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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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49 黄昏の幻惑 3

 振り返ると、ロアルドが表情を消してじっとサリカを見ていた。

 それだけでこうなることをロアルドが知っていたのだ、とわかる。

 だから珍しく走ってサリカを探していた。

 けれどそれだけではない。サリカだけを引き留めて食事に何かが入れられたことを、ロアルドは誰にも知らせなかった。


(それは私を殺そうとした人を守るため? なのに私だけ無事で、ティエリ達まで巻き込んで、ラーシュが……)


 サリカはぐっと唇をかみしめた。

 そしてティエリから手を離し、自らの能力を全開にする。


 ラーシュはどこだ。

 意識を失ったのなら医師のいる棟なのか。

 それとも食事をした人間全員がこんな状態ならば、医師がどこかに呼ばれて、ラーシュともども一カ所に集められようとしているのか。

 食事というならエルデリック達は無事なのか。フェレンツ王は……。


 全てを知るためにサリカは能力の及ぶ限り、城の中にいる人々のことを調べようとする。

 少し離れた場所でへたりこんでいるのは騎士達。

 更に先には、サリカは食事をとりにいくはずだった部屋。

 もう一つの視界へ集中したせいで、サリカが呆然としたまま無言になってしまったからだろう。


「サリカ……?」


 ティエリが不安そうにサリカへ少し身を乗り出す。

 彼女と一緒に空気が動き、花の香りが鼻先をくすぐる。

 ふいに黄昏色に似たティエリの衣服に目を奪われ、次の瞬間、サリカの視界が急激に広がった。


 一気に部屋が草原ほどの広さになったような感覚に、サリカは一瞬自分を見失いそうになって慌てる。


「……っ」


 息をのみ、震える心臓をなだめてサリカは落ち着こうとした。

 目に映る人の存在を表す光が増え、触れてもいないのに聞こえ始めるざわめき。

 そこに嘆きの声を見いだす。


 ――ごめんなさい、ごめんなさい

 ――殺したいわけじゃない。けれど、貴方がいては……


 聞き慣れた声。

 そちらへサリカは手を伸ばし、触れて場所を特定する。

 あまりに長い時間問いかけに答えなかったために、ロアルドまで心配をしてサリカに手を伸ばそうとしたそのとき、サリカは彼の手を払って立ち上がった。


 そのまま無言で走り出す。

 自分を呼ぶ声が聞こえたが振り返らない。


 急に鋭敏になったサリカの能力で見たことから推測して、ロアルドが庇ったのは女官長だとはわかった。

 現場を見られていなければ、女官長はやっていないと言い逃れができる。だからサリカを救おうとしつつも、女官長を守ろうとした彼は、サリカだけを遠ざけたのだ。

 理由はわかる。けれどサリカはロアルドに対して怒りを感じた。


(私だけ助けられてもどうしようもないじゃない!)


 それぐらいなら堂々とサリカ自身が毒をあおった方がマシだ。

 サリカは怒りにまかせて、走って走って、食堂近くの部屋にサリカは飛び込んだ。

 濃厚な香りに包まれた瞬間、はっと息をのんだ女官長の考えが伝わる。


(どうしてここに……!)


 女官長は驚愕に目を見開き、それからとりつくろうように顔を微笑ませた。


「ああサリカさん、実はラーシュ様がお倒れになったのよ。今あなたに知らせようかと思っていたのだけど」


 けれど心の中では、サリカがなぜ知ったのか。どうしてこんなに早くここまで来たのかを訝しんでいる。


(まさか、これがあの噂の能力の……)


 そして女官長が思い浮かべた一言に、サリカが唇を噛みしめた。


 ――ああ、やっぱり。


 サリカは絶望したい気持ちになる。

 一つ息をついて、一瞬固く目を閉じた後、サリカは女官長を見据えた。

 そこに、自分の上役への敬意は欠片もなくなっていた。むしろサリカ自身が女官長の命運を握る者らしく、見下すような視線で宣告した。


「女官長。今度ばかりは容赦できないわ」


 サリカが一歩近づくと、女官長はハッキリと表情を歪ませた。


「な、何を言っているのサリカさん……」


 何も知らないふりをして、ひきつった笑みを浮かべながらも、女官長は一歩後ずさる。その行動だけでなく、彼女の心の声が聞こえてくるのだ。


(まさか死神は心を読むって……まさか本当に?)

「それを知ったのなら、なぜ私を誤魔化せると思うの?」


 心を読んだサリカの言葉に、女官長は作り笑いすらできなくなる。息を飲んで、足が震えて立てなくなり、その場に尻餅をつく。


 サリカはその様子を、無感動なままに見つめた。

 心を読まれるのは、やはりそれほどに恐ろしいものなのだな、とか。これで女官長は自分を化け物のように恐れるようになるんだろうとか。そんな事を考えた末に「いや、それはないか」とサリカは呟く。


「全てを見せてもらった後、記憶を消せばいいんだもんね……でも、ごめんなさいね。私上手く使えないから、そこで人生終わっても許してくれる?」


 一歩近づいたサリカに、女官長がひぃっと喉を空気が通るような小さな悲鳴を上げ、限界まで目を見開く。


「痛くはないわ、大丈夫。眠るように忘れるか、そのまま死ぬだけだから。でも途中、ちょっと記憶がごっちゃになって精神的苦痛を感じるかも……でも刃物で刺されるより痛くないのは保証するから」


 サリカは自分でも気づかないうちに、笑みを浮かべていた。そうして手を伸ばす。


「さぁ、何をしたのか教えて下さいね。詳細をまず私に読み取らせてくれる?」

「まままままって! 殺さないで! 生きてる、まだ生きてるから!」


 サリカは眉間にしわをよせる。


「生きてる?」

「ど、どど、どくを飲ませろって。言われたけど、まだ半分だけで、死んでない……」


 その言葉を聞いた瞬間、サリカは女官長を突き飛ばして、ソファに横たえられたラーシュに駆け寄る。そして首筋に触れ、脈拍があることを確かめる。

 体温はやや下がっているけれども、毒の影響で汗が出ているせいもあるだろう。完全に命に別状はないわけではないだろうが、ほっとしたサリカは糸が切れたようにその場に座り込む。


「よかった、まだ生きてる……」


 うなだれて床に両手をつきかけ……サリカは転がるようにして横に避けた。

 石床に投げつけられた装飾品の壺が砕け散る。


「ばっ、化け物……っ! いなくなって! 消えてちょうだい!」


 既に恐怖で錯乱しているらしい女官長は、叫びながら手当たり次第サリカに投げつけてくる。壺からぬきとった花が足元に散乱し、ティーテーブル用の椅子が転がってくる。

 どれも投げ飛ばすには力が足りないようだが、無我夢中でサリカを排除しようとするほど怯えさせてしまったようだった。

 脅しすぎたか、とサリカはやけに冷静に考え、女官長に譲歩してみせる。


「解毒薬は? それがあれば貴方を見逃してあげてもいい」


 しかし女官長にはもはや何も聞こえていないようだった。

 投げるものがなくなると、床にへたりこんだまま後ずさり、隅で震えて頭を抱えてしまう。


 サリカはため息をついた。

 毒ならば一刻を争う。こつこつと足音をたて、女官長の側に近づいた。そして手を一振りした瞬間、女官長は意識を失ったようにその場に倒れる。

 気絶させてから、サリカはその場にしゃがみこんで女官長に触れるため手を伸ばした。


 記憶を覗き込むにはそうするしかない。

 そうして女官長の肩を掴もうとしたその時。


【サリカ!】


 叫んで、ぶつかるようにしてしがみついてきた小柄な人物。

 エルデリックだ。


【待ってサリカ、今殺しちゃだめ!】


 能力を使っている今、耳に響くかと思うほどはっきりとエルデリックの声が聞こえる。

 その声に我に返ったサリカは、自分の伸ばそうとした手と、やろうとしていたことを思い起こし、顔から血の気が引いて倒れそうになる。


「わた……わたし……殺そうと……」


 今、自分は女官長に触れて、記憶を漁り、そして全てを忘れさせるために、心を壊してもいいと考えていて……。


 サリカの体が震え出す。

 意図的に人を殺そうとしていた自分が恐い。

 でも、そうしないとラーシュが死んでしまうかもしれない。犯人以外の誰が、解毒薬の有無がわかるというのだろう。


【ラーシュが毒に倒れたんだね? 大丈夫、お医者がもうすぐ来るよ。それにサリカ、力を使うのならもっと落ち着いてからやるべきだ。でなければ殺してしまうし、君の力が他に人にもばれてしまうよ。だからまず、僕の方を向いて】


 サリカは、のろのろと自分を抱きしめるエルデリックを振り返った。

 見慣れた青い瞳が、今はサリカに真剣な眼差しを向けている。そしてサリカと視線が合った時、エルデリックはいつもの天使のような笑みを浮かべた。

 日常が戻って来たような一瞬。

 その時、サリカは凍り付いたような心がようやくほどけて、


「う……」


 エルデリックの小さな体にすがって唇を噛みしめる。

 そんなサリカをエルデリックは抱きしめ、頬をよせた。

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