16 練習におつきあい下さい
王宮へ戻ると、サリカはエルデリックに届け物のことを報告した。
もちおんお見合いのことは伏せる。
これ以上エルデリックに心配をかけたくないからだ。
話を聞いた後、エルデリックが移動するのについていく。
エルデリックは週に二度『学友』という名の貴族子女達との勉強会へ参加しているのだ。今日はちょうどその勉強会の日だった。
場所は、今日は天気がいいからと屋外の四阿が選ばれる。
待ち構えていた貴族子女達は6人ほど。経済力のある侯爵家の子息や私軍の力量が随一と言われる男爵家の娘、国内の伝信業に携わる家の子息などだ。
彼らは将来的にエルデリックを支える人間として期待されている者ばかりだ。
いずれエルデリックがフェレンツ王の執務の補佐をする時に、円滑にことが進むように、エルデリックの状態に慣れ、意思をくみ取れる人材を選ぶために必要な交流なのである。
ただ、子ども同士なのだから、本来ならばお茶会という形や遊び友達という形で交流を深められる方がいいのだろう。その方が子供達同士で打ち解けやすいに違いない。
しかし言葉の話せないエルデリックが、意思疎通を行うには手間がかかることが多い。
交流できても、詳しい話などはし難い。
なので講師として選ばれた学者から話を聞き、それについて質問をする『勉強』という形で、一緒にいさせるようにしているのだ。
これならば、多少紙に書く時間もできるので、エルデリックも思っていることを詳しく伝えやすい。
(がんばって、殿下)
一生懸命聞いたことのメモをとりながら、隣の少年にこっそり聞かれたことに、紙の端に文字を書いて返事をするエルデリック。その姿を微笑ましく見つめていたサリカは、四阿から少し離れた場所に移動する。
春の柔らかな風が、衣服の裾をゆらす。
あたたかな日差しから隠れるように木の下に立ったサリカは、集中しすぎてよろけないよう、後ろの木に背中をあずけた。
そうして目を閉じ、始めるのは『練習』だ。
昔、祖母に言われたのが、
――風が取り込むように世界の情報を感じ
風を送り出すように自分の知覚を広げること、だ。
意識しながら深呼吸すると、ふっと眼裏の景色が変わる。
暗闇に光る星の世界がサリカの目の前に表れた。
星の一つ一つが人の心だ。
サリカの近くにあるように感じる星達は、四阿とその周辺に集まっている人々のものだ。
サリカの見ているこの精神世界は、実際の距離を反映しているので、こういう見え方になるようだ。
ただ現実世界そのままというわけではない。縮図のように距離が縮まっていたり微妙に位置が違ったりする。
サリカは一つ一つ星に心の手で触れて、その心が誰なのかを確かめるのが常なのだが。
(今までのやり方じゃ、だめなんだもんね)
訓練するからには上を目指さなければならない。
サリカができないことといえば、まずはラーシュに叱られた通り、自分の精神状態により一番サリカの能力に過敏な反応をするラーシュに、影響を与えないこと。
そのためには自分で能力の発現をコントロールできるようになるしかない。
(コントロールを一からとか、必要になると思わなかったんだよなぁ)
サリカは心の中でぼやく。
今までラーシュほど過敏に反応する者がいなかったので、力の強くないサリカは、そんなことをする必要はないだろうと思っていたのだ。しかし無意識にやってしまうことが立証されてしまった以上、仕方ない。
無意識に行わないようにするために一番の訓練法は、素早く『自分の意思で』相手を特定できるようになることだ。
能力の使い方を脳に刻みこむように繰り返せば、脊椎反射でもそちらの行動を選択するはずとサリカは考えた。
そこで、とりあえずラーシュを探すことにする。
ふわふわと周囲を漂う星の中から聞こえる声。
耳慣れたものの中から、サリカはわりと時間を掛けずに探し出すことができた。
フェレンツ王の前で、二度ラーシュに能力をつかったからかもしれない。
ラーシュの星からこぼれてくる声は、はっきりとした言葉としては聞こえない。そして時折だけしか漏れ聞こえないということは、無心の時間が長いのだろう。エルデリックの様子を真面目に見守っているのに違いない。
感心感心、と思いながらサリカは精神世界から遠ざかる。
それから目を開く。
ラーシュの姿を探せば、エルデリックのいる四阿の向こうに立っていた。四阿の柱の陰になる位置にいたので、先程は気づかなかったようだ。
さて、と今度は目を開けたまま能力を使おうとする。
切羽詰まった時、ロアルドにわけもわからず迫られた時も、ぎゅっと目を閉じた瞬間に能力を使ってしまったのを思い出したのだ。なので、目を開けたまま能力を使うことで『目を閉じる』という動作が引き金にならないようにする必要があった。
けれど慣れないことをしているせいか、なかなか精神世界が見えてこない。
何度も深呼吸を繰り返した末に、ようやく切り替わりが訪れた。
紗の帳が降りるように、視界が無数の光の中に包まれる。
暗い部屋に差し込む一条の光の中、舞う埃が硝子のようにきらきらと輝くような、そんな光景が現実の視界に重なった。
(あ、ちょっとキレイかも)
空気中を漂う星の姿は、庭園を幻想的に彩っている。
その様子に数秒、サリカは見とれた。
それから改めて訓練を続ける。
ただやはり、星への接触がしにくい。
つい現実の体を動かして、手が届きそうな場所の星に近づいてしまいそうになる。
サリカは腕を後ろに回して両手を握り、動かさないようにしてから星に接触しようと試みる。
一番近い星に意識を集中し、それに触れている自分を想像する。
三度目ほど試して、ようやく声が聞こえた。その星は、どうやら斜め前にいたティエリだったようだ。
そこでコツをつかんで、サリカはラーシュを探す。
エルデリックの授業が進み、講師に質問する時間になる。その頃ようやくサリカは、ラーシュを探り当てた。
おそらくラーシュの声だろうと思う星に触れてる自分を想像しながら、さっそく話しかけてみる。
【ラーシュさーん、返事してしてくださーい】
ラーシュは表情を変える様子もない。まさか空耳だと思われたのかと不安になったサリカだったが、サリカの能力に過敏な彼が、そんな間違え方をするわけがないのだ。
となれば返事の仕方がわからないのだろうと思いつく。
【あ、心の中で思うだけで結構なんですがー】
応答方法を教えたのだが、やはりラーシュからは返事がない。
【そうすると、私がちゃんと能力を使えてるって、確認できていいんだけどー】
ちゃんと練習してるんで、それにつきあってほしい。その旨を話すと、ようやくラーシュが応答した。
(聞こえている)
【ラーシュさん付き合い悪いなー。言われた通り訓練してるのに】
愚痴をこぼせば、だるそうな声が聞こえた。
(いたずらかと思ったんでな)
ひどい、と思ったサリカはふくれる。
そして練習のために一度能力を打ち切る。そしてまたつなぐということを繰り返し始めた。
もちろん毎回ラーシュに話しかけて応答を強要する。
その度にラーシュの表情が、どんどん憂鬱そうになっていったのは仕方ないことだとサリカは気づかないふりをする。
せっかく訓練をしているというのに、いたずら扱いをされて傷ついたので。
それに練習相手になってもらえるのは、今ラーシュしかいないのだ。だからサリカは、ラーシュに迷惑そうな応答をされても、しつこく作業を繰り返したのだった。
その甲斐あってか、エルデリックの勉強会が終わる頃には、目を開けていてもすんなりと能力を使えるようにはなっていた。その後相手を見つけるのはまだ手間取るが、以前にくらべればかなりの進歩だろう。
悦に入っていたサリカは、そこで自分の側に静かに近寄ってきた騎士に気づく。
振り返れば、その騎士は見覚えのある人だった。たしかフェレンツ王に仕えている人だ。
「サリカ殿に検分してもらいたいものがあります。騎士ラーシュも一緒にお願いしたいのですが」
フェレンツ王の騎士が、サリカに検分をと言ってくるようなもの。
何だろうと考えたサリカは、ある一つのことに思い至った。
フェレンツ王に解明をお願いした、サリカを襲撃した者のことだ。だからラーシュも呼んでいるのだろう。
騎士に了承を伝えたサリカは、ラーシュにちょいちょいと手招きをする。
繰り返された練習の末に、サリカのことを睨んでいたラーシュは手招きに気づいてすぐにやってくる。
そうして二人は、フェレンツ王の騎士とともに、その場を離れたのだった。




