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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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24 真っ当ではないお誘い

 さらさらと流れるような音が幾重にも静かに響く。

 朝早い時間から入れ替わり立ち替わり、陽の光が差し込む明るい小広間にやってくる女官達の衣擦れの音だ。

 まるでさざ波のような音を作る彼女達の衣服は、どれも贅をこらされ、宝石や美しい刺繍、職人が繊細に仕上げたレースで飾られている。彩りも赤に黄色、緑に青と濃淡もそれぞれで、広間の中は色彩の洪水のようだ。


 彼女達が集合しているのは、明日に控えた祝宴の準備のためだ。


 王宮では一月に一度、何らかの宴が開かれているものの、今回はより盛大になる。

 なぜならば、エルデリックが公式に祝宴に出席するからだ。

 そこで今回は王子の初めての臨席のため、出席する全ての女官の服装に、統一した飾りをという女官長の発案によって女官達が集められた。


 しかも急なことだったので、皆、当日着る衣装をまとって、順番に装飾を縫い付けるお針子達の列に並ぶことになったのだ。


「殿下の社交の第一歩になる宴とはいえ、これならば本当に華やかになりますわね」


 ほぅ、と華やかさにため息をついたハウファが、サリカの腕を掴んで列に並ぶ。


「あの……ハウファさん、もう逃げませんから……」


 サリカが弱々しく訴えると、ハウファが「そう?」とにっこり微笑んで腕から手を離してくれる。


「あら、ちょっと赤くなってしまったけれど許してね? だってサリカさんたら『私は平民だからー』とか『人様の前に出られる顔じゃー』なんて言ってなかなか準備もしてくれないし、隠れようとするのですもの」


 うふふと上品に笑うハウファに、捕獲され済みのサリカはうなだれた。

 サリカは例の事件のこともあり、自重しようとしていたのだ。


 なにせ真犯人はいまだに捕まっていない。

 ただでさえ狙われる心当たりは他人に明かせないので、真相解明を命じられた騎士達は頭を抱えるばかり。

 事情を聞こうにも、実行犯は谷底に落ちて流されて、そのうち二人は遺体で発見。もう一人は見つかっていないようだが、そちらも物言わぬ状態になっていることだろう。


 あげく、フェレンツ王が秘密裏に探させているサリカを王宮で襲った男に関連しては、麻薬の売人がことごとく廃人にさせられていたらしい。おかげで肝心のサリカが視た老人の情報が得られず、そちらも捕まえられていない。


 完全に詰んでいる状態だ。

 だからサリカも大人しくしていたのだが、今回ばかりはサリカの身辺に目を光らせていた女官長が、エルデリックの晴れの舞台だからと、出席するように命じてきたのだ。


 とはいえ、サリカは祝宴に出たいとは思ってなかったのだ。

 今まで出席したことがなかった上、平民が貴族の集まりに出ていいものなのかと戸惑うしかなかった。


 そのうちに、話を聞いたエルデリックがなぜか盛装を用意してきた。

 我が子からのプレゼントのそのものといった衣装を見て、感動半分戸惑い半分のサリカは、夜中に鏡の前でこっそりとドレスを体にあててみて……泣きそうになったのだ。


 エルデリックが選んだのは、淡く渋めの色合いをした薔薇色の長衣だ。深紅を選ばなかったのは、派手すぎるとサリカが着ないと思ったからかもしれない。

 そんな配慮がなされていても、サリカには壁が高すぎた。さらには真珠が縫い付けられていることに仰天し、帯にも金の刺繍が入っているだけでもう、衣装に触れるのも恐くなってしまった。

 なまじ自分の父親が布を扱っていただけ、その高価さがわかるので、そういう意味でも恐かったが、なによりもこんな派手な服着て、変だと思われないかと不安になったのだ。


 びくびくするサリカは、着替えにも尻込みし、それを見かねたハウファとティエリに強引に着つけをされたのだ。


「そもそも、当の女官長様が警備は万全だからサリカも出るようにって言ってるのだし、それなのに平民だからとかおかしなことを言うのですもの。あと、その衣装もすごく合っているわ。せっかく殿下がお選びになったのですし、私みたいな年増よりもずっとサリカさんの方がそういう色って合うわよね。可愛いから、自信を持って?」


 ハウファは優しく宥めてくれるが、サリカはますます気恥ずかしくなる。


(そんな私より可愛い顔で年増なんて言葉、激しく似合いませんよハウファさん……)


 それでも、広間に着てからは誰もサリカの方に注意を払わなかったし、鼻で笑われることもなかった。

 だから少しずつ、サリカは(変じゃないのかも?)という気になって、立ち姿も背筋が伸びていく。


 そうしてしゃんと立って歩くようになった頃、お針子の様子を見ていた女官長と会った。


 女官長は先に衣装の直しを済ませたのか、祝宴用の服ではなく飾り気の少ない長衣を着ていた。

 いつも通りの高く結い上げた髪を覆う紗の布が、ふるりと揺れる。

 目を見開いて自分を見る女官長に、サリカは(素材の私がが微妙だから、似合って無くて女官的にもまずい感じだった?)と怯えたが、


「そ……その衣装であれば遜色ないでしょう。さ、早く飾り付けをしていきなさい」


 そう言われて、怒られるのかと思ったサリカは首をかしげる。

 とりあえずハウファと共にお針子の前に立ち、腰のあたりに銀刺繍のリボンと真珠の花を縫い付けてもらう。

 真珠の飾り紐がしゃらりと涼やかな音をたてた。

 白を基調にした上衣を着る予定のエルデリックの側に、同じ色を一つ身につけた女官達が立つ様は、王宮の者は間違いなくエルデリックへ忠誠を誓っているのだと、やってきた貴族達に印象づけるだろう。


 用事がおわると、サリカは再びハウファの後ろからこそこそと部屋に戻ることにした。

 完全にサリカの巣扱いになって二週間は経つ控えの間が近くなったところで、ハウファは自室へ行くため別れる。


 そうしてほんの十数歩の距離を一人で歩いた。

 エルデリックの部屋の前に控えた顔なじみの衛兵に「今日は綺麗な服着せてもらったんだな」と近所のおじさんのようなことを言われて苦笑いし、部屋まであと数歩というところで、向こう側から歩いてきたラーシュの姿に気づいた。


 いつも通り、裾の長い灰色の上着の内側に、革の肩から吊す剣帯をした青年は、長い前髪に隠れそうな灰色の目を、瞬いたように見えた。

 さらには足を止める。

 何をしているんだろうとサリカは首をかしげ、立ち止まったラーシュに近づいてみた。


「どうかしたの?」


 尋ねたサリカに、ラーシュは夢から覚めた人間のように言った。


「ああ、お前だったのか……その服は?」


 珍しく小綺麗な格好をしていたので、目に付いたのだろう。しかもサリカだとわからなかったらしい発言だ。もしかすると、地味な長衣を着せたわら人形を置いておけば、ラーシュなら間違えるんじゃないかと思いながら、サリカは答えた。


「明日の祝宴の準備。女官長様の衣装点検と、少し飾りを統一するとかっていって、女官はみんな呼び出されたの」

「それでか」


 ようやくサリカが美々しい服を着ている理由が納得できたようだ。うなずいたラーシュが別な質問をしてくる。


「この後、建物の外に出る予定はあるのか?」

「特にないわ。でも、もし出ることがあっても、陛下がブライエルさんを寄越してくれてるし、ラーシュだけに負担を掛けなくても……大丈夫だと思うけど」


 あの事件以来、ラーシュは出来うる限りサリカの側にいるようになった。

 最初は食事の時間をちゃんととれているのかと心配になるほどだったが、フェレンツ王が王子のためにという名目で騎士ブライエルや衛兵を増員してくれてからは、多少落ち着いた。

 けれど基本的に一日中サリカの後ろをついて歩いている。


 建前上、ラーシュが以前よりもあからさまにサリカの側についているのは、サリカのことを心配したエルデリックの命令ということになっている。

 正直、サリカも彼が見える場所にいるとほっとしていた。

 自分の事情を分かった上で、手を汚してくれるのはラーシュだけだ。


 何よりも、サリカの能力の影響を受けてラーシュが発揮する異常な身体能力。他の人を巻き込めば自分のせいで怪我をさせたと苦しくなるだろうけれど、その能力がある事を知って、ラーシュは怪我すらも負わずにいてくれるだろうという安心感もあるのだ。


 だからほんとは自分から引き離したくはない。ただ、ラーシュに自分が安心したいがために無理をさせたくはないのだ。

 そしてもう一つ、ラーシュには変化があった。


「そういえばサリカ、訓練は続けてるのか?」


 ラーシュがサリカのことを名前で呼ぶようになった。


「続けてるけど……どうして?」


 呼ばれる度に、落ち着かないような気持ちになる。

 ふと崖の上でのことがサリカの脳裏をよぎるのだ。死ぬのだとそう思った時に、サリカの呼んでくれたラーシュの声を。

 それもここ数日で大分慣れてきたのか、うろたえそうになることは無くなったが。


「前はあれだけうるさく俺の返事を催促して邪魔ばかりしていたのに、最近は音沙汰がないからと思ってな」

「や、あれは……その……」


 実はラーシュをからかっていたなどとは言えない。本当は、ラーシュと能力で会話する必要などないのだから。

 しかしラーシュは『確認のために返事して』というサリカの嘘を、信じてしまっていたようだ。

 どう釈明しようかと慌てたサリカに、


「お前のためだ。返事ぐらい、いつでもしてやるからな」


 そう言うと、ラーシュはふわりとサリカの頭を一撫でして、エルデリックの部屋へと向かう。

 言われたサリカの方は――――妙に優しいラーシュの言葉に気恥ずかしい気持ちにさせられて、慌てて自分の部屋の中に飛び込んだ。

 扉を後ろ手に閉めて背中をくっつけ、サリカはつぶやく。


「…………なんだろ、あれ」


 ラーシュの心境の変化がよく分からない。

 全てが急に変わったわけではないけれど、端々に今までにない気遣いを感じるのだ。

 あの時、サリカがあまりに怯えてひどかったのを見て、年下の女の子なのだからと対応を変えたのだろうか。

 頭を撫でるところからすると、その推測が一番適当な気もした。


 うーんとしばらく考えていたサリカだったが、悩んだところで本人ではないのだから正解など出てこない。


 とりあえず疑問は横に置き、サリカは祝宴用の衣装から着替える。

 後ろで複雑な形に整えられた帯を解き、長衣を脱いで皺にならないように衣装棚に掛ける。内側に着る絹にレースをふんだんに使った服も脱ぎ、いつも通りの白く派手にならない程度の飾りがついた内着と、紺色の長衣を着たところで、次に身につけるべきものを探した。


 それは鍵だ。

 帯の上から腰に巻く細い鎖に、サリカは仕事に必要な分と自分の自室の鍵を下げていた。


 けれどそれが見あたらない。

 変な所に置いたかと部屋の中を探し回ったサリカは、やがて小さな書き物机の上に二つ折りにされた紙片を見つけた。


 そんなものを置いた覚えはない。

 だからこそ「まさか」と思って紙片の中を見た。サリカが占領している部屋だと分かっている上で侵入者が入り、何か鍵と引き替えにサリカへの脅し文句でも書き残したのかと思ったのだ。


 しかし――――


「いや、ちょっと。これはないでしょ……」


 紙片には、確かにサリカの鍵を預かったと書いてある。

 続けて、返すので女官長の執務室まで来て欲しい旨が書いてある。

 あちらは一人だけで待つので、とも書いてあったので、女官長は同席しないらしい。それはさておき、最後の署名がなによりも問題だった。


「ロアルドさんが……なんで?」


 署名されていたのは、あの強引にお見合いをさせられそうになった青年、ロアルドの名前だったのだ。

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