30 奇策は身を切る苦肉の策
「陛下、申し訳ありませ――」
「気にしないで、サリカ」
フェレンツ王が待っていた祝宴会場に近い一室。
そこに入室して早々に謝罪の言葉を口にしたサリカを、フェレンツ王は止めた。
「君の婚姻は、今や我が王家にとっても重大事だ。あんな形でなしくずしに、というのは私の方だって困るのだから」
王家のために止めたのだと言うフェレンツ王に、サリカは感謝のあまり深々と一礼する。
「それでも、うかつでした。一曲だけと言われても、相手をしなければ良かったのに……」
「あの場で女性に強引な手を使うなど、滅多にないことだよ。時々、政略結婚を振り切るために恋人同士で画策してああいう事をする場合はあるようだけどね」
「そういう使い方をする人もいるんですね……」
人前で口づけをしてみせるのは非常識。特に女性の方が非難されるというのは、サリカでも知っているバルタの慣習だ。
はしたない事だと教えられてきたせいか、積極的に『結婚するため』使うものだとは思わなかったのだ。返す返すも、祝宴にほとんど参加せず、そういった風潮を知らなかったことをサリカは悔やんだ。
「とりあえず座りなさい、ラーシュも」
サリカは言われた通り、一緒に来たラーシュとともにソファに腰掛ける。
向い側に座ったフェレンツ王も、さすがに今日の一件のことは痛かったようだ。苦悩がが滲む表情と、祝宴を中座してサリカとラーシュを呼んだことからもそれが伺える。
とりあえず主役のエルデリックは会場へ戻らせたのだが、フェレンツ王も相談事が終われば、再び祝宴に戻るのだろう。
「まずはサリカ。私のことは気にしなくていいからね。エルデリックのために王宮に君を招く時に、君のご両親にも、イレーシュ伯夫妻にも、私は必ず君を守ると約束しているんだ。祝宴での発言でなにか問題があったとしても、私にとってそれは必要な手段だったということでしかない。その手段しか思いつかなかった私の責任なのだから、私が解決する事なんだよ。わかったかい?」
優しく諭されたが、サリカはやっぱり申し訳なさ過ぎて謝りそうになる。
「わかりました……」
それでもフェレンツ王がそうと決めたことだ。これ以上謝ってぐずって、困らせるわけにはいかないので、大人しく了承する。
「さて、なによりも優先されるべきは、結婚の阻止だ」
フェレンツ王はソファの背にもたれて、話を続ける。
「彼が君の吟味した上で選んだ相手ではない以上、君たち一族に近づけるのは私も得策ではないと思う。かといって彼をサリカから引き離す手段に私の権力を使うわけにはいかない。これ以上強硬なことをするなら、親馬鹿で一女官を庇う王様、のフリでは済まなくなるからね」
「ですが、どうしたら……」
隣に座ったラーシュは、渋い表情をしている。
エルデリックのおかげでキスの混乱から立ち直ったサリカも考えてはいるが、上手い方法を思いつけない。
最悪、祖母に頼んで能力を使ってもらったにしても、ロアルドがあんな事件を起こしておきながら、急に記憶を失ったり、あっさり意見をひるがえして、国王の言うとおり『戯れでした』と言い出したら周囲に不審がられる。そうなればサリカについて何かしら疑いの目が向けられることになるだろう。
どうしたら、自然にロアルドの行動をあやふやなものにして、消滅させることができるか。
「人目を引くことをされたのだから、こちらも何か人目を引いて『それならば仕方ない』と思わせる方法がいいんでしょうが」
ラーシュのつぶやきに、フェレンツ王がうなずく。
「こうなると、取るべき手段はもっと多くの人から『これはあちらが引くしかない』と思われるような、劇的なものを演出するしかないだろう」
「劇的……ですか?」
「そう、例えば皆がよく知る物語のように、誰の目から見ても明らかなものだ」
サリカは物語と聞いて想像する。
竜に攫われたお姫様を助けに行く王子様。
敵に包囲された砦から、侯爵令嬢を助け出す騎士。
戦で絶体絶命の中、獅子奮迅の活躍をした英雄の話。
子供の頃に見た人形芝居や絵本、祭の日に行われる演劇では、そういった夢物語や過去の英雄譚が多かった。そしてどれもが、子供どころか大人も娯楽の一つとして楽しみにしていたのだ。
「まさにそれだよサリカ。最も人が信じたい、あこがれるものを再現することができれば、まず人はそれを優先する」
「あこがれる物語ですか? でも竜を倒しにいくわけにもいかないし……あ、やっぱり私が誘拐されたことにするとか、そういう系で身を隠してうやむやにするんですか?」
フェレンツ王は首を横に振る。
「それでは君を暗殺しようとしている者への備えができないよ。王宮という、人目や衛兵が各所にいる場所だからこそ、君もまだ自由に動けるんだ。実際、今までの二回とも君が殺されかけたのは人目がない場所か、人の目から離れた場所に連れ出された時だろう」
フェレンツ王の言うとおりだった。
そうするとサリカの命を狙っている敵は、衛兵や召使いを自分の手下にしたりすることはできても、その絶対数は少ないのだろう。だから周囲の者が割って入って邪魔されないように、人目を避けるのだろう。
「だからもっと身近に、もしかするとあるかもしれないような話を再現する」
フェレンツ王は、珍しく人の悪そうな笑みを浮かべて言った。
「騎士アルパードの物語は知っているだろう? 一週間後の槍試合。ラーシュに入賞してもらった上で、それを再現する」
『え!?』
サリカはラーシュと同時に驚き、そしてほぼ同時に顔を見合わせた。
騎士アルパードの物語は、子供にも女性にも人気の高い話だ。
なぜなら、それは恋物語で――
「こ、こんどはラーシュときっ、キスするんですかっ!?」
アルパードは、恋をした姫のために騎士となり、御前試合にて勝利を手にした上、その褒美として彼女との口づけをと申し出る話だ。
騎士アルパードの立身出世の話だが、一番有名なのはそのキスシーンである。
これによって、王が彼女との結婚を騎士に許し、物語は終わるのだ。
サリカの叫ぶような問いに、フェレンツ王はもちろん、とうなずく。
「目には目を、と昔そんな法律があった国があるそうだ。今回の事件を押しつぶせるほどのものといえば、やはりこの方法しかないだろう。
一週間後の槍試合は一騎打ちだ。集団戦のような派手さはない代わりに、逆に優勝者が引き立つ。元々御前試合と決められていたものだから、エルデリックを出席させることにして、サリカも付き添いとして同席させよう。これ以上、祝宴の席でのことをもみ消して、あちらを堂々と不利にできる方法はない。そうだろう?」
サリカはぐうの音も出なかった。
それならば確かに能力を使ってというリスクはない。サリカもエルデリックの側を離れなくてもいいだろう。そして褒美としてのキスならば、求婚したように見えても曖昧な代物だ。皆が忘れるまでずるずると放置し、自然消滅を狙うことも可能だろう。
なぜなら、騎士の試合でのキスというのは、憧れの既婚女性からねだる者もいるからだ。
サリカの無言を受け、フェレンツ王はラーシュに視線を向ける。
「……やってくれるか?」
尋ねられたラーシュは、苦悩したようにうつむく。
サリカはぐっと奥歯をかみしめた。
サリカがロアルドからキスをされて嫌な思いをしたように、ラーシュにだって好みがある。しかも自分の身を引き受けた恩人フェレンツ王の頼みだ。嫌でも断り難いに違いない。
(あきらめようか……)
エルデリックも周囲も、細かなことは書いて知らせる形で物事を進めるのには慣れたと思う。
万が一の場合についても何か工夫をするか、時折サリカの祖母イレーシュ伯夫人に登城してもらうという手もあるだろう。
サリカは絶対に無くてはならない存在ではないのだ。
(それに、これそれじゃラーシュの評判まで巻き添えに……)
あの場で縋らないようこらえたのは、ラーシュにまで迷惑をかけたくなかったからなのだから。
ぎゅっと膝の上に置いていた手を握りしめる。顔を上げ、サリカが「諦める」と言おうとしたときだった。
「わかりました」
答えたラーシュを、サリカは驚いて振り返る。
悩んだ末に、利害の結果渋々受け入れてくれたのかと思ったが、ラーシュの表情にそういった影はない。決定を下し、それを口に出したラーシュは、真剣さの中に穏やかさまで感じられる顔をしていた。
「うそ……」
サリカが思わずつぶやけば、ラーシュはいぶかしげにサリカを横目で見る。
「嘘で俺がそんなことを言うと思うのか? それにどうせお前、俺が噂を立てられる状況になったら責任がとれないから、自分が王宮から逃げてしまえばいいと思ってただろ」
「うぐ……」
なんてお見通しな。サリカがうめくと、ラーシュが苦笑う。
「俺としても、あまり陛下の元から離れたくない事情がある。だからお前の田舎行きについて行くわけにもいかない。だが、お前が田舎に引っ込んだあげく、何かへまをして暗殺されたら寝覚めが悪い。それぐらいなら手元で監視できる状況にする方が安心できるだろ」
「でも……」
キスは嫌じゃないのだろうか。
そう思うが、恥ずかしくてサリカはなかなか尋ねられない。するとラーシュが押し切る。
「そのためなら、多少のことだ。どうせ噂なんて他の大きな話題が出たら薄れていくだろ」
話がまとまった、と感じたのだろう。フェレンツ王が決定する。
「では、そういう方向で進めよう。ラーシュは試合に必要なものがあれば言いなさい。馬と甲冑はこちらでそろえておく」
祝宴を中座していたフェレンツ王は二人に決定だと言い渡し、部屋を出て行き、広間へ戻っていった。
ラーシュと共に残されたサリカは、途方に暮れて、今までフェレンツ王が座っていた場所を見つめていた。




