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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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13 お見合いは我慢大会に似ている

 女官長に連れて行かれたのは、礼拝堂からそれほど遠くはない、コザ地区を出てすぐの場所だった。

 レンガの壁と黒いさび止めが塗られた鉄柵の門をくぐりぬけると、こぢんまりとした瀟洒な館が建っていた。


「小さな屋敷ですが、とてもいい家なんですよサリカさん。ここは私の義妹の家で、義妹が丹精しているクレマチスがとても見事で。今が盛りだと聞いて今日だけお邪魔させてもらっているの」


(その義妹さんも災難なことで……)


 コザ地区へ行くだろうサリカを確実に捕獲するため、女官長は近い場所に家がある義妹を頼ったのだろう。

 昼下がりの、貴族の夫人ならばゆったりとする時間に来客を迎えることになって、家人も掃除や飾り付けなどに追われたはずだ。


 まだ見ぬ、そしてこれからも知り合うことがないだろう女官長の義妹に心の中で同情しつつ、サリカは諦めの表情で馬車を降りようとした。


「サリカさん、どうぞ」


 馬車の戸口で待ち構えていたロアルドが、手を差し伸べてくる。

 馬車のステップからは段差があるので、確かに誰かに支えてもらえると楚々とした所作を保って下車できるだろう。


 しかしサリカは、女官長や彼にご令嬢然とした、おしとやかな姿を見せたいわけではない。

 今の所おしとやかな立ち居振る舞いは、エルデリック王子のためだけに使っているのだ。

 更には母の作ったお見合いを壊す方法の2を継続実行するという目的もある。

 だから手を借りずに降りようとしたサリカだったが、


「わっ!」


 決してサリカが足をふみはずしたとか、ヘマをしたわけではない。

 飛び降りるその瞬間に、なぜかロアルドがサリカを横からさらうように抱き上げたのだ。

 目を見開くサリカを、ロアルドはすぐに下ろしてはくれた。くれたけれども。


「なっ、ななな、なななんで!」


 人様に腰を抱きしめられるとか、どれだけ恥ずかしいと思っているのか。

 そしてなによりサリカは、抱きしめた瞬間に自分の体型が筒抜けになっただろうことにショックを受けた。


(お腹の肉がふよんふよんだってバレた! 絶対ばれたわ!)


 昔はそこまでではなかったはずだが、近頃気になりだしたのだ。

 思えばエルデリックを抱き上げられる間は、それが運動になっていたのだろう。お腹に力を入れるせいか、ウエストサイズが増えることはなかった。

 けれどエルデリックが抱き上げられないほど大きくなった後、少しずつサリカのお腹に溜まり始めたのだと思われる。

 ついに一緒に入浴したティエリに指摘され、ようやく気づいた頃には、ちょっとやそっとでは落ちない頑固な贅肉になっていたのだ。


 むしろ外観はさほど気にしていないサリカだが、ティエリに摘まれた腹肉だけはどうにかしたかったのだ。

 他の人にバレる前に。


(それなのにっ!)


 サリカは思わずロアルドを睨み付けてしまう。

 するとロアルドの方は楽しげな表情になる。

 え? と不可解に思ったサリカは、いつの間にか掴まれていた右手を引かれた。


「サリカさん、参りましょう」


 そうして屋敷の中へ引っ張られていく。


(まさかこの人、怒られると喜ぶタイプ?)


 よもや睨んだら嬉しがられるとは思わなかったので、サリカとしても予想外すぎた。

 しかし『結婚・恋愛は人ごと』と思っているサリカは、全く可能性を考慮していなかったが、ロアルドの方はサリカが、男性に触れられた羞恥心から睨んだのだと勘違いしていたのだ。


「そう恥ずかしがらないで。エスコートするだけですよ」


 にっこりと微笑んで言われたサリカは、さらに怒りがこみ上げる。


「……手を離してください」


 だから手をつないでいたくなかったのだが、ロアルドは返事もしてくれない。

 繋いでいる理由がわからないサリカは、そっと自分の手を抜き取ろうとした。

 が、急にがっしりと握り締められる。


 サリカはむっとした。

 このお見合いから逃げ出さないように、拘束しているつもりなのだろうかと。

 私は罪人じゃない! と思ったサリカは、立ち止まって足をふんばり、ぐにににと力一杯ひっぱった。よもやそこまで嫌がられると思わなかったロアルドが、ぎょっとして手を離す。


 すると全体重をかけて引っ張るために体が斜めになっていたサリカは、ころっと後ろに倒れそうになった。

 当のサリカは、尻餅と引き替えに拘束を逃れられるならいいだろうと思っていたのだが、幸いなことに受け止めてくれる人間が後ろにいた。


「あ、ありがと」


 礼を言うと、ラーシュがあきれ顔でサリカの背中を押して立ち上がらせてくれる。

 それからラーシュは、立ち止まってこちらを見ているロアルドに言った。


「今日は、彼女の身辺を気遣うことも殿下から命令されている。俺がついているので、そちらは先導だけしてくれたらいい」


 言われたロアルドの方は、目を細めて不審そうにラーシュを見た後、再び笑みをみせる。


「本当に王子殿下はサリカさんを大切にしていらっしゃるのですね。では、お先に」


 そう言って前を向いて歩き出す。

 ほっとしたサリカは、ラーシュと並んで屋敷の廊下を進み始めながら、思った。

 巻き込まれて迷惑をかけてしまったが、ラーシュが来てくれて良かったと。


「その……ごめんね、巻き込んで」


 他人のお見合いに同席など、不本意には違いない。

 例の件のことがあるので、サリカを放置できないだけなのに。

 そう思って謝れば、ラーシュは「いや、気にするな」と言ってくれる。


 ラーシュの気遣いに、口は悪くてサリカとは喧嘩になってしまうものの(悪い人じゃないんだよなー)とサリカはしみじみ思うのだった。


   ***


 女官長に招き入れられたのは、掃き出し窓の外に白い柱のポーチがある部屋だった。その柱に緑の葉を茂らせ、青紫の美しい花が星のように咲いているのが見えた。


「さ、どうぞこちらにお座りになって、サリカさん」


 お見合いをさせる目的を半ば達成したような気分なのか、満面の笑みを浮かべる女官長が、召使いのごとく椅子を引いてくれたりする。

 かいがいしくもお茶まで淹れた女官長は、自分も白いクロスのかかったテーブルの前に着席するなり、ロアルドのことを売り込んでくる。


「先日、このロアルドとお会いになったのでしょう? 私の母方の親族の子なんですけれどね、とってもよい子なんですよ」


 女官長の話を聞いてサリカは思う。


(ああ、だから私なんかとお見合いさせられてるんだ……)


 なんとかして誰かと行き遅れのサリカをくっつけたいと思ったのだろうが、女官長の知り合いはほとんど皆貴族だろう。その中に、好きこのんで辺境伯の孫とはいえ平民のサリカを望む人間がいるとは思えない。


 むしろ王子になつかれていることから、王家と商売をする手蔓としてサリカを評価するだろう、商人の息子を連れてくるんじゃないかとサリカは思っていたぐらいだ。


「ロアルドのことをよく知ってもらいたいから、ぜひこうしてお見合いのお茶会を開きたかったのよ。来て下さってうれしいわ」


 しかし女官長はこのまま押すつもりのようだ。ロアルドも隣で微笑んでいるところを見ると、何かしら親戚である女官長から何か取引条件でももちかけられたのかもしれない。

 とにかく早々に断るべきだろうと、サリカは口を開いた。


「ですが女官長様、親族もなしではお見合いとは言えませんし……」


 しかし女官長の表情は揺らがない。


「このロアルドとは私親戚ですから、ご両親の代理として私がいれば問題ございませんわ。そして上司となれば親代わりも同然。気軽に考えてサリカさん? 正式な場ではないけれど、こうして話をする機会にお互いを気に入れば、あらためて正式な席についた時にも話が早く済むわ?」


 どうやらロアルドとサリカをなんとか仲良しにして、その上でサリカに正式な見合いにうなずかせたいようだ。

 やはりやんわりと言っただけではだめだと諦めたサリカは、ストレートに女官長に言った。


「いえ、再三言っておりますが、私は結婚するつもりないので」

「そんなそんな。サリカさんも頼れる男性が側にいることに慣れたら、気持ちも変わるわよ。せっかくだから、これからロアルドとお庭を回りながら二人きりでお話してみたら? まずはお互いを知ることから始めて……」


 女官長はサリカを言いくるめようとしたあげく、最初の話題に戻ろうとする。

 何度か押し問答した末、サリカは肩をおとした。


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