56 許可は約束と引き替えに
夜の遅い時間に、サリカは王子の伝言を持っていくという体裁を作り、フェレンツ王の執務室へ向かった。
このところ進んで能力を使用しているサリカは、フェレンツ王の部屋の中に誰も居ないのを能力で確認してから部屋の前に立つ。
エルデリックについてきてもらうのならば人払いもしてもらえるが、サリカ一人だけではそうもいかない。なのでフェレンツ王が一人きりになるのを少し離れた場所で待っていたのだ。
いつも通りにすまし顔で、扉の前にいる衛兵に在室の確認をする。
すると衛兵が扉を叩き、小さく開けて中にいるフェレンツ王に声を掛けた。
「陛下、エルデリック殿下の侍女が来ております」
「入らせろ」
短い言葉を受けてサリカは入室し、衛兵が扉を閉める。
広めの居室にある大きな机で、一人書き物をしていたフェレンツ王は、ややあってからペン立てに筆記用具を置き、インク壺の蓋を閉めてサリカへ向き直った。
遅い時間でもあるので、フェレンツ王も昼日中よりは簡素な衣服を着ている。いつも外套まで羽織り、宝石も煌びやかな装飾品を身につけて隙のない格好をしている王のくつろいだ姿というのは、サリカにとって懐かしい雰囲気が感じられるものだった。
小さい頃、もっとみすぼらしい旅人の装いで家を訪問してくれた時のことを思い出すからだ。
幼少期はフェレンツ王の素性を知らされなかったので、本当に親戚のおじさんだと思っていた。サリカがちょっとユカイな両親の、他の大人達と違う点に気づいてしまった後は、常識人の親戚がいて良かったと心底思って懐いたものだった。
(思えば遠くへきたもんだ)
サリカは回想とともに思う。
やや異常な両親の仲の良さは素敵だと思うし娘を思う気持ちは有り難いものの、こうはなるまいと思って居たのに、今や「下僕にしてくれ」などという変態と係わるようになってしまったのだから。
しみじみとしながら、サリカは手紙をフェレンツ王に手渡す。
座ったまま手を伸ばして受け取ったフェレンツ王は、封を開けて中を見た後、ふっと笑う。
「君はもう、エルデリックの予定について聞いているかな?」
「はい、南のエルデーディ侯爵家、西のセネシュ伯爵家などから、ご訪問頂けるよう誘いを受けております」
フェレンツ王は「うん」とうなずいて言う。
「そろそろ、あの子も子供同士で慣れただろうし、一度各家の領地を見て回る必要があるとは思っていたんだ。本当なら私が視察に行く度に連れて行ければ良かったのだけど、まずは訪問先の人間に、あの子を理解してくれる人が居ないと難しいからね」
多人数の従者を連れて行けば、生活には困らないだろう。
けれどそうして貴族の領地を訪れても、交流ができなければ意味がない。ただ寝泊まりする場所が移っただけということになってしまう。
訪問するのは、いずれ国王になるために必要な事だからだ。交流ができなければ意味が無い。
けれど学友という形でエルデリックの状況に慣れた人物がいるならば、領地での交流もそれなりの効果が見込める。
「それで、用事はエルデリックの手紙だけかな? 君自身の話もありそうだけど」
話題を変えたフェレンツ王に、サリカは小さくつばを飲み込む。
「殿下の視察に、お供させて頂きたいのです」
「……サリカ」
フェレンツ王が眉をひそめた。
「君は状況がわかっているのか? 城外に出たら、今以上に警備が薄くなる。城の中だからこそ、敵も出入りできる者に内通者を作って事を起こすという手間をかけている。でなければ毎日なにかしらの方法で、君が襲われるだけだよ」
敵のつけいる隙があっても、まだ城の方が安全だ。
そう言って考え直すよう諭してくるフェレンツ王に、サリカは言う。
「だからです。わざと『敵を呼び寄せて捕獲』したいのです、陛下」
サリカの発言に、フェレンツ王は思わずといったように席を立つ。そしてサリカの前へ移動しながら叱るように言った。
「君は、囮になるというのか? そんな危険な真似――」
「囮だけではありません。捕まえるんです。ただ、近づけばその時点で無差別に捕まえることになるので、城の中でその方法は使えません。なので一人だけ私を離れた場所に隔離してほしいのです。その途上で殺されては意味がないので、視察に同伴という形をとらせて頂きたいのです」
このままでは犯人も見つけられない。これ以上誰も巻き込みたくない。
なにより、毒に倒れたせいでラーシュはこれまで以上にサリカへの護衛として張り付き、そのうちに同じように倒れるかもしれないのだ。
それがたまらなく嫌だった。
あんな可哀想な目にあった人に、トラウマを思い起こさせるような薬を使う相手と係わらせるなど、サリカには我慢できない。
とはいえ祖母のような絶大な力などないサリカが確実に敵を捕まえようとするなら、何かしら欠点が生じる。例えば無差別に能力を使ってしまうようなことだ。
サリカは自分の案を、驚きに立ち尽くすフェレンツ王に話し続ける。
「祖母が戻るまでにはまだ時間がかかります。けれど母を介して、連絡してくださったので、そう長くはかからないでしょう。けれど代わりに、それだけの時間があればまた私を攻撃してくるはずです。だからその裏を突きたいのです、陛下。私はやってくる相手を捕まえて、祖母が来るまで誰にも邪魔をさせないようにしたいのです。それなら、間違いなく敵のことを祖母が解き明かしてくれるでしょう」
敵は襲撃する度に、その大元を隠すために手駒を始末している。
今となっては、郊外で襲撃された時に馬車ごと敵を谷底へたたき落としたのを悔やむほどだ。
この件を解決するためには、黒幕を暴くしかない。それにつながる者を捕らえ、誰にも手を出せないようにする必要があるのだから。
そのために、今回の策で敵につながる人間を捕らえるつもりだった。
珍しく険しい表情になっていたフェレンツ王は、やがてサリカを促した。
「君がそこまで自信を持って勧める案の、詳細を聞かせてくれるかい?」
サリカはうなずいて、自分がやろうとしていることを説明し、それから言った。
「……殿下のご出発準備に数日かかりましょう。出発後は殿下の側を離れないようにします。敵が王太子妃の座を欲しがっているだけあって、今まで殿下の側に居るときには狙われていません。だから移動中の安全が確保できるはずです。その途中で、どこか逗留する場所を借り上げて下さい。周囲に人家がない場所を。そこに私を置いていって下さい」
「……それで、何日待てる?」
「食べるものがあれば一週間はいけると思います。祖母の帰還日数から考えると、三日ほどで事が済むと思っています」
「三日も、君を一人にするのか……」
「どうかお願いします、陛下。祖母が来てくれるのが早ければ、ほんの少しの時間で済むでしょうか……わっ」
再度頼み込もうとしたサリカの言葉が途切れる。
顔が、目の前にいた人の服にあたり、抱きしめられた腕のせいで、胸に押しつけられるようにして口が塞がれてしまう。
突然抱きしめられたことに驚いたサリカは、何がどうしてこうなったのかよくわからない。
ただ、フェレンツ王がとてもサリカを心配してくれているのは伝わる。
だからこそだと思う。フェレンツ王の声は、柔らかくも決してゆらがないのに、どこか気弱げで不安そうに聞こえた。
「なんでだろうね。君たちの戦いは必ず最後に、君たちを一人にしてしまうことになる。君のお祖母様もそうだった。自ら戦場に立って、しかもそんな彼女を止めることなど誰にもできなかったんだ。彼女にしかできないことが多すぎて……」
フェレンツ王はたぶん、その頃にも悔やんだのだろう。友達を助けることのできない苦悩に苛まれて。
やがてフェレンツ王はため息をついた。
「それでも最後には、私は君たちの自由にさせることしかできないんだ。……君のお祖母様であるサエリの時もそうだったよ」
降参というように両手を軽く挙げてサリカから離れたフェレンツ王に、サリカは顔に喜色を浮かべた。
「……それでは、お許しいただけるのでしょうか」
三代に渡って、サリカ達の我が儘を聞き続けてくれているフェレンツ王は、顔に諦めたような笑みを浮かべていた。
「確かに、こちらも手詰まりは感じていたんだ。ある程度、君からもらった情報から相手を絞ったのだけれどね。裏を取るにはもう少しかかるだろう。その間に被害が出るのは避けたいんだが」
心配だよ、とフェレンツ王はサリカに囁く。
「君のお母さんだったら止めないんだろうけどね。逆に自由にさせておいてもいいかと思えてしまうところが、まぁすごい人だよ」
そう言ってフェレンツ王が笑うので、サリカは恥ずかしくてうつむく。
(お母さん……陛下にまで一体何してきたの……)
あちこちで聞く母の噂は、どうも悲壮感とは縁ができないようで、たいてい放って置いても心配ないという結論に落ち着くらしい。サリカはいつも、それをうらやんでいいのか不安がって良いのか、いつも微妙な気分になるのだった。
とにかく、サリカの主張は認められた。
あとは、フェレンツ王にうなずいてもらわなくてはならないことがもう一つある。
「陛下、もう一つお願いがあるのですが。……ラーシュは置いていきます。そして私の行き先については知らせないで下さい」
サリカの言葉に、当然のことながらフェレンツ王は顔をしかめた。
きっと数日後にはラーシュも身動きがとれるようになる。だからラーシュぐらいは側に置こうと考えていたに違いない。
「それでは君の護衛が……」
「必要ありません。むしろお話した事を実行するなら、居て貰っては困るのです」
それに、とサリカは続ける。
「ラーシュに今度こそ万が一の事態があったら……隣国との関係上、問題があるのではありませんか? 彼がいるからこそ、有利な条件が保たれている部分があるのでは」
ラーシュをこの国へ逃したのは、彼の伯父。それは隣国の国王だ。直接国の王が甥を匿うよう要請してきたのだから、フェレンツ王も国主としてただでは引き受けていまい。何かしら取引をしているはずだ。
「サリカ、なぜそれを……と聞くのは無駄だったね。君たちには」
フェレンツ王は困ったように笑う。
「けれど君の存在には代えられない。君のことを、お祖母様から守るよう約束させられているんだよ」
「お祖母様はそう言うでしょう。けれど私の存在は、国と引き替えにできるものですか?」
サリカの言葉に、フェレンツ王は口を噤む。
それを見て、サリカはフェレンツ王が国主らしい判断をできることに、当然だという思いと、少し寂しい気持ちを感じながら続けた。
「ラーシュという人質がいるから、ステフェンスとの関係も相手に譲歩させることができている面があるのではありませんか? だから危険だと思いながらも引き受けた。違いますか?」
ステフェンスとバルタは、ずっと小競り合いを続けてきた国同士だ。
それがここ最近は穏やかな関係を保っているのも、ある程度はラーシュという存在を受け入れているからこそ、ステフェンスの王が配慮している部分もあるはずだ。国としては、サリカよりもラーシュの存在の方が今は役に立っているだろう。
だからサリカは言った。
「この国のためには、ラーシュの存在は欠かせないでしょう。私も、また両国で戦争が起こって、祖母のように戦うような状況になるのは嫌です。そして私では、祖母のように戦況を代えるほどの存在にはなれません。国を保つためにも……失敗してもしなくても、私一人にここは任せて頂きたいのです」
そこまで聞いて、フェレンツ王は再び黙り込む。
一度目を閉じてため息をついたフェレンツ王は、目を開いた時には苦笑いを浮かべていた。
「……君のお祖母様に、もう一つ言われていたことがあるんだ」
小さなため息をついて、フェレンツ王は言った。
「君が絶対に譲らないという場合は、好きにさせてあげてほしいと。……そう言う理由はわかってるつもりだよ。君たちは大抵、こうと決めたら絶対に譲ってくれないんだ。だから一つだけ約束してほしい」
まっすぐに見つめてくるフェレンツ王の目を、サリカは受け止める。
「決して死なないこと。それを最優先にすると約束してほしい。君は私にとって、大切な存在なんだからね」
小さな頃から知っている相手にそう言われ、サリカは祖父母に頭を撫でられた時のような面はゆい気持ちになりながらうなずいた。
「はい、できるだけ頑張ります」




