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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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63 選び取るもの

「意外に面倒ね……」


 幽霊達のつながりから見える外の状況に、サリカは顔をしかめていた。

 ラーシュの叔母、カタリーナの力はサリカより弱いようだ。

 それでも同じ能力を持っているだけあって、幽霊達が取り込もうとしてもなかなか上手く行かない。むしろ言葉で打ち払われる。


「来ないで!」


 カタリーナの言葉に、蛍の光や、白い煙に自らの顔を浮かび上がらせた者達が逡巡する。

 その間にカタリーナはまた逃げ、足並みを乱していた幽霊が追いかけ始めた。

 完全に捕まえられず、逃げおおせることもできないという、いたちごっこになっている。


「早く……」


 サリカは焦る。

 精神に影響を及ぼす系統の薬が効かないサリカだが、さすがに「そういう」体質だとわかっている相手が仕掛けた薬だけあって、じわじわと影響が出始めていた。


 頭が上手く回らない。

 この状態を維持し、カタリーナの様子を見つめることも億劫になってきている。

 重石をぶら下げているような体のだるさが、もどかしさを助長させた。

 それを象徴するように、砂原に囲まれた心象風景の中、足首まで砂にめり込み始めている。


「その子を、先に」


 サリカはカタリーナではなく、ケイラを先に取り込めと指さす。

 何体かの幽霊が、サリカの意図を聞き届けて動いた。

 逃げるカタリーナ達を追っていく幽霊達の姿が溢れた廊下は、火事で煙が充満したようになっているが、そこから何本かの白い腕が伸ばされる。

 さすがのカタリーナも、ケイラを失っては自分に分がないと察したのだろう。


「なんでまだ薬が効いてないのよ!」


 苛立って叫びながら、カタリーナは硝子を割るような音を発生させた。白い手の輪郭がぶれ、煙の中に一時とりこまれる。


 サリカの側にも、一瞬だけ数体分と繋がりが途切れた反動が返ってくる。胸を突かれたような衝撃に、一歩右足を下げて耐えた。


「生粋の死神を侮りすぎていたということ? 忌々しい!」


 カタリーナは毒づきながらも無様に走る。その後を追うケイラを連れて。


「まぁ、効いてはいるんだけどね……」


 サリカの足は、かかとが完全に砂の下に隠れた。


「でも、全く対抗する相手が居ない場所で、裸の王様をやってた相手に負けてなるもんですか……えっ?」


 幽霊の意識を通して視たカタリーナが、暗い一階の廊下に設けられた燭台を手にして、幽霊達に投げつけた。

 幽霊はほんの少し戸惑ったように煙をゆらめかせ、また元のようにカタリーナを追いかける。

 それを二度繰り返した末に、カタリーナは考えついてしまったようだ。


「……全部、燃えてしまえばいいのだわ」


 走り続けて結い上げた金の巻髪はほつれ、息を切らせて口を開いているカタリーナの表情は険しく、まるで暗闇の森に棲む魔女のような形相だった。

 しかしその目は勝利の予感に輝いていた。


 カタリーナは壁にうがたれた棚から燭台を掴み取ると、蝋燭を火が消えないように、目に着いた布へとかざした。

 階段の踊り場にある、大きな明かり取りの窓にかかるカーテンは、炎を写し取るようにその身を燃やし、なめるように広がる炎が、建物の柱を焼き始める。

 さらに逃げながら、カタリーナはエントランスに置かれた木製の飾り棚に火をつけ、最後に木の柱に沿え置いた。

 一階の床は石作りでも、他の部分は木造だった館は、三カ所から広がる炎に黒ずみ、じわじわと燃え広がり始める。


「……っ」

 カタリーナの哄笑に、サリカはほぞを噛む。

 おそらくは、幽霊達を退けながらサリカの元へ行き、直接サリカの息の根を止めることは不可能だと考えたカタリーナは、間接的にサリカを殺すことにしたのだ。


 眠りに落ちた使用人達やクリストフェルをも巻き添えにはなるが、サリカを焼き殺せば幽霊達はカタリーナを追いかけてはこなくなるから。


 これでは自分が焼けるのが先か、カタリーナを捕らえるのが先になるか、ぎりぎりの状況になってしまう。

 しかもカタリーナは、もう外へと飛び出そうとしていた。


「逃げる時間は……」


 サリカはもう、普通に目を覚まして行動することができない。

 麻薬を吸い込みすぎて、この精神世界から出てしまえば、サリカの心も体同様に麻薬に支配され、完全に意識を失うだろう。

 一瞬、眠りに落ちた自分を飲み込む炎と、焼けた梁と天井が落ちてくる想像をして、サリカは身震いした。


「でも、仕方ないわ」


 唇を強く噛む。

 逃げられないのなら、どうやっても助からないのなら、やるべき事は一つだ。


「これさえ完遂できれば、悔いとか……ってないかも」


 ようやく、これで自分にできなかったことを達成できるのだ。

 サリカのせいで誰かを傷つけることもなくなって、そして持っている力で誰かを守れる。

 もう、このカタリーナのせいで発生する犠牲は無くすことが出来るのだ。

 だから満足できるのではないだろうか。


 そう考え始めていたサリカは、自分でも気づかずにいた。いつも考えずにいられなかった、エルデリックのことを思い出さなかったことを。

 ただカタリーナを倒して、その結果救われる人がいることだけが、頭の中にあった。


「道連れにするわ」


 一人でなんて死んでやるものか。だからサリカは命じ、再び青白い手が、しゃれこうべの顎が、外へ足を踏み出したカタリーナに迫っていく。

 振り返り、悔しげに唇を引き結んで更に走り出そうとしたカタリーナは、十数歩でその足を止め、赤く塗った唇を笑みの形に変えた。

 サリカは息をのむ。


「ラーシュ!」


 なんで。なぜここにいるのか。

 雨に重たく濡れた黒い外套を羽織ったラーシュが、カタリーナの視線の先にいた。

 庭を漂う幽霊が、ラーシュに向かって行くのを見て、サリカは慌てて全ての命令を取り消す。

 このままではラーシュまで無防備に眠らされてしまう。


「……っ。我に代償を置いて去れ!」

 

 サリカの悲鳴のような指令に、館の外に立ちこめはじめた靄のごとき幽霊達が、少しずつ拡散して姿を薄れさせていく。

 代わりに、重くなる心。他者の怨嗟の声と嘆願の声が降り積もり、砂を詰め込んだように辛くなる。

 接触したのが死霊だからこそ、彼らの存在を保つ強い想いがサリカに流れてくるのだ。

 同時に、さらさらと砂が降り積もり、さらに足が埋まる。

 その様子に自分の残された時間を感じながらも、サリカはラーシュに逃げてと言いたかった。


 このままではカタリーナに支配されてしまう。

 そしてラーシュも、カタリーナの姿に目を見開いて立ち止まってしまっている。

 このままではだめ。

 頭から血の気が引く感覚に襲われながら、それでもサリカは思い出し、選択した。


「ラーシュ。戦いなさい」


 ――他の者の支配下にあれば、別の者に支配されることはない。


 カタリーナ自身が言った言葉が真実なら、ラーシュを今すぐにカタリーナの支配から守る手段は、これしかない。

 少し遠いけれど、慣れ親しんだラーシュの精神に、サリカの声が届く。

 一瞬だけ、とまどいと、安堵する気持ちがサリカにも逆流してくる。


「心配……してくれたんだ」


 ほっとしながらも、今度はラーシュの意識と心をつなげてその目に映るものを視る。

 悔しげに目をつり上げるカタリーナの表情に、サリカはラーシュを守るのだけは間に合ったと察した。

 けれど焦りは消えない。

 心象世界の砂原は、サリカの足をふくらはぎまで覆い尽くしていた。


(このまま……私が意識を手放すまでが、限界)


 ラーシュが勝つのが先か、サリカの支配が解けてしまうのが先か。それよりも先に、炎が回ってサリカの人生が強制終了されてもラーシュは「サリカの支配下にある」という補助を失うのだ。


 胃が縮むような感覚とともに、サリカは緊張する。

 でももう、これに関してはサリカにできることはない。媒介者となる幽霊達を解放してしまった後では、力を届かせることもできないのだ。


 全てラーシュに任せて、見守ることしかできない。

 この場を打開することも、彼を縛っていた相手を倒すことも、ラーシュが全て自分でやらねばならないのだ。


 ラーシュが剣を抜く。

 その前に立ちふさがったのは、カタリーナの命令で動いたケイラだった。

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