68 大団円には爆弾がつきもの
「お、お母さ……」
目にしているものが信じられず、サリカは呆然としてしまう。
王都から離れた辺境伯領の町にいるはずだったのに、どうしてここにいるのか。
来るとしたらお祖母ちゃんだと思ってた。
お父さんをまたつり下げたまま来てはいないだろうか。
とりとめのない心配事まで一気に心の中に噴き出して、混乱する。
一方の母ヴィエナは、サリカを老けさせたらこうなるだろうという顔でにっこりと笑って言った。
「話は、面倒なものをたたきのめしてからにしましょ?」
とたん、腹の底から響くような鐘楼の音を間近で鳴らされたような衝撃を受け、サリカは思わずその場にしゃがみこむ。
しかし、それはサリカだけではない。
大音響で鳴り響く音に驚くと同時に、衝撃を受けたと錯覚させられたセネシュ伯やその私兵達は軒並みその場にうつぶせる。
まるで背中から突き飛ばしたように。
おそらくヴィエナは、彼らを拘束するため衝撃を与えたのだろうが、力が強すぎて対象外にも被害をまきちらしていた。その証拠にエルデリックもよろけ、ラーシュも近くの木を支えにしている。
「お母さん、加減……加減して……」
「あら悪かったわ。だってつい漏れちゃうんですもの。でも最初だけなのはいつものことだし、もう大丈夫でしょ?」
軽く受け流すのも、いつもの母らしい。
確かにもう衝撃は体から抜け去っていたので、サリカはよろよろと立ち上がる。
先ほどまででかなり疲労困憊はしていたが、母親の顔を見て気が抜けて、さらに不意打ちを受けてひどく体が重く感じた。
一方、重石を載せられたように土の上にうつぶせたまま手足をふるわせているセネシュ伯は、恐怖に染まった目でヴィエナを見ていた。
「そんな……まさか。今は国外にいると聞いたから、いまのうちにと……」
「あら。御母様だけじゃなく、私まで野暮用でお出かけしたことを知ってるの? 娘も知らなかったみたいなのにね。その間にうちの娘を人質にして、戻ってきたら私や御母様のことまで脅そうって? そんな上手くいくわけないじゃないのー、いやだわー、お馬鹿さんねー」
おほほほとヴィエナはおかしそうに笑う。
言い当てられてしまったらしいセネシュ伯は、ぎりぎりと奥歯をかみしめているように険しい表情をしていた。
超余裕な母をげんなりしながら見つつ、サリカは自分の身の安全が確保されたのに、更なる不安を感じた。
母は、一体何をしに外国へ行ったのか。
(お母さん……悪名を広めてきてたら、どうしよう)
過去何かあったらしく、某国から母特定で入国禁止の代わりになにやら条約が結ばれたという話も聞いたことがあるサリカは、つい「やらかしてないはずがない!」と思ってしまうのだ。
そうなればフェレンツ王に迷惑をかけることになる。
あまりに問題が大きければ、エルデリックの代まで影響しそうで怖いではないか。
「ご婦人、お忘れ物ですよ!」
「あらうっかりしてたわ、ありがとう」
そこへ、後ろから走ってきて、従者のごとく女物の黄色い小花柄の細い傘を差しだしたのはブライエルだ。
サリカを拉致したブライエルが、なんでまたヴィエナの従者のような真似をしているのか。
謎が深まるばかりで……怖ろしい。
娘に怯えた視線を向けられているというのに、ヴィエナはそんなことを気にもせず、エルデリックへ向き直った。
「さて犯人を拘束して落ち着いたところで……まずは到着が遅れて申し訳ありませんでしたわ、殿下」
元伯爵令嬢らしく、流れるような動作で一礼してみせたヴィエナに、こちらも私兵達から解放されたエルデリックが応じた。
「遅かったね。間に合わないかと、思った」
急に長く話したせいか、エルデリックが少し顔をしかめて喉を押さえている。
「殿下の騎士様がお迎えに来て下さったので、ここにはもうちょっと早く来てたんですよ。けれど、娘が無差別に昏睡させてたみたいですから、死人の中に証拠物件があると困りますので、その辺りの処置をしておりましたの。おかげでホラ!」
ヴィエナが満面の笑みで背後へ向かって「こいこい」と手招きした。
すると現れたのは……。
「うわっ」
「…………」
サリカは思わず気味悪さを口にし、ラーシュが無言で顔をしかめた。
それは真っ白に漆喰で塗り固めたのかとおもうほど無表情な上、死んだ魚のような目でとぼとぼと歩いてくるクリストフェルの姿だった。
煙に巻かれながら脱出させられたのか、顔や衣服がすすであちこち黒くなっている。
操られた死体のごとく進み出てきたクリストフェルは、
「はい停止ー。はいおやすみー」
ヴィエナの指示で立ち止まり、その場にゆっくりと倒れ込んで転がると、動かなくなる。
「この人の証言は必要かと思いまして、たたき起こしておきましたわ。麻薬拡散の犯人として必要でございましょう? あと、罪に問えるかわからない使用人などは、普通に目を覚まさせて逃がしてしまいましたけれど」
そこでヴィエナは笑みを深める。
「それにしても、少しの間くらい、うちの娘なら自分でどうにかするかと思ったのに……ずいぶん満身創痍になっているわね、サリカ」
あらあらと見つめてくる母親に、サリカは色々と察した末に肩を落とした。
「お母さん、私が弱いって知ってるくせに。来るならもっと早く来て欲しかった……」
話の流れから察するに、エルデリックはこうなる事を見越して、あらかじめ母ヴィエナを呼んでいたらしい。
おそらくサリカを決定的に傷つけるつもりなどないエルデリックは、早々にヴィエナの手で保護させるつもりだったのだ。
だからこそ「遅かった」という発言が出てきたのだろう。
しかし母による娘への信頼とか、そんな理由付けによって意図的に放置されたので、ここまでサリカが満身創痍になったに違いない。
(なんという不運な……いや、お母さん絡みならあり得る話か……)
本当なら苦労する必要がなかったと聞かされると、非常に徒労感でいっぱいになるのが人間だ。
サリカもがっくりとしながら、母に尋ねた。
「それで、お母さんがここに呼ばれて来たのって、殿下に呼ばれたから?」
「ええそうよ。娘の人生の重大局面だって聞いたから」
「人生の重大局面?」
なんだかヘンな言い回しだ。
首をかしげるサリカに、ヴィエナはそのまま話し続けた。
「それにしてもサリカ。せっかく歌うなら、もうちょっとアドリブを効かせて、ぎっちり標的を定めないと。あと、どうせ殺らないのなら、犯人は最後の最後まで利用し尽くさないともったいないじゃない」
「や、その指摘なんかヘンだよ?」
手ぬるいと言われるのは仕方ない。しかし残すのはもったいないというのと同じ調子で、利用し尽くせと言われているような気がするのだ。
それはどうかと思うので、サリカは抗議した。
「証拠なんて、後で作ればいいじゃない。真相がわかってるんだもの。上手いことつじつま合わせればいいんだし」
「でも信憑性なら、本人がいたほうがいいでしょう」
「どっちもおかしいぞおい……」
ラーシュのつぶやきが聞こえたが、サリカは無視する。
もちろんヴィエナも、その突っ込みを聞き流して娘に応じた。
「でも、心の中を覗けない人にとっては、本人の口から出た言葉が一番証拠として効き目があるのよ。死人に口なしの後で、工作するのは面倒よ? だから証拠は保全しないと!」
そんなヴィエナに「ね!」と返事を求められたのは、少し後ろに控えていたブライエルだ。
薄笑いをしているような微妙な表情のままうなずいた彼は、きっとヴィエナの発言を全て聞き流すつもりに違いない。
実に忙しそうにエルデリックの元へ駆け寄り、セネシュ伯達から引き離して側につく。
ヴィエナはそれで満足したようだ。満面の笑顔で次の行動に出た。
「さ、用事を一つずつ片付けないと!」
いそいそとヴィエナが移動したのは、セネシュ伯と同じように地面にはいつくばらされているカタリーナの前だ。
「あなたのこと、眠らせもせずに放置してたのなんでだと思う?」
ヴィエナは笑顔で言うと、何かの重圧に耐えるようにもがくカタリーナの顎先を、持っていた傘の先端で、つんつく突っつき始めた。
やってることがまるで悪人のようで、娘としては直視しがたい。
「そこの騎士さんのからみでね、私、あなたの存在を抹消したいのよ。だけど、貴方の能力にこびたい貴族が今もあなたの所在を上手く隠してるのよね。だからあなたが今まで見つからなかったと聞いたわ。しかも王様もへたれなことに、貴方を使って王位についた以上、その貴族達に強く言えないらしくて」
ヴィエナは「そ・こ・で」と言って一度傘で突くのをやめ、左手で懐から一枚の紙を取り出して振った。
折りたたまれた紙がはらりと開き、中身が晒される。
その紙に書かれていたのは、カタリーナの死亡を証明する内容のものだ。
「くっ……陛下が、私を亡き者にしろと言ったのね……」
カタリーナが呟き、悔しげに唇を噛みしめる。ふふんとヴィエナが楽しげに説明する。
「こちらの都合で、貴方を表舞台から排除するには『死にました』ってことにするのが一番早いのよ」
ヴィエナはぴらぴらと紙を指先でつまんで振りながら続けた。
「さて、あなたには選択肢らしきものが当初あったのよ。一つは、能力を封じてからバルタの国王陛下に引き渡して、本当に死亡証明を作れる状態に追い込まれること。もう一つは、能力を封じられた上自分の意思で証明に必要なものを差し出して、その後文無しの平民としてステフェンスに送還された上路上放置。その後、国内の被害遺族に放置場所を通報された状態で、苦労して一人で生きて行くパターンなんだけど」
「なっ、それならまだバルタの王に裁かれた方がマシよ!」
カタリーナは話を聞いて、そう叫んだ。
おそらく罪人として人知れず牢に繋がれるより、何の地位も力もなくして、自国の、自分が見下したり従えていた相手に会う場所で、路頭に迷うのが嫌だったのだろう。
しかしヴィエナは冷酷だった。
「あら、選択肢が当初はあったと言ったけど、今もまだ選択できるなんて言ってないわ? あなたが選ぶのは、惨めなさらし者になる上、プライドをズタズタにされる、の一択のみなの」
その言葉に、カタリーナが絶望に染まった表情に変わる。彼女にとっては、生き延びることよりも恥をさらすことの方が嫌なのだろう。
しかもそれを決めた相手は、力量の差がある人間だ。
崖っぷちで「これから落とします」と説明された上で、背中を押されるのは怖ろしいに違いない。
我が母ながら大変怖ろしい、とサリカは思った。
カタリーナを連れてきたらしいブライエルも、突然のことに戸惑っていたセネシュ伯達も引き気味だ。
当の母、ヴィエナは大変いい笑顔でカタリーナの前にしゃがみこむ。
「あら予想通りの反応で嬉しいわ。その顔を見てから実行したかったのよ。ちゃんと絶望してくれないと、罰の意味がないじゃない? それでは、お休みなさい?」
とん、とその指先でカタリーナの額に触れる。
そのときにもまだヴィエナをにらみつけていたカタリーナは、反抗しようとしたのか数秒叫び続け、ことりと意識を失って目を閉じた。
それからヴィエナは再びカタリーナの頭に触れ、数秒目を閉じてから立ち上がり直す。
「はい、親同士の面談は終了ね。他もお掃除しましょうか」
振り返ったヴィエナと視線が合ったのだろう、セネシュ伯とその私兵達は息をのんで震え始めた。
けれど彼らの方は、ヴィエナもあっさりと眠らせてしまう。
「ああ、起こしたままだったのは、自分たちの黒幕を踏みにじる姿を見せて、抵抗する気持ちを失わせるためか……」
どうしてセネシュ伯を放置していたのか。疑問に思ったサリカだったが、ラーシュがため息混じりに推測をつぶやいたことでようやくわかった。
なるほど。自分の母は徹底的に恐怖を心に刻むつもりだったらしいと、サリカも気づいた。
その声がヴィエナにも聞こえたのだろう。
「察しがいいのね貴方。頭の良い子は好きよ。そういえば初めまして、サリカの母でヴィエナと言いますわ」
にこやかに一礼されたラーシュが、わたわたっと小さく腕を動かしてから自分も腰をかがめた。
「は、初めてお目にかかります。ラーシュといいます。エルデリック殿下の……騎士としてお仕えしております」
いつもより、挨拶の言葉もたどたどしい。
どうしてだろうと思ったサリカだったが、はっとそこで気づく。
そうだ、母は先ほどサリカが眠らせて放置した人間を解放したりしていたのだ。多少なりとサリカの動向をしっているということだろう。
ならばサリカがラーシュを守ろうとしたり、ラーシュがサリカを助け出したりしたのも知っているはず。
お姫様だっこをしたばかりの相手の母親が現れたら、それは確かにぎこちなくなるだろう。
そしてヴィエナの方はニヤニヤといった表現が似つかわしい顔をしている。
「殿下からも聞いているわ。素直そうなところも可愛いこと。身上調査に行った甲斐もありそうだし」
「身上調査?」
首をかしげるラーシュとサリカに、ヴィエナは「必要だったもの」と言う。
「ていうかお母さん、どうしてここに? お祖母ちゃんが間に合わなさそうだから、助けに来てくれたの?」
そもそもの疑問をぶつければ、ヴィエナはきょとんとした顔をして爆弾発言をした。
「それは主目的じゃないわ。もうちょっと満身創痍になりそうだけど、あなたでもこれ、一応なんとかはできたでしょ? だから私は、お見合い会場はここだって聞いたから来たつもりなんだけど」
は? お見合いって何!?




