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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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41/84

40 その日の後で

 昔、ラーシュにかけられる言葉と言えば、全て命令だった。


 ――貴方の考えなど必要ないわ

   怪我をしてもどうせ動けるのでしょ

   大人しく命令だけ聞いていればいいのよ


 ――さぁ、従いなさい


 望まれるまま、嫌でも自分は従わされて戦わされていた。

 怪我を負っても、しばらく使えない修理が必要な玩具のように扱われるだけ。


 そんな自分に、同じように命令できる立場でありながら、怪我を心配し、命令を嫌がるサリカは実に物珍しい人間としてラーシュの目に映った。

 いつしか仲間のように思い始め、守らなければならない相手だと認識し……今、目の前で泣きながら自分を迎えたサリカの姿に、ラーシュは戸惑う。


 勝った後、サリカは恥ずかしそうにしながらもほっとした表情になると思っていたからだ。

 やがてああ、と思い当たる。やたらとラーシュの怪我を心配していたことに。ラーシュが戦う姿も、敵を切り倒す姿も見ているはずなのに、今回サリカはひどくラーシュの怪我を嫌がった。

 でも、泣くほど嫌がっているとは思わなかったのだ。


(そういえば今まで……泣いたことはなかったな)


 殺されかけた二回、どちらも体が震えて歯の根が合わないありさまでも、サリカは泣いたりしなかった。

 だからラーシュがどうして泣くんだと聞けば、サリカは心配だったのだと答えた。

 ラーシュが傷つくのが怖いと泣いて、もうこんな目に遭わせないと、まるで母親のように言われては、もうラーシュは苦笑いするしかない。


 人が注目しているこの場でキスの前から抱きしめては、サリカの迷惑になるかもしれない。

 それくらいに嬉しいかった。


 もう戦わなくて良い、逃がしてあげるから。そんな事を言ってくれたのは、ラーシュをバルタに逃がしてくれた伯父だけだ。

 サリカなら、きっと利害などなくてもずっとラーシュのことを心配し続けてくれるだろう。


 だからこそラーシュはサリカに無理だという。

 サリカに母親のようなことをされては、当のサリカが守れない。

 いじわるだと拗ねたサリカだったが、震える声でラーシュに言った。


 物語のお姫様になれたみたいで、嬉しかったと。


 恋を諦めていたサリカが、ことそれに関しては冷めた見方をしているのは知っていた。そんな彼女に、諦めていた事が叶った、ありがとうと言われて、ラーシュはもうだめだ、と思った。


(本当に、まいった)


 ラーシュは空を仰いで、いるかいないかわからない神に降参する気持ちになる。

 思った以上に変態な上、変なことを考えては一人で穴に落ち、意外と頑固で、自分の結婚と人生がかかってるのに、ラーシュが怪我をしたら泣いてしまうようなサリカだというのに、


 好きだと思った。

 過去も経歴も捨てるしかなかった、むやみに人を殺してばかりいた自分を、物語の騎士のようだと認めてくれた彼女が。

 昔、囚われていた所から伯父に救い出された時は、世界を広く感じたけれど、サリカのことを好きだと認めた瞬間、その世界の色が急に鮮やかに感じられるようになる。


 ラーシュがそう思っているのに、サリカは気づいてもいないのか、キスの場所を気にしている。

 泣きながらも微笑んで、自分にかっこよかったなどと言うが、サリカはもちろんそれが殺し文句に近いとか、確実にラーシュに効果を発揮したとは思いもしないのだろう。


 こんなにも想われて、告白まがいの言葉を受け取ったのに落ちなければ、ラーシュが自分自身の欠陥を疑うところだというのに。

 むしろ、こんなに一途に想っているような台詞を吐きながら、サリカは本当に何の自覚もないのかと驚くほどだ。


 だから自分から口づけた。

 少しは気づいてくれないかと思いながら。


 そうして更に深く口づけても逃げない彼女に、捕まえたという言葉が、心の中に浮かんだ。


   ***


 とはいえ、さらに泣き続けるというのはラーシュにとっても想定外だった。


「え、おい、そんな嫌だった……か?」


 キスに観衆が沸くなかでも、サリカはまだ涙が止まりきらずにいた。

 実は自分の勘違いで、本当はキスも何もかも嫌だったのではないかとラーシュはうろたえた。

 しかし、サリカがぎゅっと目を閉じてとぎれとぎれに答える。


「や……じゃない……」

(……っ)


 ラーシュは思わず自分の口を手で覆いたくなった。


(なんだこれなんだこれ!)


 サリカが素直すぎてたまらない。

 むやみにそのまま駆けだしていって、もう一度試合をしてきたいような気分になる。けれどそんな奇行を人前でするわけにはいかないと、ぐっと我慢する。

 表情も、普段からあまり変わらないおかげで、喜びが前面に出てはいないと思う。


 一方のサリカは、借りたハンカチで目元をおさえながら、ラーシュの軍衣を握り締めたままだ。きっと泣きすぎて、自分がなにをどう言ったのかも覚えていないかもしれない。


 とにかく泣き止まないサリカをそのままにしておけないと考え、ラーシュはフェレンツ王に断りを入れた。


「彼女の具合が良くないようなので、連れて行かせて下さい」


 フェレンツ王がうなずくのを見て、サリカを抱え上げる。

 もちろんいつもの御前試合の流れでは考えられない行動に、観客や見ている王宮の人々も驚く。中に喜んでいるような悲鳴も混じっていたが。


 けれど同僚は事情に気づいてくれたようだ。

 ハウファという女官が、サリカが握っていた手巾を、絞れば水がしたたりそうなほど濡れたものから、乾いた新しいものに取り替え、短く言った。


「後はなんとかしますわ。サリカを頼みます」


 抱き上げられたサリカも、驚いたのか嗚咽がそこで止まった。けれど抵抗もしない。むしろ見られていることを思い出したのか、恥ずかしそうに縮こまってラーシュに隠れられないかと身を寄せてくる。


 その場から逃げるように立ち去ったラーシュは、それを見送るエルデリックの寂しげなまなざしも、それなのに口元に浮かぶ笑みも見ることはなかった。



 ラーシュは人の居ない場所を探して、サリカのリボンをほどいた場所へ再び戻ってきた。

 その間にようやく泣き止んできたらしいサリカが、自分の状況に申し訳なさそうな顔をして言った。


「ラーシュ、あの、腕は痛まないの? 重たくない?」


 鼻声になりながらのサリカの気遣いが、どうにもこそばゆい。


「お前より槍の方が重い。気にするな」


 そう言って進んだ先に倒木があった。

 とはいえサリカは山歩きをするような格好をしているわけではない。緑地の長衣も王子に仕える女官らしく絹を使っている。汚すのも破くのも可哀想だろうと思ったのと別な理由から、そのままサリカを膝の上にのせてラーシュは倒木に座った。


「あのっ、ラーシュ、ちょっと……!」


 さすがにサリカもこれには慌てたようだ。子供でもないのに異性の膝の上に座るなど、とんでもないことではある。


「そうは言っても、俺もさすがに疲れた。お前だって立ってるのは辛いだろ。服を汚させるのもなんだから、そのまま座っておけ」


 ラーシュの言葉にサリカは大人しくなる。

 それでも支えるために腰にまわされた腕が気になるのか、しばらくは落ち着かなさそうにみじろぎするので、ラーシュは自分にもたれかかるようにサリカの頭を自分の肩に押しつける。


「ラーシュ、鎧が痛い」


 丁度肩当ての所に頬をくっつけたサリカが、まだ涙声がまじる声で文句をつけてくる。それでも振り払って起き上がろうとはしない。泣きすぎて疲れたのだろう。


「少し休め。目の腫れが引いてからの方が戻りやすいだろ」

「うん……」


 サリカは素直にラーシュの勧めに従ってくれる。

 そのまま、黙ってサリカを抱きしめていた。


 何度か抱えたことがあるせいか、サリカの体が自分に馴染んで感じられて、ラーシュはやけに落ち着く気がした。

 サリカの方も、一度身動きして寄りかかりやすい態勢を見つけてからは、ラーシュにくっついたままだ。

 そうしていると、ふいにサリカが言った。


「ラーシュ、聞いてくれる?」


 うなずけば、ゆっくりとサリカは話し出す。


「私ね、昔誘拐されかけたことがあるの。住んでたのが田舎の小さな街だったから、街はずれの森へ行くと人気がなくてね。子どもにとっては良い遊び場だったけど、子どもを攫って売ろうとした人間にとっても良い場所だったらしくて」

「人狩りに捕まって……逃げたのか?」

「最終的にはお母さんが助けに来てくれたの。無事に助け出されたけど、一緒に攫われそうになった友達が、私のこと庇って殴られて怪我した」


 ラーシュはサリカに続きを促した。

 たぶん、この話はサリカの行動や考えに対する、ラーシュの疑問に答えてくれるものだと感じたからだ。


「その時ね、私は能力を使って人攫いを倒そうと思ったの。恐い力だからむやみに使っちゃいけない。そう言われていたけど、今こそ自分と友達のために使わないとって。だけどね、私の力ってほんとうに弱くて」


 サリカが彼らをひるませようとした音は、一瞬ひるませたものの、只の雑音程度の影響しか与えられなかった。サリカの友達はそのせいで怪我をして、サリカは絶望したのだ。


「私じゃ誰も守れない。お母さんみたいに、おばあちゃんみたいに、大事な人ができてもこの友達みたいに守れずに怪我をさせてしまう。むしろ能力のことを知って自分を狙う人がいたら、守れずに殺されてしまうかもしれないって、そう思った」


 だからサリカは心に誓ったらしい。

 絶対に自分は大切な人を作らない。結婚なんてもってのほか。恋なんてしたら、片思いをしてる相手だとわかっただけで、サリカを脅すために迷惑をかける者が現れるかもしれない。


「友達も、親しすぎない距離をいつも考えてた。私を従わせる人質に選ばれないように、広く浅くなら、敵も的をしぼりにくくなる。だけど恋人はだめ。夫なんてもっての他。だけど殿下は、生きている間は国で一番守られる人だから。安心して大好きでいられたの」

「それで執着したのか……」


 ラーシュにも、ようやくエルデリックへの執着の理由がわかった。

 確かにサリカは、幼少の男の子全てをのべつまくなしに可愛がりたがるわけでも、頬をかじりたがるわけでもない。エルデリックだけなのは、彼を守る人間が沢山いて、サリカが心を傾けても安心できる相手だからなのだ。


「だからラーシュのことも、本当は恋人役なんてさせたくなかった。でも、私の命令があればラーシュには誰も敵わなくなるから、それで安心してた。なのに今回は、私の能力を使わないで戦うっていうから……」


 恐かった、とサリカは呟く。


「もうこんな思いはしたくないの。ラーシュが絶対大丈夫だって言ってくれたことを信じたいけど、それでも私のせいで大事な人が怪我をするのは恐かったのよ。だから、泣いたのはそういうわけで、別に……キスが嫌だったからとかじゃないのよ」


 どうやらサリカは、移動する前にラーシュが嫌だったのかと尋ねたことを気に病んでいたらしい。ラーシュとキスなんて嫌だと誤解されて、ラーシュが傷つくのを回避しようとしたのかもしれない。


 しかしそんな気遣いよりも、ラーシュは「大事」という言葉に息を飲んでいた。

 これまでの話で、大事な人を作らないようにしてきたと語っていたサリカが、ラーシュのことを大事だと言うのだ。


 おそらくは、ラーシュの異常な強さを発揮する能力を見て、サリカはラーシュのこともエルデリックのように好きだと思っても安心できる相手に分類していたのかもしれない。

 そんな相手が怪我するのを見て、サリカはトラウマになった出来事を思い出し、泣くほど不安になったのだろう。


 ラーシュは笑いたくなった。

 サリカはどうも自分の気持ちもよくわかっていないらしい。

 そんなサリカだから、つい抱きしめる腕に力を込める。


「嫌じゃないって、お前さっき自分で言ってただろ」

「え? 言った? でもほら、誤解がないようにしとかないと……って、ラーシュ痛い。鎖帷子が痛い」

「ああ、悪い。お前がうっかり落ちそうな気がして」


 ラーシュは嘘をつきながら腕から力を抜く。それでもサリカはラーシュを嫌がって逃げたりはしなかった。

 また安心したようにもたれ続ける彼女に、ラーシュは思う。


 案外素直に人のことを信じてしまうサリカが、いつになったらわざと膝の上に座らせた事に気づくのか、そうしたいと思った理由に気づいてくれるのだろうかと。


   ***


 彼は、川の中を流れていたはずだった。


 体が一瞬で冷たくなって、濡れた服が重くて浮かび上がれず、藻掻きながら流されたはずなのだ。


 それもこれも、全てはあの騎士のせいだ。

 フェレンツ王の側から、王子の側へと異動してきた青年。

 賭け事で負けた金をナシにしてくれる約束で受けた、女官の殺害。かよわい武器をもったこともないという女官なら、すぐに終わる仕事のはずだった。


 なのに人とは思えない速度で崖を駆け上がり、女官を抱えて走り、追いついた馬車ごと彼らを崖下へ放り込んだのだ。


「ばけ……もの」


 化け物としか言いようがない。人にあんな行動は不可能なのだから。

 しかも女官の方も化け物同然だった。


「あの娘が、もう一人の女を操った……」


 そして彼は、呟いた自分の声で目が覚める。

 視界に映ったのは、煤けた黒い天井。組んだ丸太の形がよく見える。

 そして側にいたのだろう、彼に声をかけてくる男がいた。


「おい、お前目が覚めたのか!?」


 話しかけてきた男は、年格好から見て川で漁をして暮らしている者だろう。

 彼は咳き込み、その男に水を貰ってからようやく言った。


「俺はどれだけ流されたんだ? 王都はここから遠いのか? 王都の、ある人に連絡してくれ」


 自分が無事だったことを、賭の相手に伝えなければならない。

 そして計画が失敗したものの、あの女官と騎士のことを伝えれば、賭けの金は払わずに済むかもしれない。


 彼が失敗したせいで、殺せなかったわけではないと分かってもらえれば。

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