14 お見合いからの脱出作戦
(これじゃだめだ……)
普通に断ってもだめというのはどういうことか。隣で聞いているラーシュも、あっけにとられたような表情をしている。
どうしようと考えたサリカは、母親から送られてきた巻紙のことを思い出す。
今のところ1~3まで全敗続きだ。
しかし次。
4番は誰かに押しつけるというものだが……。
(押しつけられる相手が男しかいないんだけど!)
ちらっとラーシュの顔を見ると、嫌な予感がしたのか、彼は寒気がするように腕をさすりはじめた。
確かにサリカの事情に巻き込まれただけの彼を、ロアルドに押しつけるというわけにもいかない。あまりにも非道な行いすぎる。だからサリカはそれを諦めた。
(だけどラーシュがだめなら他には女官長様しかいないし! っていうかもういいやそれで!)
「あの、女官長様はどうなんですか!」
「え?」
「女官長様だったら、ロアルドさんと結婚してみたいですか!?」
「は!?」
女官長は面食らった様子だったが、サリカは無視した。
(それに、年上かもしれないけど女官長の方が美人じゃない!)
ロアルドにしても、もしかしたら熟女趣味かもしれないではないか。
やけくそになったサリカは、心の中でそう理由を作り上げ、女官長を押し返そうとした。
「あの、私既婚者なのだけど?」
「離婚するなら手をかしますよ! なんかこのあいだどこかの伯爵様が、神殿に離婚を認められたとか聞きましたから、できないわけじゃないですし! そうそう、旦那さんと上手くいってないって聞きましたがホントですか? もしそうなら、尚更乗り換えた方がいいんじゃないですかね! それにロアルドさんだって美人な女官長様の方が絶対お相手にいいと思いますよ!」
熱心に勧めるサリカに、女官長は呆然と口を開け閉めしている。
きっと常識がないと思われたのだろうが、サリカはかまいやしない。それならそれで、親族のロアルドの嫁には相応しくないと、諦めてくれればと思ったのだが、
そこで笑い出した人物がいた。
女官長を勧められているロアルドだ。こらえようにもこらえられなかったかのように苦しそうに横を向き、声を抑えて笑っている。
「くっ……サリカさんは本当に可愛らしい方ですね。容姿に自信がなくてそんな風に私を気遣って下さったのですか?」
「え……えと……」
サリカは戸惑う。
確かに容姿には自信がない。だからロアルドも年上でも美人な方がいいだろうとは思ったのだが。
だけどあの発言のどこがかわいいのか。サリカには全く理解できない。
「あなたも充分キレイですよサリカさん。大輪の薔薇だけが美しい花ではないのです。私は野に咲く菫のような人も素敵だと思いますよ」
(なんだそのストレートな口説き文句!)
サリカは驚きすぎて一瞬固まった。
せっかく女官長を倒せそうだと思ったのに、ロアルドがサリカに気がある発言をしてしまったら台無しではないか。
しかもサリカの衝撃を受けた顔を見たせいか、女官長が気を取り直してしまったようだ。
女官長は咳払いをしてからサリカに言う。
「あなた正気? ……というか、ええ錯乱なさっているのね? でもよろしいのよ。気分が悪いなら王宮には私が休暇を知らせておきますわ。ここで今日一日お休みになって、ロアルドに看病させますから。あ、騎士様はお帰りいただいて大丈夫ですわ」
女官長はにっこりとほほえみ直す。
サリカは二重に愕然とする。
この非常識攻撃にもひるんだものの、すぐにロアルドと接触する理由を探し出すとは、女官長おそるべし。
これはどう返せばサリカが優勢になるのか。
ぎりぎりと歯を食いしばるサリカだったが、ふいに横から加勢が入る。
「そろそろ、茶を飲むにしては時間が経ちすぎたと思んだが」
疲れた様子で言ったラーシュに、女官長の視線が移る。そして笑顔をくずさず言い放った。
「サリカさんだけなら大丈夫ですわ、ラーシュ様。ご心配なさらずとも、職務に戻られても大丈夫ですわ」
お前だけ先に帰れ。
やんわりとそういった内容の発言を投げられたラーシュは、ため息をつく。それからサリカの方にその目を向けてきた。
「どうするんだ?」
問われたサリカは焦った。
多分ラーシュはサリカに帰る隙を与えるために話をふってくれたのだろう。
しかし相手は女官長だ。のらりくらりと言いくるめられ、このままではサリカ一人で戦わなくてはならない。しかも分が悪いのだ。
(やだ、私も帰りたい!)
ラーシュに置いて行かれると思ったとたん、サリカはとにかく引き留めなくてはということだけで頭がいっぱいになる。
ラーシュを引き留めようとしたサリカを、すかさず邪魔したのは女官長だ。
「結構ですよね、サリカさん? お帰りは私が馬車を出させますから、安全面でも問題ございませんわ」
その言葉にサリカは悲鳴を上げたくなるのを我慢しながら、自分の意見を述べる。
「ラーシュが帰るなら、私もか、帰りたいのですが……」
(女官長とは帰りたくない! 置いていかないで!)
馬車の中で延々とロアルドの良いところなる話を聞かされるなど、まっぴらだ。園芸興味がないのに、好みの植物の特性について延々語られても苦痛なのと一緒である。だからラーシュが連れて行ってくれるよう、サリカは心の中で強く願った。
【一緒に連れて帰って!】
その時だった。
ラーシュが唐突に立ち上がる。そしてサリカの前でかがんだかと思うと、さっとサリカを抱き上げていた。
「え……!?」
一瞬で腕の中に抱えられたサリカは目が点になる。そんなサリカに、ラーシュが無表情のまま言った。
「あなたの望み通り、一緒に帰ります」
「……あ」
そのいつもとは違う硬質な口調に、サリカははっとする。
(まさか、私また力使っちゃった!?)
だからラーシュが、下僕状態になったのではないかと考えたサリカと同時に、ラーシュが我に返ったようだ。
ラーシュは自分を見上げるサリカを見下ろし、自分の状況を目視。それからぎょっとした表情でこちらを見ている女官長達に向かって一礼した。
「王子殿下より、側を離れるなと言われている。王子殿下はサリカ殿をことのほか大事にしていらっしゃるのでね。だから私だけが帰るわけにはいかないので、連れて行くので」
(おお、すばらしい言い訳だ)
感心しながら、サリカは首をかしげていた。
一緒に帰りたいと言ったら、なぜお姫様だっこになるのだろうと。下僕スイッチの入り具合が、何か過去に帰る→抱き上げるという回路で繋がってしまっていたのだろうか。
なんにせよ、この態勢は女官長とロアルドに凝視され、実に居心地が悪かった。
けれど正気に戻ったラーシュが、下ろすわけにもいかずにいる理由はわかる。急にサリカを下ろせば、ますます不審な行動になりかねないからだ。
けれどこのままでは、誤解されるのではないだろうか。
サリカの不安どおりの言葉を、ロアルドが口にした。
「それでも、なぜ彼女を抱き上げる必要が? まさかサリカさん、その騎士殿とおつきあいをされているのですか?」
「え……う……」
サリカは進退窮まった。
そうだと言えば、ラーシュと恋仲という設定で今後も過ごさなくてはならなくなる。不本意だ。ラーシュも不本意だろう。
しかし違うと応えたら、ここぞとばかりに女官長の口先三寸でラーシュと引き離されそうなのだ。
何か他の言い訳をさがさなくては。そうサリカは頭の中でぐるぐると考える。
おつきあいをしてるのかって聞かれた時は、どうすればいいんだっけ?
そこでサリカは母の教えその5を思い出した。
「あ、あの、お父さんみたいな人なので、尊敬してまして」
思い出した言葉をそのまま言ってみたら、効果は変な方向に覿面だった。
「えっ?」と固まる女官長。ロアルドもちょっと顔が青い。
その反応に、サリカも自分がなんてことを言ったのかと後悔した。
(ま、まずい。さすがにお見合いとか言ってたから、きっとうちの両親のこともそこそこ調べたんだろうし、そしたら、お父さんのあれこれな行状とか知ってる!? てか、女官長も絶句して大人しくなる理由には違いないけど、ラーシュに知られたら……)
サリカ達の反応に、何も知らないのだろうラーシュは、どうしてこんな目で見られなければならないのかと、サリカに問うような眼差しを向けてきている。
説明するべきだろうと思う。
けれどそれも、安全な場所に移動してからのことだ。
だからサリカは今直面している問題を先にかたづけることにした。
「と、とにかくそういうことなんで!」
サリカは女官長が驚いている間にと、戸惑うラーシュを促し、サリカはその場から逃げ出したのだった。




