4 お見合いは青天の霹靂
エルデリック王子には日課が多い。
歴史などの勉強、そして戦になった時に出陣することも想定し、剣の鍛錬も行っている。
筆談や身振りである程度の意思疎通ができるため、サリカは付き従う必要はない。
なのでエルデリックが居ない間には、着替えたエルデリックの服を洗濯所へ持って行ったり、衣服の点検をしたりしている。
あとは来客の応対もサリカ達女官の仕事の一つだ。
そんなわけで
「お客様がいらっしゃってるみたいですが」
と召使いの女性に知らされたサリカは、エルデリックへの来客だろうと思って客が待っているという場所へ向かったのだ。
その場所は王宮の正門近くの棟で、いつも来客を最初に通す場所だった。
まだ子供のエルデリックの来客といえば、剣の鍛錬を合同で行った貴族の少年か、誕生日のお祝いを持ってくる者ぐらいだ。
思うように話せないエルデリックでは、何かの集まりを主催するのも難しく、そもそも来客が少ない。バルタ王国唯一の王子なのでご機嫌をとり、縁をつくりたい者は沢山いるのだが、そうできないでいるだけなのだろう。
けれどエルデリックの誕生日はまだ半年も先だ。
何か祝うような事があっただろうかとサリカは首をひねりながら、王宮外縁の棟にある部屋に入る。
この棟は、一階から二階まで王族への来客を通し、もしくは宿泊させられるだけの部屋数がある。
国中の半数の貴族が集まっても大丈夫だ。
部屋の中は暖かな色の絨毯が敷かれ、えんじ色の布が張られたソファと流れる水を固めたような青い木目の美しいテーブルがある。
ソファに座っていたのは、金髪碧眼のほっそりとした青年だった。顔も中性的で柔和な印象を受ける上、まによりも男に対して使うのはどうかと思うが、美人だった。
(額に絵を飾っても恥ずかしくないくらい。綺麗な人だな)
サリカはそんな感想を抱く。
けれど、ときめきもしない。
恋愛をする気はないし、これだけの容姿の人ならば、逆にサリカ程度の容姿の女性など、テーブルの木目以下の興味しか抱かないだろうと思っているからだ。
なのでさっさと要件を切り出す。
「エルデリック殿下はただ今授業のお時間でございますので、女官である私が代理として参りました。本日は殿下にどのようなご用がおありでしょうか」
両手の指を組み合わせ、小さく一礼して言えば、なぜかその美人な青年は小さく笑った。
「いえ、私がお尋ねしたのはエルデリック殿下ではありませんよ女官殿」
低すぎない声での返事に、サリカは困ってしまった。
エルデリックを訪ねたのではないなら、フェレンツ王のお客だったのだろう。
召使いの女性が、案内してくれる部屋を間違えたのだろうか、と思いながらサリカは謝罪した。
「それは失礼いたしました。部屋を間違えてしまったようです、申し訳ございませんでした」
人違いならば、長居をしてはいけない。
本来の待ち人と鉢合わせては、さらに微妙なことになってしまう。
サリカは急いで部屋を出て行こうとしたが、後ろを向いたとたんに腕を軽く引かれた。
振り返ると、いつの間にか立ち上がっていた美青年が、サリカのラッパ型をした袖の端を握っていたのだ。
「…………」
引っ張られているレースが伸びてしまう。それを心配したサリカは少しむっとしながら尋ねた。
「何かご用でしょうか?」
水がほしいとか、茶がまだ来ないとか、そういう苦情を言いたくて引き留めたと思ったサリカだったが、美青年は苦笑いする。
「どちらかというと、私は君自身に用があってここへ来たんだが」
「は?」
サリカは目を丸くする。
「殿下を訪ねていらっしゃったわけではないのですか?」
「エルデリック殿下の女官サリカ殿を呼んでもらったので、間違いありませんよ」
そう言って美青年は艶やかに微笑む。
いくら興味がないとはいえ、綺麗な人の綺麗な姿にはつい目を奪われてしまうものだ。サリカも少しの間ぽかんとしていたが、すぐに我に返る。
「あの、でも何のご用事でしょうか? 祖父のご関係で?」
明らかに貴族だろう彼が自分に会いにくるなら、祖父関連だとしか考えられない。
だから伯爵である祖父が係わっているのかと思って聞いたのだが。
「いいえ?」
彼にはきっぱりと首を横に振られた。
「私はロアルド・ヴェステルです。女官長ゾフィア・ヴィロックの紹介で、貴方にお会いしに参りました。サリカ殿」
「え? 女官長さま……ですか?」
女官長がなぜに自分を貴族に紹介したのか。
疑問に思ってすぐに、はっと気づく。
(もうお見合い相手の手配をしたの!?)
まさかと思ったサリカだが、自分を貴族の同じ年頃の青年に紹介する理由が他に思いつかない。
そしてサリカの考えを肯定したのは、ロアルド本人だった。
彼はソファから立ち上がると優雅に右手を左肩に当て、一礼してみせた。
「初めてお目にかかりますサリカ嬢。いつかこうしてお話できればと思っておりましたが、ヴィロック女官長より、お見合い相手として選ばれて幸運に思っております」
いかにもサリカに会いたかったのだと、じっと見つめてくるロアルドに、サリカは背筋が寒くなる。
(私は会いたくなかったし、紹介してほしくもなかったし! とにかく、なんとかお断り、お断り……そうだ!)
サリカの頭の中にひらめいたのは、巻物。その中に綴られていた文字だ。
2 見合いを仕組まれた場合、なるべく相手の嫌がる事をして幻滅させる。
これを実行すべく、サリカは一度こほんと咳払いして、思い切り冷たい表情をつくろうとする。
ちゃんとできているかは不明だ。なにせ鏡がないので。
そしてロアルドに宣言する。
「……単刀直入に言って、貴方とお見合いをする気はございませんのよ私」
上から目線で素っ気なくされれば、プライドの高い貴族ならば不愉快になるはずだ。そうしたら、間違いなく『こんな女と結婚なんて!』と言ってくれるはず。
そう考えての選択だった。
「えっと、お見合いだというのならば、こんな風に突然ご訪問されるのは非常識でしょう? いくら私が貴族ではないとはいえ、失礼すぎるのではありません?」
ただし台詞がすぐに出てこなくて、『えっと』とつけてしまったあたりで、少し残念な感じになってしまった。
が、サリカはそれをなかったことにして続けた。
対する敵は、サリカの返答に表情を動かさずに応える。
「ええ、これは正式なものではありません。ご紹介者である女官長殿が、あなたが恥ずかしがって逃げてしまうといけないから、まずはぜひ一度会ってほしいと頼まれて、ここへお招き頂いただいたので」
「…………」
サリカは言葉に詰まる。
女官長の行動は正しい。
予告が必要な『正式な見合いの場』であったなら、まずサリカは仮病なりなんなりを使って出てこない。
部屋にまで迎えに来た場合は、祖父の王都の屋敷に駆け込んでひきこもることだろう。
それでは手が出せなくなるのをわかっているから、女官長はこんな突撃企画を思いついたに違いない。
敵はサリカよりもずっと上手だったようだ。
「恥ずかしがりな貴方に逃げられたくなくて、こんなまねをしたことは謝罪いたします、サリカ殿」
ロアルドは一歩サリカに近づいてくる。
さりげなく袖を捕まえていた方の手首を握られた瞬間、サリカは逃げられないように捕獲された気分になった。
「ただ、これではいけないと思いますので、ぜひに正式な場にてあなたにお目にかかりたいと願っております。今日はそれをあなたにご了承いただきたくて、こうして参上した次第です、サリカ嬢。私のお招きに応じてくださいますよね?」
じっと見つめられ、サリカは身震いしそうになる。
美人でもないサリカに会いたいなど、何か裏があるに決まっている。
そう考えたサリカの脳裏をよぎったのは、祖母と母の昔話だ。
――――昔、好きだった人が牢につながれて。
――――いつも一緒にいてくれた乳母が、私を誘拐して。
祖母と母は、恐ろしい過去の経験を語った後、必ず言ったのだ。
国王陛下の庇護が得られるからこそ、まだバルタでは平和に暮らせるけれど、結婚相手も友人関係にも、常に心構えをしておかなければならないと。
できれば自力でそれらをはねのけられる人。
もしくは必ず自分で助けられると確信できることが大切だと。
何よりも相手は本当に信用できるのか、慎重に選ばなければならないことを。
こんなことを幼い時から言い聞かされ続ければ、結婚に夢を見られなくもなるというものだ。
あげく、あんな恐ろしい力はできるだけ使いたくないと練習すらほとんどしていないサリカに、伴侶を自力で守れるはずがないのだ。
だからサリカは思う。
(応じたくないっ!)
だって、このロアルドはサリカの力が目的かもしれない。
女官長に『嫌々ながら頼まれた』のではなく『サリカを気に入って』結婚話を持ちかける人間なのだから。
「あの、内容が内容ですから、手紙か何かで家の方にお申し出くださいっ。私は殿下のおそばを長く離れていられないので失礼します!」
サリカはとりあえずこの場から逃げだそうとした。
見合いの申し出は、家に回しておけば母や父がなんとかして断ってくれるはずだ。そもそもはそれが正式な手順のはずなのだし。
しかしロアルドは引かなかった。
「貴方が、とても王子を大事に思っているのは聞いておりますよ」
そう言ってロアルドはサリカの腕を強く引き、あろうことか抱きしめてくる。
「ひぃっ」
両腕ごと抱きしめられ、ロアルドの胸に頬を押しつける形になり、サリカは身動きがとれなくなったことにおびえた。
逃げなくちゃともがくサリカだったが、ロアルドも筋骨隆々とはしていないのに、一向にふりほどけない。
「殿下はまだ幼い。貴方を姉のように慕っていると聞いておりますが、けれどそんな殿下でも、貴方を独占しているのかと思うと妬けてきますね」
「う、うそ……っ」
サリカは即反論する。
「貴族でもない上に伯爵家の継承順はあってないようなものだし、おまけに美人だって言われたことがない私がいいなんて、あなた伯爵家のいとこ達を殺して乗っ取りでも企んでるの!?」
能力以外となれば、それしかサリカを嫁にもらう利点などないではないか。
焦りのあまり、思うままに口に出していたサリカは、そこで初めて『鳩が豆鉄砲を食ったよう』な表情を見た。
ぽかーんと口を半開きにしたロアルド。
目まで丸く見開かれている。
美麗さを壊滅的にどこかに置き忘れたような顔になっていたロアルドだったが、数秒後、もう一度解放されようと暴れたサリカの行動に、はっと我に返ったらしい。
再びほほえみをとりもどしたロアルドが、サリカを抱き込んだまま顔を近づけてくる。
「楽しい発想をされる方なんですね。そんなところもますます気に入りました。サリカ殿……」
サリカは逃げられないことに恐慌状態になりかけた。
いますぐこの青年の心を操って、この部屋から出て行かせたい。
でも力を使ってしまえば自分の秘密がバレて、家族を危機に陥れかねない。
サリカは心の中で『誰か助けて!』と絶叫しながら、なおも抵抗するべく頭をひねった。
けれど思いつくのは、母親の送ってきた七箇条の3だ。
「わ、わたし恋愛結婚したいんで! お見合いはちょっと嫌っていうか!」
しかしロアルドはそんなことでは引いてくれなかった。
「恋愛なら、お見合い相手とでも出来ますよ。僕と恋愛しましょう?」
輝くような笑顔で言われて、サリカは進退窮まった。
もうこれは実力行使で逃げるしかない。
サリカは物理的な手段で逃げる隙を作るべく、ロアルドを蹴り上げようと足を振り上げかけた――――のだが。
そこで、激しく手を叩きつけるように、部屋の扉が開かれた。
(え、助けが来た!?)
まさかと思いながら振り返ったサリカは、そこに意外な人物の姿が見える。
「ラーシュ、様……?」
国王の騎士ラーシュだった。
しかし彼は、扉を開いたものの何も言わない。
ロアルドに抱きしめられたままのサリカをじっと見つめている。
むしろ抱きしめられたままのサリカの方が恥ずかしくなって、どこかに隠れたくなってしまう。
けれどラーシュは立ち去りもしなかった。
その様子に焦れたのか、ロアルドが口火を切った。
「君、部屋を間違えたのではないかな」
言外に早く立ち去れという意味を含ませた言葉に、サリカは焦った。
ロアルドはこの状況でも恥ずかしがりもせず、サリカを離す気はないようだ。その上、ラーシュを追い出そうとしている。
野暮なことをするなと言わんばかりの態度だ。
(ぎゃー! 騙されないで置いてかないで! お、おおおお願い、連れ出して!)
とっさに無言で懇願したサリカは、ラーシュと目が合う。
それからさらに三拍ほど黙っていたラーシュだったが、
「間違えたのは幸運だった。殿下がお呼びでしたよ、女官殿」
さして驚きもせず淡々と、そう告げてくる。
「へ、殿下のお呼びならば行かなくては! 離してください」
サリカの言葉に、ロアルドは渋々といった様子で解放してくれた。
第三者が王子の命令で呼びに来た以上、ごねることはできないと判断したのだろう。
「それではごきげんようロアルド様」
今のうちにと部屋を飛び出したサリカは、行き先を案内するというラーシュと共に廊下を歩き出す。
一刻も早くあのロアルドから遠ざかりたかったサリカは、足の速いラーシュに合わせて、ほとんど駆け足で王宮内を進んだ。
そのせいか、王子の部屋にたどり着いたときには、サリカは少し息が上がっていた。
「それでは」
息が乱れた様子もないラーシュは、王子の部屋の前であっさりと立ち去る。
「あ、ありがとうございましたー!」
素っ気ない恩人は、サリカの礼の言葉にも振り返らず、曲がり角の向こうに姿を消した。
後で何か御礼の品でも用意しなければと思いながら、サリカはその背中を見送る。
そうしてサリカは部屋に入り、王子に用を尋ねたのだが……首をかしげられてしまう。
『僕、呼んでないよ?』
「え……」
でも確かにラーシュは言ったのだ。殿下が呼んでいる、と。
(じゃあなんで?)
サリカがいる部屋がわかったのだろう。
助けを求める声が聞こえなければ、あんな乱暴な開け方はしない。
(ほんとに、聞こえていたとしたら……)
ラーシュのことについて考えたサリカは、国王を訪ねなければとこの後の予定について考え始めた。




