70 お見合いはご遠慮します
「それでお見合いとか言ってたけど、どういう……こと?」
サリカが恐る恐る口火を切れば、ヴィエナは当然と言わんばかりの顔で言った。
「お見合いって、親同伴で、世話人が間に入って、結婚できそうな相手かどうかお互いに見極めることでしょ? 貴方がね、ある男の子と引き合わされた上でまんざらでもない様子だってっていうのに、結婚には踏み切れないみたいだって聞いたのよ」
「引き合わせる……」
それはもしかして、エルデリックがラーシュを、ということだろうか。
視線を向けると、エルデリックがにこっと微笑んでいた。どうやらその認識で間違いはないらしい。
「なら私が押してあげなくちゃと思って。しかも今回の現場に行けば、相手の元親とも対面できるし、そのままお見合いにしちゃえばいいわねって、殿下と決めたのよ」
ヴィエナの発言に目を見開いて振り向けば、エルデリックが苦笑いしている。
否定しないということは、本当だということだ。
ラーシュはもちろん寝耳に水だったようで、ぽかんとヴィエナの顔を見ている。
「殿下がこれ以上の相手はいないっておすすめしてくれるし、私も可愛い娘をいつでも助けにいけるわけじゃないから、むしろ貴方みたいな子の方が、守ってくれる夫を持つべきだと思っていたのよ。だけど夫候補はいろいろ問題を抱えてて、その問題の方は国家間の問題からいっても表沙汰に断罪できないって言うじゃない?」
カタリーナは腐ってもステフェンスの王族だ。
彼女が暗殺を繰り返し、人を操っていたと公表するのはステフェンスの王としても問題がある。国交に支障が出かねないことを、エルデリックもよしとしなかったのだ。そして彼女の事が公になれば、従わされていたラーシュのことにまで人の目は及ぶだろうことは予想できる。
「そう思ってね、この件の前にステフェンスに行ってきたわけ。私たち一族にも関わることだから、たとえ夫候補じゃなくてもなんとかしてあげた方がいいと思ったし。そのおかげで、敵さんは私が不在だと思って油断してくれたみたいだけど」
そしてヴィエナはカタリーナの存在抹消の書類をということらしい。
彼女が死んだことにした上でなら、断罪してもステフェンス王にも支障はないのだ。そして報復されないことは、ヴィエナが行くことで納得させたようだ。
「それにしてもいい人が居て良かったわー。私たちの能力についても、隠したりする必要もないし。そう思ったから、なんとかして結婚話をまとめてしまいたかったのよ。あなた、まだ独身主義を貫こうとしてるって言ってたから、多少強引な方法の方がいいだろうって思ってたら、殿下からこの騒動で混乱してる中、親と主が押し切ればどさくさまぎれにイケルだろうって言われて。だから、お見合い場所はあそこだったわけ」
「あんなとこで……」
聞いたサリカはため息をつく。
あんなに苦労した後で押されたら、疲労しすぎて確かにわけもわからずうなずいてしまったかもしれない。なんて恐ろしい。
「相手の保護者だった人がその場にいて対面できるっていうし、そこできっちりケリをつけてしまえば、貴方の心配事も、相手の心配事もなくなるでしょ? そのまま言いくるめてしまおうかと思って」
「言いくるめるって……」
騙すのと同じではないか。
それにお見合いというのは、決していいくるめてなし崩しに結婚を決めさせる場ではないと思うのだが。
うなだれたサリカだったが、次のヴィエナの発言にソファの上で飛び上がりそうになった。
「聞いたところによると、あなたラーシュ君の体をいいようにしてきたんでしょ? これからもそうするんだし、なら責任とらなくちゃ……」
「ちょっとお母さん! 何て人聞きの悪い言い方するのよ!」
サリカは思わず反論する。
「だって今まで便利に使っておきながら、今更捨てるなんて」
「捨てるとかそういうことじゃないでしょ!」
「……確かに便利には使われたな」
ラーシュがぽつりと呟く。サリカが「え?」と目を丸くしているうちに、ヴィエナが食いついた。
「何をされたの?」
「縄で簀巻きを少々」
「ラーシュ、なんでこのタイミングで言うのぉぉっ!?」
サリカは顔から血の気が引く音が聞こえた気がした。貧血でふらつきそうだ。
「しかし嘘ではないし、他の意味にとられるより、ちゃんと内容をただして置かなければ俺の沽券に係わると思った」
けれどラーシュは止まらない。むしろどんどんとサリカが拒否できないような雰囲気に持っていくようなことばかり言い出す。
「や、確かに私にヘンなことされたって誤解されるのは嫌だろうけども!」
「そんなことしたのサリカ? うちのお父さんだったら『もう余所にお婿に行けない』って言うくらいのことよ?」
混ぜっ返してくるヴィエナに、サリカの血圧が急回復して上限まで上がる。
「お母さん! お父さんがそう言うとしたら意味が違うでしょ! 恥ずかしくてじゃなくて、縛ってくれる相手のところにお婿に行きたいから、もらってくれないと一生独身だっていう意味でしょうが!」
方向性が違いすぎる。
しかもラーシュの場合、こんな風にぺろっと言ってしまうのだから、婿に行けないほど恥ずかしがっているわけではあるまい。
「そもそも、どうして私が貰う側になってるの? 普通貰われる側であって、その意思を問われるのはラーシュでしょ!」
びしっとサリカはラーシュを指さした。
「あと、ラーシュだって簀巻きにするような女なら、できるだけ遠ざかって生きて生きたいかもしれないじゃないの……ねぇ?」
言ってから、サリカは「本当にそうだよ……」とうつむき加減になる。
命がかかっている案件については仕方ない。けれどそれ以外、お見合いを避けるために大分プライドを削るような真似をさせたのだ。
(いくら……好きでも、ね)
ラーシュには伝わらないよう心のなかでこぼす。
そうして思い出したのは、助けに来てくれたラーシュとの口づけだ。
ラーシュは確かにサリカのことを思ってくれていた。助けたくて必死で、それが達成できた安堵で心の中がいっぱいになっているのは伝わってきた。
好きだという感情が伝わって、あのときはただ安心したけれど、結婚となるといろいろ突き詰めて考えてしまうのだ。
いくらサリカの事を好きでいてくれても、結婚するほどではない場合だってある。
命をかけて救いに来てくれても、そもそもラーシュはサリカの護衛任務をフェレンツ王から命じられているのだ。そういった意味でも、命令に沿う行動ができるのだから、サリカを救いに行こうと思う心のハードルは低いはずだ。
しかも、あの好きだという気持ちだって、カタリーナというラーシュにとってのトラウマ相手と接した上、サリカが死にそうになっていたせいで、何かを錯覚したということだって考えられる。
異常な者に接してきたラーシュなら、支配欲の薄いサリカのことをすばらしく思えるだろう。
そういったことが重なった末に、好きだと思い込んだ可能性はないだろうか?
もしそうなら、こうしてカタリーナから完全に解放された今、冷静になって考えるようになってから、実はサリカのことをそれほど思ってはいなかったと気づくかもしれない。
(だって――ラーシュは好きだなんて言ってくれたこと、ないもの)
口づけされても、抱きしめられても。演技かその場の勢いでの錯覚なのかとおもいそうになるのはそのせいだ。
「ふうん?」
サリカの主張にヴィエナがニヤニヤとして相づちを打ち、次に話をラーシュに振る。
「貴方はどう?」
「どう、と言われましても……」
ラーシュも、さすがにサリカの母相手では勝手が違うのか、落ちつかない様子で視線を落としていた。
「あなたステフェンス国王の甥でしょう。元凶を消したのだから、国に戻る? このままバルタでずっと生きて行くの?」
ヴィエナの言葉に、サリカもはっとなる。
思えばラーシュはもう、故国から逃げなくともいいのだ。どこにいるのかわからないカタリーナから逃れるために、バルタに来たのだから。
帰っちゃうのだろうか。
ふる、と心が揺れるサリカの前で、ラーシュが口を開いた。
「そもそも、俺は陛下に庇護してくれと泣きついた側です。それに故国には俺自身の意思ではなくとも、家族を奪ってしまった相手がいます。俺の姿など二度と見たくないでしょう。それに自分自身としても……ずっと意思を無視されて生きてきた場所に戻るのは……」
辛い思い出があるから。その言葉にサリカは納得しつつも、少しだけ哀しくなる。
居続ける理由に、サリカは含まれないほどの存在でしかないのだ。
「でも異国で生きるのは馴染まない事もあるでしょう。それに帰れば、貴方には身分がある。貴方を縛っていた者も居なくなったも同然となれば、戻るのに不足はないのではなくて? 貴方の伯父様も会いたいと言っていたわ」
ヴィエナの言葉に、ラーシュは数秒押し黙った。
伯父のことが、心に重くのし掛かったのだろう。
ラーシュを救い出した人。そしてステフェンスから逃してくれたラーシュの恩人だ。きっと会いたいに違いない。
そう思ったのに、ラーシュはヴィエナを真っ直ぐに見据えて言った。
「……それでも、守りたいものはここにあって、離れたいとは思わないので」
言ってから、ラーシュがサリカを振り向いた。真剣なまなざしを向けてくる。
どうしてそんな目をするの、と言いたかった。
本当に自分のことを、バルタに残る理由にするつもりなのか。
目を瞬かせることしかできないサリカを、ラーシュが見つめ続けながらヴィエナの問いに答えた。
「いつかステフェンスとバルタが、ことをかまえることになったとしても?」
「伯父はそれも承知の上で、俺をこの国に行かせたはずです。それが自分の大切なものを守ることになるのなら、俺はバルタの人間として戦うでしょう……ヴィエナさん。貴方の望む答えは、こういうことでしょう?」
母に答えているはずなのに、ラーシュが自分を見ているせいで、まるで自分に向かって宣言されているようにサリカは感じた。
故国よりも、サリカの居る場所を選ぶのだと。
急に顔が熱くなる。
真っ赤になっているのではないかと思うと、恥ずかしい。顔を覆いたくなるけれども、そうしたらサリカが今のラーシュの発言に何を思ったのかわかってしまうから、それもできない。
必死にラーシュやエルデリックに伝わらないように抑えるだけで、サリカは手一杯になる。
一方、それを聞いて満足したのか、サリカ母はまたようきそうな表情に戻った。
「ねぇサリカ。これだけ覚悟を決めて移住してくれる人なんだし、どうかしら? 」
「ど、どうかしらって……」
「だってこれからもずっと側にいてもらうしかないじゃない? 貴方自身は『弱い』のだから」
「ううぅ……」
「私達の能力のことでまた狙われるような事態になったら、誰かの手を借りなくちゃいけないし、それならラーシュ君が最適よね?」
〈僕も、そうしてもらいたいと思ってます〉
エルデリックがうなずいてヴィエナに同意した。
「それにいつまでも恋人同士で居続けるのも、あまりに不自然じゃない? なら結婚しちゃえばいいのよ、一番良い方便でしょ」
「方便で、結婚なんて、失礼じゃないの……」
「もう、ここまできてそんなこと言うの? ほらほら、この紙にちょっとサインしてくれれば面倒事は全て解決するのよ? 簡単でしょ?」
そうしてヴィエナがぴらっと卓上に置いたのは、婚姻契約書だ。これを神殿に出すことで、洗礼簿にサリカが誰と結婚したのかが書き加えられる。それが結婚の書類手続きなのだ。
「でもラーシュが」
婚姻契約書を見たとたん、サリカはこんなものまで用意してきたのかと驚く。
「ラーシュ君は書いてくれるわよね? ほらペンも持って」
ヴィエナは先にラーシュに書かせることにしたようだ。どこからか取り出したペンを取り出し、握らせようとしていた。
「軽く考えればいいのよ。護衛のために一緒にいる理由をつくるの。それで世間体も繕えるんだから、安心でしょ? 殿下の側にいるにしても、ずるずると不審なほど長いこと恋人づきあいをしているなんて変じゃないの。うちの実家の名誉にも関わるし、貴方達も言い訳がどんどん苦しくなるだけだわ」
ヴィエナが言うのはいちいち最もだった。
つい「そうかも」と言ってしまいそうになる。
ラーシュも押されるがままにペンを握ってしまい……その様子に、サリカは「やっぱりだめだ」と強く思う。
こんななし崩しで署名したら、一生涯ラーシュに迷惑をかけることになってしまう。
「お母さん、やっぱりこんな、お見合いだかよくわかんな状況で結婚を決めるのは……」
言いかけた所で、エルデリックと目が合う。
どうして嫌がるの? サリカのためを思ってしたことなのにと、悲しみに満ちた眼差しに、サリカの心が揺らいだ。
思わず「わかりました」と言ってしまいそうになる。
〈結婚、してくれないの?〉
「ご、ご遠慮させ……」
〈どうしても、だめ?〉
エルデリックの目が潤んだように見え、サリカは心が痛くなる。
けれどこれは自分の人生の重大局面なのだ。
ぐっと歯を食いしばるようにして、なんとか拒否の言葉を絞り出した。
「遠慮……します! あの、こんな風に流されて決めるのはだめだと思うので! 殿下が私を思って下さってのこととは思いますが、こればかりは!」
とにかく結婚というものは、こんな風に押しつけられて、言葉巧みに誘導されてするものではないはずだ。
「お母さん、お見合いって単語自体がもう嫌なのよ! 私が書き送った愚痴の手紙も読んだでしょう? とにかく何か面倒事になって、酷い目にあいそうよ」
実際、ロアルドや女官長のせいで変人の真似をしてみたり、エルデリックの計画にしても、
ろくなことにならないのは、女官長であろうとエルデリックであろうと、誰が仕切っても同じなのだ。
それぐらいなら、もっと別なやり方をする。
「あなたいつもきっぱり決めないじゃない」
「決めるってば」
「すぐ? どうせまた迷惑かけるとか考えて、やっぱり考えさせてほしいとか、ぐずぐずするんでしょ」
「ぐずぐすしないわよ!」
「じゃあ、相手がもうちょっと考えたいとか言ったらどうするのよ。やっぱり引いて待っちゃうんでしょ? そして行き遅れ……」
「待たなくたって、結婚ぐらい自分で申し込むわよ!」
言い返して、サリカはハッと気づいた。
ヴィエナがサリカを見上げてにやぁっと笑みを浮かべている。
「そう、自分で言うの……ふふ」
(しまった、お母さんの手にひっかかった!)
そう思うがもう遅い。
「すぐっていうことは、もう相手は一人しかいないようなものですものね。それなら、さすがに様子を間近で観察するのはだめよね? 後は若い二人に任せて、私たちは結果を待ちましょうか、殿下」
そう言って立ち上がったヴィエナは、エルデリックと誘い合って部屋から出てしまう。
少し気の毒そうに振り返ったエルデリックと視線が合い、サリカはうめく。
エルデリックの前で、ヘンな宣言をしてしまったのだ。しかもヴィエナの言う通り、すぐ決めるのを実行できる相手は、一人しか居ない。その上、自分で言ったことなので逃げられもしない。
脱力ついでに、なんだか気が遠くなってきた。
不意に、そういえば今日はさんざんな目に遭ったのだということを思い出す。ヘンな薬を飲まされたり、文字通り踏んだり蹴ったりな目にまであって。
特に薬なんて、能力のおかげで影響を遮断できているけれど、体に負担がかかっていることだろう。
疲れたなぁと遠い目をしようとして、サリカは視界がかすんでいることに気づいた。
「おい、サリカ?」
問いかけるラーシュの声が聞こえたが、自分が返事を返したのかもわからないまま、サリカの意識は薄れていったのだった。




