたラーシュに尋ねられ、サリカは「大丈夫」と答える。

 前日の疲労もぬぐい去られたようにすっきりとして、寝不足が解消された朝のように清々しい気分だった。


「あの、それで……うちの母や殿下は?」

「お前の母親は一足先に王都へ帰った……というか、カタリーナと仲間の男、セネシュ伯爵を引きずって行った。ブライエルと一緒に」

「あ……ああ」


 まずは麻薬関係のことを洗い出すのだろう。その後、カタリーナは何もできない状態で放逐されるのだろう。


「それと、俺が倒した……あの女に操られていた子供だが、命に別状はないそうだ。それでも怪我が酷くて動かせないから、お前に任せると言っていたが」

「うん、それは任された」


 ケイラのことだ。ラーシュの記憶をのぞいて知ったカタリーナの所行的に、あの少年も酷い目に遭ってきたのだろう。

 まずは安心させてやり、今後どうするのか希望を聞いて、必要があれば援助してあげたい。

 ラーシュはサリカが即答したことで、少しほっとした表情を見せた。同じ辛さを味わった者として、気がかりだったのだろう。


「殿下はまだ滞在している。今回の視察は、セネシュ伯の反逆行為のためにここで終了することになるがな。伯爵家は間違いなく爵位と領地の剥奪され、家族もそれなりの責めを受けることになる。陛下から領地を治める代官が派遣されてくるはずだから、それと入れ替わりに戻ることになるだろう」

「そうよね……」


 セネシュ伯は利用できないのなら王子を殺すとまで言ったのだ。立派な反逆罪だろう。

 家族が全くその動きを知らないわけもなく、親族だって麻薬で得た金の恩恵を受けている者は多いはずだ。

 家を取りつぶすとなれば、領地は一時王直轄にするのが通例だ。

 サリカはうなずき、それからややしばらく黙り込む。

 だが、そのままではいけないと奮起して、恐る恐る尋ねた。


「それで、ラーシュは……ずっとついててくれたの?」


 母の前で啖呵を切ったあげくに失神したのだ。恥ずかしさが山積みすぎて忘れてしまいたいのだが、そういうわけにもいかないだろう。

 だから口火を切ったのだが。


「……まぁ、ああいう話の流れから言って、俺が側にいるべきだ、と」


 ラーシュもやや歯切れ悪く答えた。

 仕方ない。にこやかに話し始めるには、羞恥心が邪魔しすぎる話題だ。

 それでも言わなければとサリカは思うが、なんだかだんだん泣きたくなってくる。

 なんで自分は母親に乗せられてしまったのだろう。うっかり口を滑らせた自分を恨みつつも、早く嫌なことは済ませてしまおうと、サリカは早口で言った。


「あの……嫌なら、早めにそう言ってほしいんだけど」


 ラーシュの返事がどこか困っているような感じだったので、サリカはもしかして、と考えた。

 昨日は、すごく意味深なことを言ってはくれたが、でも結婚だ。ただ好きとか好きじゃないとか、そんな気持ちだけでどうこうできるものではあるまい。

 それに一日考えて、せっかく自由になってサリカに頼らなくても良くなったのだから、一人でいたいと思ったとか、そういう理由から歯切れ悪い調子なのかと思ったのだ。

 それならば傷は早い内に、覚悟が出来ている間に付く方が浅くて済む。だからどう考えているのかを教えてほしかったのだが。


「断ってほしいのか?」


 ラーシュにそう問い返されてしまって、サリカは口ごもる。


「ぐ……」


 決して嫌だと言ってほしいわけではない。

 けれど恥ずかしいではないか。女から結婚してくれなどと言うのは、結構常識外れのことなのだ。

 ただサリカの母は、その常識外れをやらかした口だが。


「なんだ言えないのか?」

 ラーシュの問いに、笑う気配が混ざる。


「そんなこと、言い難いじゃない……」


 サリカはラーシュの口調から、わざと言わせようとして、それを楽しんでいると察した。けれど断るつもりなのかどうかは分からない。その割に、ラーシュはさらりと尋ねてきた。


「俺の事好きじゃないのか」


 まずまず答えにくい! とサリカは叫びそうだ。

 言い難いから断りたいか断らない気なのかを答えて欲しかったというのに……。


(なにこれイジメ? やっぱり私のせいで簀巻きにされたり、変態だと思われたりしてきたから、今その報復でもされてるの?)


 まさかと思いながらふるふると掛け布を握った手を振るわせていると、ぷっとラーシュが吹き出した。


「な、何がおかしいの?」

「いやおかしくはないが」


 そう言いながらも小さく笑って、ラーシュは質問を変えてきた。


「じゃあお前は嫌じゃないのか?」


 嫌か嫌じゃないか。その答えはもう分かっているのだ。だから巻き込まずに決着をつけたかった。怪我もさせたくなかった。

 ただただ自分からはっきりと言うのが恥ずかしいのだ。あとは今まで言わないようにしていたせいで、言い難くなったのもあるかもしれない。


 ただこの質問ならば、先程よりも答えやすい。好きかどうかはまだ曖昧に濁せる。

 だから小さくうなずくと、またラーシュが笑った。

 それから彼は立ち上がり、寝台のサリカのすぐ側に座り直した。


 思わずサリカは身を引きかけた。

 だってあまりに近すぎる。肩はサリカの腕に触れそうだし、耳を傾けるように寄せられた顔を見れば、その唇が自分の髪に触れそうなほどだ。

 つい目がその動きを注視してしまう。

 引きはがして視線をそらしたその瞬間に、ラーシュが囁いてきた。


「それなら、求婚されるのはどうなんだ?」

「きゅっ……?」


 顔を上げれば、視界を覆いつくすほど側にラーシュの顔が見えた。

 驚いてのけぞろうとしたが、背中と頭を後ろから支えられるように手を回されてできない。


「嫌なのか?」

 訊かれて、サリカは目を瞬く。


(ラーシュが、求婚してくれる、っていうこと?)


 そうでなければ訊かないだろうと思うのだ。でも、本当だろうかと信じられない気持ちになる。


「返事は?」

「えと、い、い……」


 嫌じゃないと言おうとしたのに、唇を塞がれ、言葉ごと飲み込まれてしまう。

 不意をつかれたせいで、息苦しくなる。思わず抱き寄せてきたラーシュの服の胸当たりを掴めば、気づいてくれたのか一度離れてくれる。

 空気を求めて呼吸をくりかえすサリカの耳に、くすぐるようなほど近くに口を近づけて、ラーシュが問いかけてきた。


「嫌じゃないのか? なら、求婚されたいって言えるだろう?」

「えっ」


 サリカは羞恥心から返事のしにくい問いに切替えられたことに、戸惑った。


(求婚されたいって、答えなきゃいけないの?)


 それはなんだか、して欲しいとサリカが懇願しているみたいで背中も心の中もむずむずとする。


「それは……その……」


 思わずうつむいて、言葉を濁すと、掬い上げるようにして再び口づけされた。


(何!? 何なのこれ!)


 どうしてラーシュは返事を遮るようなことをするのか。

 でも口付けるのだから、サリカの事を昨日と変わらずに好きでいてくれるらしいことは伝わってくる。

 サリカもその頃には、ようやく息の仕方に気づいて苦しくはなくなっていたが、自分に撫でるように触れてくる感覚に、だんだんと考え事をするのが辛くなる。

 それを見計らったように、ラーシュがもう一度尋ねて来た。


「俺と結婚したいか?」

「ラーシュは、したいの?」


 よくわからない感覚に混濁した頭のまま問い返せば、ラーシュは目を細める。


「こんな機会は他にないからな」

 そしてこつんと額をくっつけ合わせてきた。


「俺と、結婚してくれるんだろう? なにせ自分で言うって言い出したぐらいだからな。ただ一日経って、やっぱり違う答えを出す気になっていたら困るからな。良い返事が貰えるまで同じ事続けるつもりだったが」


 ラーシュの言葉に、サリカは胸が高鳴る。

 自分と同じことを心配していたのだと思えば、彼の言葉を信じてもいいのだという気持ちが心の中に広がっていく。


「でもラーシュ。私が本当に必要? もう貴方、縛ろうとする人もいないから……」

「だから返事を渋ったのか」


 くすりと笑って、ラーシュがあやすように頭を撫で、頬に口付けた。

 子供のようにされると、サリカの心の気を張っていた部分が、かちりと外されていくように感じる。

 それも信頼している相手だからこそだろう。他の人に同じ事をされても、すとんと素直な気持ちになって、うなずけはしなかったに違いない。

 肯定するように頭を上下に動かしたサリカを、ラーシュが強く抱きしめてくる。


「俺はもうずっと前から解放されてたんだ。その力に従わせられることで感じた嫌悪も全て塗り替えてくれたのはお前だ。俺にとって新しい世界を見せてくれた相手だから、お前の側に居たいと思った」


 ――そのために、はいと言ってほしい。


 ラーシュの申し出に、なけなしの恥ずかしさも口づけとともにどこかへ消え去っていたサリカは、無意識に震える声で答えていた。


「はい」と。


   ***


「……良かったのですか?」


 ハウファの言葉に顔をあげたエルデリックは、なにげなく外を眺めていた視線を彼女に向け、そして小さく笑う。

 ハウファは、エルデリックがラーシュとサリカをくっつけようとしているのを知っていた上、それなのにエルデリックがサリカを好きでいることを知っているのだ。

 だから懇々と眠るサリカの側にラーシュを置き、そのまま二人きりにして平気なのかと問いたいのだろう。


「僕は、全て手に入らないのなら、一つぐらいは欠けても仕方ないと思うことにした、と言っただろう?」

「その欠ける……とは?」


 ハウファは首をかしげる。

 今の言葉は、どう考えても諦める方向には聞こえないからだ。

 するとエルデリックが言った。


「うん。だから僕がもっと王として権力を振るえるようになるまでの間だよ」

「……え?」


 ハウファは思わず顔をしかめる。


「その頃になれば、結婚生活に対して不満に思うことなんかも出てくるだろう? 人というのは保守的だけれど、常に何か新しいものをほしがるものだから」


 結婚生活は守りたい。だからこそ夫への不満を抱く頃合いを見計らって、サリカに新しい選択肢を与えるのだと、エルデリックは語った。

 それに安全を確保することができて、後顧の憂いを断てるようになれば、国王の側にいることはサリカにとっても悪くないはずだとエルデリックは考えていた。


 何も彼女を守る方法は、剣の力だけではない。

 父王が一度は申し出た、国王の権力による庇護。

 王権を更に強化することができれば、万の剣がサリカを守る壁になる。それから迎えに行けば、サリカも嫌とは言えないとエルデリックは思っている。

 ……その頃、サリカがラーシュと不仲であればだが。


「だから、僕が欠けてもいいと思うのは、サリカの最初の夫になることなんだよ」

「え……略奪愛……ですか?」

「略奪じゃないよ? 選ぶのはいつだってサリカだから。僕は彼女に選んでもらうつもりなんだ」


 輝くような笑顔を見せるエルデリックの姿に、ハウファは薄ら寒いものを感じた。

 この年でこんな事を言い出すというのがまず恐ろしかったのだ。


「で、でもそうしたらご継嗣は……正妃を娶られるのを、殿下はそれまで拒否するのですか?」

「それはどうなるかな。正直、最後に一緒にいるのがサリカなら、それでいいかと思ってる僕としては、一度は正妃を持ってもいいんだけどね。でも面倒なことになるのも嫌だから、いざとなったら養子を迎えることも検討はしてるよ。なにせ彼女は、他人の、しかも言葉も話せない子供のことをあれだけ甘やかせる人なんだから」


 サリカならば養子だろうと、問題なく愛してくれるだろう。自信ありげに言うエルデリックに、ハウファは絶句した。


(サリカ……貴方のこと変態だと思っててごめんなさい。殿下も相当ヘンだったわ)


 心の中でそっと謝った後で、サリカがこの先に背負うことになるだろう苦労を思い、ハウファは願った。

 同僚の未来が、少しでも穏やかなものであるようにと。


     ***


 数十年に一度は戦端を開いていたバルタ王国とステフェンス王国は、フェレンツ王とエルデリック王の時代には珍しく戦をすることはなかった。

 その理由を推測する者は沢山いたが、フェレンツ王から子爵位を受けたラーシュに関する約束事ゆえに、小競り合い以上のことをステフェンスが仕掛けられなかった事を、知る者はいない。

 ただ、エルデリック王の側に終生仕え続けたとある子爵夫人の影響ではないか、だからエルデリック王は戦を避け続けたのではないかと推測する者は多い。

 エルデリック王があまりに彼女を重用していたからだ。

 しかも成年を迎えても彼女と一緒に手を繋ぐ姿を見かけられることもあったからだ。

 それでも浮気かと噂されなかったのは、その度に慌てて走ってきた子爵が渋い表情で妻をエルデリックから引き離しても、夫人が楽しそうに夫を見上げるからだ。


 そのせいで当時の人々は頭を悩ませたという。

 一体この三人の関係を、どう考えるべきか、と。

 王の周囲の人々の懊悩は、後にエルデリック王が王妃を迎えるまで続いたという。

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