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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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41 密やかな思い

 泣きすぎた御前試合の後。

 ラーシュに送り届けてもらったサリカは、そのまま休ませてもらった。

 目を真っ赤に腫らした女官など殿下の側に置けないと、ハウファに厳命されたからだ。

 そのときにティエリにからかわれたのは言うまでもない。

 けれどその日はからかうだけで、周囲には充分手加減されていたのだろう。

 サリカの部屋に水を運んでくれた召使いも、食事を運んでくれた召使いも何も言わないでくれたのだ。

 しかし一夜明けたその時、サリカは時の人になったことを思い知らされた。


「あ、サリカ様おめでとうございます!」


 おはようの代わりに、顔を合わせた召使い達にはそう挨拶される。

 しかも寄ってきた上で質問攻めされた。


「やっぱりラーシュ様がいらしたから、ロアルド様に素っ気なかったんですか?」

「あんな素敵な方を捕まえる方法を教えてくださいよ~」

「御前試合に出場したのも、やっぱりキスの件があったからですよね!?」

「私も、自分のために戦って下さる騎士様と出会いたーい!」


 サリカはおおいにたじろいだ。

 ラーシュがいたからロアルドに素っ気なかったわけではなく、最初から素っ気なかったわけだし。ラーシュを捕まえた覚えはないので、方法などわからない。


(命を狙われても、理由がないと護衛役に騎士がつくわけもないし……)


 なのでその辺も曖昧ににごすしかない。

 けれど召使い達はねぇねぇとサリカにねだってくる。話題に飢えているのか、だんだんと目が怖くなってくるのに気づいたサリカは、恐ろしくなって一つだけは肯定した。


「御前試合に出場し理由は……そのとおり、なの」


 きゃあっと召使い達は喜んで叫ぶ。

 後ろめたくて、サリカは思わず目をそらす。

 嘘は言っていない。

 祝宴のキスをそのままにしておけば、ロアルドは理由をつけてサリカとの結婚を推し進めてくる。それを回避するための優勝と、ラーシュとのキスだったのだが。


 ふっとキスのことを思い出してしまう。

 唇に触れた感触と、離れた瞬間の優しいまなざし。あげくにキスの味を思い出して、サリカは意味もなくばたばたと手を振りたくなった。


(うがぁぁああっ、ラーシュってばあんなことまでしなくたって!)


 深いキスまでされるとは思わなかったのだ。

 しかも雰囲気と状況と、心配でいっぱいな気持ちが全てを押し流したせいで、あのときはぼんやりしていたので、反応できなかったのだ。


 ひとしきり質問して満足した様子の召使い達から離れ、サリカは食事をとってからエルデリックの私室にいく。

 サリカがすぐ隣の部屋(といっても居室を隔てているのだが)にいるにもかかわらず、エルデリックは今でも度々夜更かしを続けているらしい。今日も寝室を覗けば、上掛けの中に潜り込んで眠っているようだ。


 最近、大人びたことを言い出してはサリカをうろたえさせるエルデリックだが、こうして上掛けの中から頭だけが覗いている姿は大変可愛い。

 昨日は御前試合で目をそらしちゃいけないと言われ、サリカもはっとした。

 そして出会った頃よりも確実に成長していることを実感したものだったが。


(やっぱり殿下かーわいいっ)


 昔のまま、やわらかな金の髪にそっと手を触れる。

 何度も何度も撫でたエルデリックの頭。思えば最近はそうしていないなと思いつつ、サリカは気づく。


(あれ、触ってるのに殿下起きない?)


 まだ深く眠っているのだろうか、とサリカは思う。それならばと、サリカは調子に乗ってエルデリックの頭に顔を寄せた。

 小さい頃みたいに頭のてっぺんにキスしようか、今ならできる! と思ったのだが。


 ひょいっとエルデリックが上を向いた。

 寝起きの、少し茫洋としたまなざしと目が間近で合う。

 サリカはその目に何かを思い出しそうになったが、ぶつかるようにエルデリックがサリカの首に抱きついてきたことで思考がとぎれる。


 一瞬、試合以前のキスにまつわる会話を思い出して心臓が強く拍動した。

 けれど体にふれる、エルデリックのまだ小柄な体の感触に、頭の中は一瞬で春爛漫満開の花畑が広がった。

 まだ子供だからと思わせられる、すがるような仕草もサリカの心に響きまくる。


(ああ可愛いっ!)


 寝ぼけて母親代わりのサリカに甘えてきたのだろうかとサリカは考えた。だとしたら倍嬉しい。

 そんなことをサリカがのんきに考えていられたのは、ほんの数秒のことだった。


「殿下甘えたくなっちゃったんですか……うぐ」


 エルデリックの締めてくる力が強まって息がつまる。


(ちょっ、殿下! ののの、喉しまる!)


 エルデリックの頭が、首もとにあてられたまま締めてくるので、ぐっと気道が細くなって息がしずらくなる。


「く、くるし……」


 サリカは酸素を求めてもがき、そのせいでエルデリックが何かをつぶやいたのだが、よく聞こえない。

 やがて失神寸前かというところでサリカは解放されたが、ぜいぜいと息をしながらエルデリックの寝台につっぷすしかなかった。


「ちょっ、殿下の愛が、苦し……」


 もう少しやわらかく抱きついて欲しい。そうしたら堪能する余裕もあったのにと悔しがっていると、さきほどよりきちんと覚醒している顔になったエルデリックが心配そうにサリカの顔をのぞき込んでくる。


【サリカ大丈夫? ごめんね、寝ぼけてて……】


 申し訳なさそうな表情で、エルデリックがサリカの頭を撫でてくれる。


(ああ、私の頭を撫でてくれるの久しぶり……昔は私の真似してよくやってたんだよね)


 ついそんなことを思い出してほっこりとした気持ちになったサリカだったが、


【本当に平気?】


 とうとうエルデリックの心の声が、不安に震え始めたのに気づいて起き上がる。


「大丈夫ですよ。でも今度はもっと柔らかくお願いします。だって失神したら、殿下のお召し替えができなくなっちゃいますから」


 ささ、今日はこちらの衣装ですよと、持ってきていた衣装を戸口近くの台から持ってきてみせても、エルデリックは申し訳なさそうにサリカを見るばかりだ。

 いつもと違う様子に不安を覚えたサリカだったが、せっかくだからとそのまま事を進めようとする。


「まずは上着脱ぎましょう! ね!」


 手をワキワキさせながら言った上、エルデリックの寝間着のボタンに手を伸ばす。

 すると、エルデリックが首元のボタンにふれたサリカの手を、やわらかく両手で包み込む。


【ここ、まだ残っちゃってたんだね】

「あ……」


 そう言ってエルデリックが手をずらして触れたのは、手首の甲側。白っぽく、みみず腫れのように皮膚がわずかに盛り上がった場所だ。


「ああこれ懐かしいですね! 私が箒ぶんまわして壊した一件のやつですよね」


 エルデリックの側に仕え始めてすぐのころに、サリカがこしらえた傷だ。

 走っていってしまったエルデリックを追いかけた先で、どこから入ったのか、王宮の庭園に犬がいたのだ。

 サリカはエルデリックを守るために目に付いた箒を手にし、振り回したものの、箒にかじりつかれたときに手首にも牙が引っかかったのだ。

 そのときようやくサリカは自分の能力を思い出し、狼を追い払った。


【僕、あのときのサリカと同じ十二歳になったんだね】


 言われて、サリカは感慨深い気持ちになってうなずく。

 あのときまだ小さかったエルデリックが、箒を振り回した時の自分と同じ年になったのだ。


「無事にこんなに大きくおなりになって……。本当に、お育てした私はとても嬉しいです、殿下」

【もう少し……待っててね。自分で犬ぐらいは追い払えるようになったけど、今の僕だと、サリカまで守るには、まだ怪我をさせてしまう方法しか見つけられないんだ】


 エルデリックの言い回しが変な気がしたサリカだったが、それよりもエルデリックを元気づける事の方が重要だったので、不可解な感覚はさっと心の中から掃き捨てられる。


「殿下はそんなことなさらなくてもいいんですよ! 私の力だって前より上手く使えるようになりましたからね。怪我一つせずにこの私が撃退してみせますとも!」


 サリカはそう言って胸をどんと叩いたが、強すぎてむせる。


「げほごほっ」

【大丈夫!?】


 エルデリックが側に寄ってきて背中を撫でてくれる。


「だ、大丈夫……れす」

【自分で着替えるから、隣で休んでて】


 そうしてサリカは、エルデリックの着替えに一歩近づいておきながら、自分のせいで手が届かない悔しさをかみしめることになってしまった。


(ああ殿下の鎖骨! 殿下の腕にさわりそこねた! 私のバカー!)


 すごすごと引き下がったサリカは、彼女が立ち去った部屋の中で、エルデリックが呟いた言葉を聞くことはなかった。



【本当は国よりも、自分よりも、君が大切なんだ……でも、約束だから】

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