25 体を張った約束の取り付け方
サリカは早速ラーシュに知らせに行った。
なにせ紙には誰にも教えるなとは書いてなかったのだ。
未だにロアルドの目的がよくわからないサリカとしては、当然の対応だと思う。
エルデリックの部屋から呼び出したラーシュを引っ張り、サリカは手近な来客用の応対室へ入って紙を見せた。
サリカの行動にあっけにとられていたラーシュは、紙を見て顔をしかめる。
「……この紙は、どこにあった?」
「今私が根城にしてる部屋の中。そして鍵は無くなってた」
「おい、それは盗人というか……」
「いや、多分ロアルドさん本人が来たわけじゃないと思うのよ」
サリカがそう考えたのには理由がある。
「あそこは控え室だから、殿下の部屋の横じゃない? 私が不在の間殿下は部屋にいる予定だったし、その間、部屋の前には衛兵がいたわけで。誰の身内でもないロアルドさんが、控え室になんて入ろうものなら大騒ぎになるはずなのよ。女子の風呂を覗くレベルの不審者だもの」
身分がどうであろうと、そんなおかしな人間を衛兵が放っておくはずがない。
そして窓の掛け金はきっちりとしていたし、外から入った形跡はなかったので、内部の人間の犯行なのは間違いない。
「であれば、可能性があるのは掃除に来ただろう召使いじゃないかなって」
「買収か……」
「もしくは、あの人綺麗だから、召使いの子がたらしこまれちゃったのか……かな」
しかも用事はささいなものだ。
控え室に掃除のふりして入って、鍵をとってくるだけなのだ。
それに、紙に盗ったのはロアルドだと署名してあるわけで、自分は罪に問われにくいと召使いも言いくるめられたのかもしれない。
そう考えると、衣装の確認と飾りをつけるためとはいえ、わざわざ女官全員に祝宴の衣装に着替えさせた女官長の指示も、このためだったのではないかとサリカは思えてきた。
「そっか女官長って可能性の方が高いかな……」
すると女官長の関与によるものならば、なおさら召使いに鍵をとってこさせるのなど簡単だ。
サリカが忘れたといって、持ってこさせるか、女官長が一緒に下がっている鍵に必要なものがあるからと、持ってこさせるという手も使える。
なにせサリカが持っているのは、エルデリック王子の棟の鍵ばかりなのだから。
「それにしても、女官長のお見合いの件は終わったと思ったのに、一体何だって……。でも鍵は返してもらわなくちゃ困るし」
ため息をつくサリカに、ラーシュが尋ねる。
「一人で行くのか?」
サリカはふるふると首を横に振る。
「だって必ず一人で、なんて書いてないもの」
だからラーシュを呼んだのだと言い、サリカは彼をつれて女官長の執務室へ向かった。
***
女官長は、まだ明日の祝宴の飾り付けの監督をしているのだろう。
というか、そういう用事を作って不在にした上、ロアルドに場所を貸しているのに違いない。
「ま、この部屋で何かあったら真っ先に疑われるのは女官長様だし、万が一ってことはないと思うんだけど」
サリカを襲った仲間でも潜んでいて、危害を加えられるようなことにでもなれば、フェレンツ王によって襲撃者を手引きした疑いをもたれるだろうロアルドと、彼に部屋を貸した女官長は断罪されるに違いない。
「もう一つ可能性があるだろ。もし部屋にロアルドもしくは他の誰かの死体でも転がっていたら、お前が殺したと言いがかりをつけられる」
ラーシュは、冤罪で王宮を追われる可能性があるといいたいらしい。
だからサリカは、扉を開ける前に中にいる人間の心を読み取ることにした。これで死体が転がっているとわかれば、扉を開けずに女官長を呼びにいくつもりだったのだが。
「……生きてるし、ロアルドさん一人だけだ……と思う」
遠距離ならばサリカのダメ能力ではわからないだろうが、扉の外からという至近で間違うことは、たぶんない。
だから恐る恐る視た内容を告げると、ラーシュが意を決したように扉に手をかけた。
「一応念のためだ」
そう言って、サリカを三歩ほど遠ざけてから扉を開いたラーシュは……。
ばたん、とすぐに閉じた。
その表情が、目を見開いたまま固まっていた。
まるで腐ったタマネギを入れていた木箱のような扱いだ。
と、そう思ってサリカはぞっとする。
「え、ちょっと待って、一体何? 何だったの!?」
腐ったタマネギ並みの扱いをする何かがあるというか、ロアルドがいるはずなのだが、一体何がどうなっているのか。
しかも鍵を返してもらうために、サリカは絶対にここを開けなければならないのだ。
「せめてどうヤバかったのか教えて、ラーシュ!」
すると、ぎぎっと音がしそうな動きでサリカの方を向いたラーシュが、心底嫌そうに言う。
「いいか……覚悟した方が良いぞ。お前の言動が引き起こした結果だと思うからな」
「え!?」
「たぶん『かなり』安全だ」
行ってこいとラーシュに背中を押されたサリカは、扉の前で数秒立ち尽くす。
ラーシュは一体何を見たというのか。そんな反応をされるとは、ロアルドは一体何をしているのか。
悩んでいてもはじまらないので、サリカは恐る恐る扉を開く。
最初は薄く開けすぎて、中の様子がよく見えない。
次第に女官長の部屋の右壁、据えられたソファやお茶を置く為に使うのだろう、ちょっとしたテーブルという調度品。絨毯と視線を移しながら扉を大きく開いていく。
そうしてロアルドがなかなか見えないなと思っていたサリカは、それを発見し、
「げ!」
と女官らしからぬ叫びを上げてしまった。
女官長の部屋の中、絨毯の上にロアルドは転がっていたのだ。
縄でぐるぐると縛られた状態で。
ラーシュの言う通り、間違いなく今のロアルドは近寄っても安全な相手だろうが、正直恐かった。
(なんで!?)
しかしどうしてこんなことになっているのか。
ぽかーんと口を開けて凝視していると、ロアルドがサリカに言った。
「済まないね。きっと君はお父さんのようにつり下げられてる姿の方が好ましかったのだと思うけど、そこまでするのは難しかったんだ。だからこれで我慢してくれると嬉しいな」
縄で縛られているのはサリカを喜ばせるためだと言って、ロアルドはほほえむ。
(いや別に嬉しくないっていうか、むしろ今すぐ逃げたいんですが!)
何を好きこのんで縄でしばられた男と話をしなくてはならないのか。しかもその姿を見ていると、サリカは父親に関する恥ずかしい過去を思い出していたたまれない気持ちになるのだ。
かくいうロアルドも、この姿のまま話すのは恥ずかしかったらしい。
「とりあえず、扉を閉めて貰えるかな?」
言われて、このままではロアルドの姿が通りすがりの人に見えてしまう危険性に気づいたサリカは、ラーシュと一緒に女官長の部屋に入る。
「…………」
しかし気まずい。
密室にしてしまうと、なんだかサリカとラーシュがロアルドをこんな目に遭わせているかのようだ。しかし自分でやったことのようなので、縄をほどいてやったらいいのかどうかもわからない。
思わずラーシュの方を見る。
(これ、なんとかできないかな……)
(できるんだったら、さっさとこんな見苦しい物は排除してるだろうが)
お互い目線だけでなんとなく会話した上、ロアルドを放置したままにすることを決定する。
その微妙な空気を感じたのだろう。ロアルドが笑顔で尋ねてきた。
「ところでいかがでしょう。この縛り方で、少しは私に対しての印象は良くなってくれたのでしょうか?」
「う……」
サリカは、間違っても気持ちが悪いとは言えなかった。
それを言ったが最後、ラーシュのことを「父のように好ましく思ってる」と嘘をついたことがバレてしまうからだ。
けれどロアルドは感想を聞きたそうにサリカを見つめてくる。
期待の眼差しに、目をそらしそうになりながらサリカは言った。
「あの、素敵ですけれど、もうちょっと逃げ出せそうな緩さが感じられると、私の理想かなって」
隣のラーシュに(何だそれは!)という驚愕の眼差しを向けられつつ、サリカは大変苦しい嘘をついた。それにもかかわらず、ロアルドはさらなる責め苦をサリカに課してくる。
「では、ぜひ見本をお願いできますか、後学のためにも。いつも騎士殿になさっているような感じでいいのですが」
縄ならあちらに、とロアルドに顔の動きで示される。確かにソファの上に、長い縄が置いてあった。
隣にいたラーシュが、絶望した表情に変わる。
(ちょっ、馬鹿正直に顔に出さないで!)
思わず能力でラーシュに話しかける。もちろん命令にならないように調節をしながら。するとラーシュは非常に恨みがましい目になる。
(お前が突発的にあんなことを言うからだろ……)
(そうは言ったって、口からでちゃったものはもう戻しようがないよ……)
サリカの答えに、ぐっと、何かを堪えるように目を閉じたラーシュは、心の中で言った。
(しかたない。このまま黙っていても疑われるだけだ……かといって演技をしろと言われても困る。だから最終手段だ)
――――俺を操れ。
ラーシュの言葉に、サリカは息を飲む。
練習で父を操って、おかしな動きをさせたことならあるが、こんな苦しい要求をされたのは生まれて初めてのことだった。
そんなことをサリカが『わざとさせる』というだけで、サリカはもう泣いて謝りたい気分になってしまう。
(だってラーシュが変態ぽく縄に嬉々としてしばられたら、それは私が想像したからってことで、てことは私が喜んで変態行為におよぶ姿を要求したってことで……)
うう、とサリカは小さく呻く。目に涙も浮かんできた。
これをやってしまったら、生涯ラーシュに変態扱いされるのではないか。
そんなことを心配していたら、ラーシュに思いがけない爆弾を落とされた。
(安心しろ。お前は元から変態だ)
サリカは目の前が真っ暗になった。
崖の一件で心の底から彼を理解者だと思っていたのに、どうやらラーシュの方は心底サリカを誤解しているらしいのだ。
もう自分を理解してくれるのはきっと親だけ……と絶望感に浸っていたサリカを、ラーシュが叱咤する。
(早くしろ。疑われたらお前、結婚させられるんだぞ? それにこんな真似、素面でやれると思うのか!?)
その言葉に動かされ、サリカは泣く泣くラーシュに命じた。
「ラーシュ、縄で私に縛られなさい」
やけくそでサリカが声に出しながら命令すると、能力に影響されてラーシュの表情がふっと抜け落ちる。その場に跪いて彼は応えた。
「お望みのままに、我が主よ」
「……あるじ?」
ロアルドが不思議そうにしているが、これ以上嘘の説明を重ねて自分の首をしめたくなかったサリカは無視することにする。
ラーシュはすぐに立ち上がり、自ら縄を持ってきた。
これから変態に一歩近づくのかと思うと、情けなさに震える手でサリカはラーシュにぐるぐると縄をまきつけていく。
そして無表情に立ったまま、ラーシュは紐でくくりすぎたハムのような姿になった。
乱雑な巻き付け方からして、あきらかにやっつけ仕事だ。けれどサリカは心の中で涙を流しつつ、
「この荒い感じがいいんです」とうそぶいた。
とにもかくにも鍵を返してもらわなくてはならない。
そしてとっととこの場から逃げだそう。サリカはそう考え、続けてロアルドに言った。
「ところでロアルドさん。私の鍵を返してもらいに来たのですが……」
「ええ、私がそう書いて呼び出したのですからね。お返ししますよ」
あっさりとそう答えたロアルドだったが、
「けれど一つだけ、お約束を頂きたいのです」
交換条件を提示してきた。
「お約束をいただければ、すぐに鍵のありかをお教えしますよ」
「約束……ってどういうものですか?」
サリカは思わず警戒する。そんな様子にはきづかないように、ロアルドがあっさりと答えた。
「明日の祝宴で、一曲踊って下さればいいのです」
サリカはえ、と驚く。
「そんなことのために、こんな呼び出し方を?」
一曲踊るだけならば、別にこんな大仰なことをしなくてもと思ったのだ。
「お約束しないと、貴方が祝宴から早々に逃げてしまわれるのではないか、と叔母である女官長から聞きまして」
あいかわらずサリカの行動を良く分かっている女官長である。
それに、とロアルドは続けた。
「最近は、あなたにおいそれと近づけなくなりましたから。……殺されかけたと聞きましたので、それも無理はないと思いますが。だからこんな形ではありますが、少しでも貴方に私が危害を与えないことをわかってもらった上で、お約束をして頂こうと思ったのですよ」
「そう……ですか」
サリカは肩の力を抜いた。
どうやら無理難題や、お見合いの話を再燃させようというわけではないらしい。
だからサリカはうなずいた。
「そんなことでいいなら……一曲、お相手いたします」
サリカの答えに満足げな笑みを見せたロアルドは、縄にしばられたまま後ろ手に握った鍵を返してくれたのだった。




