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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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54/84

53 呼びかける名は

※人の殺傷や一部児童虐待等表現がありますのでご留意下さい。

 幽霊。

 サリカにとってそれは、肉体を失った精神の残滓だ。

 生きていた頃のように感情を持ち、考える者もいれば、強い気持ちだけ残った者、そして強い感情が複数合わさって積み重なった者もある。


 サリカにとっては普通の人のように怖いモノという認識はない。けれど、能力を使えば人の心と同じようにその存在を関知することもあるので、時々どっきりさせられる相手だ。

 その幽霊がラーシュの中に住んでいるということは……。


「憑依してるってこと?」


 そう言えば、ラーシュその2は違うとも違わないとも言えない曖昧な笑みを浮かべる。


「んー、幽霊(レーレク)って表現が可笑しいのかな。精霊(セレム)? だから憑依してるっていうよりも、同化してるというか……。だから私は『ほぼラーシュ』ですよ。別個体としてくっついているわけではないのです。まぁ、分離可能ですし、死ねば彼とは別個体になりますけれど」

「どういうこと?」


 問いかければ、ラーシュその2はふっと上を見上げ、それからサリカに言う。


「それはたぶん、我が主が知りたいと望まれた、宿主の過去にあるのではないかと……。だからご案内しましょう我が主。始まりの物語の舞台へ」


 その言葉とともに、頭上から白いベールが降りてくるように風景が移り変わる。

 白い紗は次々に重なって、明るい日差しが降り注ぐどこかの屋敷を映し始めた。


(ラーシュが……夢を見始めたんだ)


 そう理解したサリカは、明るい景色の中に自分を溶け込ませるようにしてその夢を追った。

 

   ***


 周囲の木々は枝葉まで妙に高さがあり、地面や草のようすが良く見える。

 何より手をつないだ相手の背の高さ。

 灰色がかった髪の母親だと思われる綺麗な女性は、背景の館から推測しても、平均的な身長のようだ。


 だからサリカにもわかった。

 これは小さな子供の目線から見た景色だ、と。

 突然に始まったこの夢の主は、ラーシュだ。だからこれは、ラーシュの目が見た記憶なのだろう。


 幼かった頃のラーシュは、母親と幸せに暮らしていたようだ。向けられる母親の笑顔も優しく、ラーシュを愛していたのだろうことがわかる。

 裕福なのは、公爵家で生まれ育ったからだ。そして母親は降嫁した王女で、父親である公爵が亡くなった後も母親とラーシュは大事に庇護されていたことが、サリカの心にも伝わってくる。


 けれど幸せそうな光景は一瞬にして変わる。

 見知らぬ大人達が、ラーシュと母親を連れ去ろうとするのだ。

 夢だからか、入れ替わり立ち替わり、逃げても逃げても別な男達が立ちふさがる。

 時には護衛の兵士らしい者が、そして屋敷に仕える召使いや従僕のような者が彼らを追い払う。


 そのときのラーシュには、母親共々狙われる理由がまだ分からなかった。母親の方も訳がわからなかったようで、夫が先に逝ってしまったことを嘆きながら、家人に慰められているシーンもあった。


 けれどとうとう、夜半にラーシュは連れ去られそうになる。

 奪い返そうとする乳母らしき女性は凶刃に倒れた。騒ぎを聞きつけてきた従僕も突き倒され、泣きながら追いすがろうとした母親にまで刃は向けられる。

 母親は殺されて、ラーシュ自身は連れ去られようとしている。

 その状況でラーシュは悟った。狙われていたのは自分で、母親はその巻き添えにされそうになっていると。


 ラーシュはせめて母親を庇いたかった。

 自分に力があればと願って、願って、その願いに母親が命じた。


 ――逃げなさい、と。


 とたん、体の中心から何かがあふれて、ラーシュの意識を押しのけた。

 それはラーシュの中に引き寄せられた、もう一人の人格だ。 

 自分の口が母親へ向かって「我が主よ」と呼びかけ、意思に反して体が言われたことを実行することに、ラーシュは驚く。

 自分を捕まえていた背後の大人を軽々と振りほどき、ラーシュは軽々と三階のバルコニーから屋敷の外へと降り立った。そのまま走って走って……。


 ふと、ラーシュが体の支配権をとりもどしたと気づいた時には、屋敷の姿など見えない、近くの町中まで逃れてきていた。


 ラーシュは急いで屋敷へ戻った。

 自分一人が逃れた後、母親達はどうなったのか。

 もしかすると標的だった自分がいなくなったからと、母親達のことは捨て置いて、自分のことを探しているかもしれないとも思った。

 けれどまだ五歳の彼には、家に戻る事以外どうしていいのかわからなかったのだ。


 そうして屋敷へ帰ってきたラーシュは、惨殺された母親達の姿を見つけ――話を聞いて駆けつけたという、母とそう年齢の変わらない大叔母に保護されたのだった。



 サリカは呆然としてそれを見つめていた。

 故郷を捨ててきたというから、後ろ暗い事があったのだろうと思っていた。フェレンツ王が頼まれたというのだから、他国の王族が関係することも察してはいた。

 けれどこんなにも、酷い目に遭っているとは思いもしなかったのだ。


 それはラーシュが何も気にしていないように過ごしていて、サリカが何か変なことをしたら普通に怒るし、笑ってくれたからだ。

 こんな出来事があったのだとしたら、ラーシュを従わせることができるサリカをもっと毛嫌いしてもおかしくないのに、彼はサリカのためにかなり気を使ってくれていたのだ。


 そこでふと思う。

 幽霊だという存在とラーシュの始まり、のことを。


「ラーシュが望んだから……?」


 だからラーシュその2は、ラーシュに引き寄せられたのか。


「でもどうして。ラーシュの何が、貴方を引き寄せたの?」


 ラーシュのように願う人ならば、星の数ほどいるだろう。けれどこのラーシュその2が選んだのはラーシュだけだった。

 問えば、ラーシュその2の声が聞こえた。


「主はおかしいと思いませんでしたか? 普通には聞こえないはずの、さして強く呼びかけたわけでもない声を、敏感に聞き取る私のことを。……そう、同じ能力を持っていれば、可能なはずのことです」

「ラーシュも、私のような死に神の血族だというの?」

「元から、ステフェンス王家にはその血が眠っていた。ラーシュの母親もまた、薄くその血を発現させることができた人だった。そして私はその血に惹かれ、つながる者。その声を聞き取れるだけの能力がある者としか、つながれないのです」


 条件に合致したからこそ、ラーシュその2はラーシュに引き寄せられた。


「私の力は主を守る力。だからこそそれを願う者と同化するのです。けれど彼の場合、それが良かったことなのかどうか……」 


 不吉な言葉に、サリカは夢として再生されるラーシュの記憶に意識を向ける。

 大叔母に引き取られてからのラーシュは、幸福とは縁遠かったようだ。

 大叔母の家というのはどこかの城のようで、豪奢で暖かそうなベルベットの衣装をまとっていることといい、裕福な人だったのだろう。

 顔立ちが似通って見えるのも、間違いなく親戚だからだ。


 けれどその大叔母は、優しさからラーシュを招いたのではなかった。

 最初こそおびえさせないように懐かせ、王からの使者に後見になることを申し出て、ラーシュが了承する様子を観察させた後、王から後見を許可する書状を受け取った彼女は豹変した。

 艶やかな金の巻き髪を結い上げた彼女は、赤く塗った唇を笑みの形に変える。


「こんな小さな子供でも『騎士の能力』があるのなら、本当に大人以上の力を発揮できるのねぇ」


 そう言って笑う彼女の前に、呆然とラーシュは座り込んでいた。

 彼は大広間らしいその場所の壁面にはめ込まれた、大鏡に映った自分を見つめていた。

 貴族の子供らしい仕立ての良いチュニックも白いシャツも全て赤く染まっていて、離れた場所に投げ出された剣は、持てば手が滑るだろうというほどに、血と油をまとわりつかせている。


 周囲にあるのは、血だまりの中に沈む『自分が』斬り殺した男女の遺体。

 その広間の隅には、死にたくないと泣き叫ぶ使用人らしき人間の姿がまだ三人いて。

 彼らを振り返ったラーシュは、怯えたように顔を青くする。

 けれど彼の主人だった大叔母は、拒否することを許さない。


「さぁ、もう少しあなたの能力を見せてちょうだい、可愛いヴィリアード。今度はあちらにも武器を持たせてみたの。あなたがどこまでやれるのか知りたいわ。……だから、あの不届き者を殺しなさい」


 命じる声が聞こえたとたんに、ラーシュの表情は失われ、投げ捨てた剣を拾い――


 ラーシュの大叔母は、どうやらサリカと同じ能力を持っていたようだ。

 はっきりと分からないながらも、それほど強い力を持っていたわけではないのだろうと思う。ある程度人を操れたようだが、ラーシュを頻繁に利用して政敵を殺していたことを考えるに、そのようだ。


 こんなことをして何をもくろんでいたのかと思えば、ラーシュの大叔母は、ステフェンス国内での反王勢力を駆逐しようとしていた、というのがラーシュの夢から読み取れた。

 当時のステフェンスでは、直系王家と傍系の流れをくむ貴族で火花を散らしていたようだ。


 立場を守るために戦っていたのは理解できるものの、その方法がどうしようもなくサリカをいらだたせる。

 自分たち王家が有する異常な力を見せて圧倒させるために、年端もいかない子供に人殺しをさせていたのだから。


 ラーシュも、この異常事態に怯えて逃げようとはしたようだ。

 けれど能力による『命令』がなければ、彼は小さな子供でしかない。

 すぐに捕まってしまう。


「だめよ、私の可愛いヴィリアード。私以外の人の指示も聞いてくれないと。だから、良い子になれる薬を飲みましょうね」


 そうして麻薬を投与される姿に、サリカは目をそらしてしまう。

 このせいで、ラーシュは今も昏睡状態のままになってしまっているのだ。

 思わず手をきつくにぎりしめるが、かといってこれはすべて夢の中の出来事。サリカが救えるわけもなく、夢の中に乱入したところでラーシュの心が混乱し、悪影響を与えかねない。


「ぼやぼやしてると、夢が終わってしまいますよ」


 ラーシュその2のささやきに、サリカは目の前の光景を振り切って行動を起こそうとした。

 でもとっさに、どう呼びかけを忍び込ませたらいいのかわからなくなる。

 どうしてもラーシュに優しい言葉を掛けたくなる。あり得ない事象がラーシュを救うこともなく、彼の精神の混乱を引き起こすだけだとわかっていても。

 そんなサリカの逡巡を察してか、背後で幽霊が笑った。


「いつものように、命じてみればいいじゃないですか、我が主よ。その声に宿る力は、私たちにとっては厳しくも甘美なる枷なのですから」

「命じる…あ」


 もっともラーシュを強く戒め、麻薬よりも強く作用するもの。

 それは能力者の命じる言葉だ。

 その内容を変えるのなら、引き込まれて沈んでいく意識を上向かせられるかもしれない。

 サリカはラーシュの大叔母が言葉を紡ぐ度に、少しずつ自分の言葉を混ぜ込もうとする。


「ヴィリアード、殺していらっしゃい」

『ヴィリアード、起きてちょうだい』


 サリカはここで初めて知ったラーシュの本当の名を口にした。

 新しい名前を名乗っていた彼が、もしかすると心底誰にも知られたくなかっただろうと思えば、昔の名前をサリカは口にする度苦い気持ちになる。


「ヴィリアード、戻っていらっしゃい」

『ヴィリアード、戻っていらっしゃい、夢の中から』


 じりじりとした気持ちで、サリカは少しずつ呼びかけを強める。

 何度か繰り返した末に、夢の中の十代にまで成長したラーシュがようやく周囲をふと見回すようになる。

 けれど幻だったと思ったのだろう。その頃には顔に張り付いてしまったけだるげな、諦めきった表情に戻りそうになる。


 それを見て、サリカは苛立った。


「もう大分、我が王家に逆らうような者はいなくなったわ」


 そう言って笑うラーシュの大叔母は、すでに十年近くの歳月が経った頃の姿だろうに、臈長けた美しさを身に纏って醜悪と紙一重の笑みを見せていた。


「貴方のおかげよ、ヴィリアード。でもまだまだ解放してあげない」

『ヴィリアード、もう解放されなさい』


 じわじわと急がずに。それを心がけていたサリカだったが、次のラーシュの大叔母の行動に目を見開く。


「私の愛しいヴィリアード。こんなに王家に貢献したというのに、お前の伯父上は私を邪魔者扱いするのよ。でもそんなお前の伯父上からも、私を守ってくれるでしょう?」


 そう言って彼女は、だらりと椅子に座ったラーシュにしなだれかかかるように抱きついてくる。


「ちょっ……」


 声を上げそうになった自分を慌てて止めたサリカだが、背後からラーシュその2がサリカを焚きつける。


「ほらほら我が主。負けちゃだめですよう。ただでさえ地味……いえいえ、控えめでいらっしゃるのですから。ほら体のサイズなんかも」

「私が地味だとか、言われなくたってわかってるわよ! てか、胸が小さいって言いたいの? 言いたいのね? この破廉恥下僕!」


 ついむかっとしてラーシュその2に怒鳴ってしまってから、サリカはハッと我に返る。

 見れば、大叔母に抱きしめられていたラーシュが目をまたたいてサリカの方を見ていた。サリカの声が夢の中のラーシュにも聞こえてしまったのだ。


「誰かが……」

「どうしたの?」


 夢の中のラーシュの大叔母は、当然ながら不思議そうにラーシュの様子をうかがう。


「誰もいないわ、私と貴方だけよ」

『ここにいるわ、私が』


 彼女の言葉に遅れてサリカが言えば、ラーシュは先程よりも顕著な反応をみせた。

 大叔母を振り払うように立ち上がり、周囲を見回した。


「ヴィリアード?」


 戸惑うように問いかける大叔母の声に、重ねるようにサリカは言った。


『ラーシュ』


 なぜかサリカは、もうヴィリアードとは呼びかけたくなかった。

 だってそれは、ラーシュが捨てた過去の名だ。なによりこの大叔母と同じ名前で彼を呼ぶ事がひどく嫌だった。

 そして明らかに他から聞こえた言葉に、ラーシュは問いかけてくる。


「誰だ。それは俺の名前か?」

「何を言っているのヴィリアード? 半分眠っているのではなくて?」


 笑って気のせいだと言うラーシュの大叔母を押しのけるように、サリカは願うように名前を口にした。


『貴方はたしかに眠ってる。だから目を覚して……起きてよ、ラーシュ』

「ラー……シュ?」


 彼が呟いた瞬間、夢の中の光景が白く塗りつぶされていく。

 ああ、目覚めるんだとほっとしたサリカに聞こえたのは、サリカの知らない男性の声。


 ――今日から君の名は、ラーシュだ。

 古い名前の君はもう居ない。君は今から産まれ直したんだ。

 だから全て忘れて、新しい人生を生きていいんだよ。

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