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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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65 心と心の間にあるもの

 触れたものから、微かに熱を感じた。


(人の指?)


 そう思って戸惑いを感じた次の瞬間には、手を握りしめられる。


「え……」


 砂の中から逃れたいと手を伸ばしていた身からすれば、普通ならばひどく安心するだろう行為だ。けれどこの状況では、サリカの背筋を凍らせるだけだった。

 自分の心の中に侵入して来る相手でしか、こんなことをなしえないからだ。

 その疑問はすぐに氷解した。


「やだなぁ我が主。忠実なる下僕の手の感触もお忘れですかぁ?」


 きゅっと握ってきたのは、聞き慣れた声の聞き慣れないふざけたしゃべり方の主だ。


「ラーシュ……二号?」

「二号ですかぁ? まぁ一緒に愛でてくださるならそれでいいですけどね……っと」


 ぐっとサリカの体が砂の中から少しだけ引き上げられる。

 腰までなんとかサリカが浮上したところで、腕を引っ張っていたもう一人のラーシュは、にへらと笑った。


「ああ間に合った。でも僕これが限界~。ホントは我が主をしっかり引き上げて、その後で僕が埋まって、なぶってもらえれば再考だったんだけど」

「……あいかわらずね」


 趣味が悪い。

 助かったという喜びも感慨も押し流す変態ぶりに、サリカはげっそりとした。


「いつも僕は変わりませんよ~。それより、主ぃ~!」

「ん? ……うぎゃ-っ!」


 いきなり抱きつかれてサリカは絶叫する。

 ラーシュ相手だとあれほど恥ずかしくなるというのに、中身が変態だと思うだけで怖いし気持ち悪い。


「ちょっと一体何なのよ!」


 抱きつかれたせいで精神がショックで覚醒したのか、さらに砂の中からは脱した。それでも、ラーシュ二号を蹴るための足は、膝から下がまだ砂の中だ。

 手は腕ごと抱きしめられて拘束されているので動かせない。

 でも他人に抱きしめられているのは嫌だったが、ラーシュ二号は、逃れようとすると逆にますますきつく拘束してくる。


 その首筋に頬を寄せられて、皮膚がざわめくような感覚が走った。

 決定的な嫌悪を感じないのは、外見がラーシュと同じだからなのだろうか。そうは理解していても、別人と思うと居心地が悪いのと、拒否しなければサリカの沽券に関わるような気持ちになるのだ。


 けれどラーシュ二号の方は、そんな彼女をおちょくるのでもなく、珍しく凪いだ空気のように静かな声で願った。


「暴れないで。一時的に、拒否せずにこうすることを受け入れて下さい、我が主よ」

「う、受け入れるって……?」

「それが貴方を救うために必要なんだ。こうしてしがみついていないと、僕が主から離されちゃって、困るんですよ」

「救うって……?」


 さっとサリカに冷静さが戻る。

 そもそも、このラーシュ二号が現れるのはおかしいのだ。サリカがラーシュの中にいる時ならまだしも、今はラーシュと精神が繋がっているわけではない。


「あの……どうして貴方、私の精神世界にいるわけ?」

「契約のため」


 今までの様子からはあり得ないほど、短い言葉で返ってくる。

 あまりの変化に、サリカは不安になる。これは本当にラーシュ二号なのだろうか?

 そこではっと思い出した。

 ラーシュはカタリーナを倒せなかったのだろうか。そしてカタリーナが、サリカの記憶にある人間のフリをしているだけではないのかと。


「心を揺らさないで、主。埋まってしまう」


 言われてふと気づけば、サリカの足がまた太ももまで砂に埋まりそうになっていた。

 それを引き上げるようにしがみついていたラーシュ二号が言う。


「僕を信じて。僕は貴方の大切な人との間をつなぐ為にここにいるんだ」

「つなぐ?」

「僕の宿主。ラーシュ」


 その言葉を聞いた瞬間に、サリカはふっと体から力が抜ける。

 置いていったのに、どうしてかサリカを探してここまで来てしまったラーシュ。きっと誰かが彼に行き先を教えてしまったのだろうけれど。

 来てしまったからこそ、彼が過去に関わりのあったカタリーナと再会することになってしまったのだ。それを思うとサリカは胸苦しい気持ちになる。


「僕の宿主は今、主のいる部屋の扉を開けて、助けようとしているよ」

「え! それじゃ、ラーシュまで火事に巻き込まれちゃう! なんとか貴方からラーシュに逃げるように言ったりできないの?」


 ラーシュの動向を知ってサリカは再び身じろぎする。

 それを押さえつけるように抱きしめてくるラーシュその2の腕が痛い。


「それは僕にはできないんですよぅ。それに、貴方を死なせたくない宿主の気持ちを、拒否しないで……そう願っているから、僕は主をこうして引き上げる助けになれるんだから」

 

 

「でも、それじゃラーシュまで死んじゃう!」


「我が主は、自分が死んでもかまわないと思ってる……頼りたくないから。だから、もういいやと思っているんでしょう? だから僕が来たんだ。生きていてほしいから」


 頼りたくないから、死んでもかまわない。確かにそう思っていた。

 いつもちゃらんぽらんとしたラーシュ二号に言い当てられて、尚更にサリカは悔しくなる。


「頼らずに、誰かを守ることも私に許してくれないの?」


 いつも守られて、そのせいで危険に晒したのに、まだ迷惑をかけなければならないのか。

 すると、呆れたように、ラーシュ二号の口調が戻る。


「もう我が主はねー、とっくのとうに守っているんですよぅ~やだなぁ」

「どこがよ。私のせいでさっきだって……」


「何言ってんですかぁもう。さっきは一番効果が出た場面だったでしょうに。ラーシュが今まで抵抗出来なかった相手に、対抗できたんですよ。念願を叶えられたのは、我が主がラーシュの……ひいては僕の心を、他の支配から守ったからでしょー」

「そんなことぐらいで……」


「うちの宿主は、そんなことが出来なくてずっと悔しかったんですよ。それを叶えたなら、あともう一個ぐらい願いを叶えてあげたらどうですか。……だから願ってくれませんか」


 ラーシュ二号が囁く。


「もう一度会いたいと、そう主も願ってくれたなら、僕には二人の心を繋ぐことができる」


 言われたサリカは唇を噛みしめる。

 会いたいことは会いたい。けれど自分がいれば、ラーシュはいつまでも危険なままだ。

 そんなサリカに、ラーシュ二号は天を仰ぐように上を向いた。


「我が主ぃ~、もう折れてくれません? ほら、急がないとあのカタリーナってオバさんがまた来ちゃいますよ」

「え! まだあの人生きてるの!?」

 ラーシュは始末をつけられなかったのだろうか。サリカが最後の最後でラーシュの意識から離れてしまったせいかもしれない。


「宿主が主を優先したので、まだ始末がついてません」

「うそっ、じゃあ会わなきゃ!」


 ラーシュ二号の言葉は効果覿面だった。すぐにサリカは意見を翻した。カタリーナにまたラーシュを支配されるわけにはいかないのだ。


 早く目覚めて、脱出して、再起不能にするのだ。

 サリカは残忍なことは好きではないけれど、身内を傷つける者に容赦してはいけないと分かっている。

 母達に受けた教えと、友達を守れなかった痛い思い出が、彼女にそう教えたからだ。

 やる気を見せたサリカに、ラーシュ二号が言う。


「じゃ、契約しましょーか。まずは僕のことをラーシュだと思って」

「それ一番難しいわ。それに契約って何?」


 文句を言いながらも、サリカは仕方なしに大人しく従う。

 ラーシュを守るために必要なら、なんだってするつもりだった。だからうーんと目を閉じてうなりながら「これはラーシュで変態じゃない。ラーシュで変態じゃない」と自己暗示をかけようとする。


 そんなサリカに、ラーシュ二号は酷くラーシュにそっくりな声で囁いた。


「契約は、僕ら騎士と主の絆を作り出すもの……契約があれば、もうラーシュは貴方以外に支配されない。だからもっと強く願って。そうしたら、契約は成される」


   それは誰かを倒す目的でも、何かを守る誓いでもいい。

   たとえそれが復讐であったとしても、同じ願いを持つことが鍵になるのだ。

   人と人の間に存在する、扉を開けるための。


 ラーシュ二号は抱きしめる腕を緩め、片方の手で彼女の手をにぎり、指を絡める。


「名前を呼んで。この一度だけ、どうにかして僕が繋がりを作るから」


 そして扉は開かれる。


「ラーシュ……」

 

 呟いた言葉とともに、側にいたラーシュ二号が閃光となってサリカの目を閉じさせ、そして消える。

 同時に、ぐいと引っ張り上げられて浮き上がるような感覚と、喉の痛みと、叫びが耳と頭に飛び込んできた。


「サリカ!」


   ***


 何かが割り折られる音がした。

 木くずみたいなのが顔に当たった気がする。

 何だろうと目を開けかけた次の瞬間に、サリカは自分よりも大柄な人物に抱きしめられていた。

 少し湿った衣服の感触。

 慣れ始めていた日向に匂いに、雨の湿り気が鼻を突くけれど、それでもなぜかうっすらと酔うような感覚を覚える。


 そして強くても、ただ闇雲にかき抱くのではない腕。

 背や頭を支えて、サリカが何も考えずにされるがままでいられるようにしてくれるその人の名を、サリカは呼ぶ。


「ラーシュっ……」


 言えば、とたんに涙が溢れて嗚咽が漏れる。

 もっといろんな事を話すべきだと思うのだ。

 カタリーナはどうしたのか。

 どうして火事の館の中にまで来たのか、どうしてサリカを探しに来てしまったのか。


 でも何も言えない。

 助けに来てくれた。ラーシュの腕が伝える、もう大丈夫だという安心感に、サリカの体が緊張を解いてしまうのだ。


 怖かった、辛かった、死にたくなんてなかった。


 意地を張って認められなかった言葉が胸の中を渦巻く。

 やがて顔を上向けられて、少し煙とともに飛んできたのだろう、煤が頬についたラーシュと目を合わせる。


 そのまま何も言わずに、ラーシュに嗚咽までも遮られた。

 死にかけの体に、命を吹き込むような口づけに、サリカはめまいがする。

 生き返らせようとしているのか、おぼれさせようとしているのかわからなって、どっちかにしてと言いたくなる。


 でも離れてほしくない。

 一瞬だけ息継ぎをするようにラーシュが引いた瞬間、無意識に追いかけると、もう一度口づけてくれる。


 なぜ、ラーシュが恋人の振りなど必要ないのに口づけたのか、とは思わない。

 前よりも強く繋がっている心が、サリカの心に一つの感情を満たしていくから。


 会いたかった。

 死なせたくなかった。

 生きていてくれた。

 ――そして泡のように広がるのは愛しいと思う気持ち。


 たぶん、ラーシュにも伝わってしまっている。

 そういう感覚があるのだ。たぶん、これがラーシュ二号の言っていた『契約』の効果なのだろう。より強く、影響を及ぼせるようになった分だけ、サリカのこともラーシュに筒抜けになってしまっているのだ。


 けれどそれを恥ずかしいと感じることすら、酔ったように何も考えられなかった。

 やがてサリカから顔を離したラーシュが言う。


「もう、泣き止んだか?」


 うなずいたサリカを、ラーシュが抱きかかえて立ち上がった。


「燃え落ちる前に出る」


 先程までの時間を、忘れたかのようなあっさりとした態度で言って、ラーシュが走り出す。

 一方のサリカは、ラーシュがまずは脱出を優先させるべきと判断した事を感じながら、辺りを見まわした。


 閉じ込められていた部屋は、幸運にも煙が入り込んだだけで、火が回ってはいないようだ。けれども廊下は、カタリーナが火を付けた場所からそう遠くないせいか、壁を焼く赤い色が見える。


 ラーシュはサリカの能力の影響を受けてか、崩れ落ちてきた天井を難なく避け、まだ火が回っていない二階部に跳躍し、そこから窓を破って外へ出た。

 着地したそこで、火から逃げる途中だったのだろう館の使用人達が呆然とラーシュを見ていた。


 自分の力が途切れたので、しっかりと眠らせたクリストフェル以外は目を覚まして脱出したのだろう。巻き添えになった人が無事だったことにほっとしていたサリカは、そのまま館の裏へとラーシュに連れ去られる。

 まず自分を逃がすつもりなんだと思ったサリカは、ラーシュに言う。


「待ってラーシュ。カタリーナは!?」

「負傷させた、すぐには動けない」


 だから今は放置しておいてもいいと言うラーシュに、サリカは首を横に振る。


「今決着を付けよう。後でどこへ行ったかわからなくなって、あんなのを野放しにすることになる方が問題だわ!」


 ケイラは身動きできなくした。

 しかしカタリーナは逃げることができる。彼女なら、出会う人を自分の力で操って、どこかに潜伏することなど造作もないのだ。

 そのうちにまたクリストフェルのような人間を見つけたり、ラーシュのような人間を取り込みでもしたらまた面倒なことになる。

 他にも被害者を増やすことになるのだ。


「しかしお前の体は!? 薬のせいなんだろ。煙に紛れても匂いは残ってた」


 ラーシュが心配する通り、サリカの体はまだ薬の影響が残っている。正直なところ、腕も上手く動かせない。ラーシュに下ろされたら、座っているのが精一杯だろう。

 しかしサリカは首を横に振った。


「大丈夫。信じて」


 正直なところ、意識さえあれば体が動かなくたってどうにかなる。

 それがサリカの力の強みなのだ。

 ラーシュ二号が何かをしたのか、それとも……彼の言っていた『契約』のせいなのか、サリカは意識せずとも強くラーシュと心が結び合わさっていることがわかるし、自分一人では打ち払えなかった麻薬の影響も、精神にだけは影も形も無くなっていた。

 だからラーシュに言う。


「分かるでしょう?」


 お互いの感情が、心の中を行き来する、わずかにくすぐったい感覚が走る。

 サリカの真意を確認するようにラーシュの意識が心に触れ、サリカはそれを追い返すように強く、彼の心に自分の意思を突きつけた。


「……強情な」

「元からでしょう?」


 そうして抱き上げられた状態のまま、二人は視線を合わせる。


 ――次の瞬間には、ラーシュがその場から跳躍していた。


「……っ!」


 風圧に息が詰まったサリカだったが、繋がった心が全てを一気に伝えてきた。


 危険。

 誰かの襲撃。

 自分と同じ素早い攻撃ができる者など、一人しかいない。


 研ぎ澄まされたラーシュの感覚が、背後に回った者を感知する。

 振り返ったサリカは、自分に迫る刃と、それを受け止めたラーシュの剣の向こうに、血まみれのままぼんやりとこちらを見つめるケイラの姿を見つけた。

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