11 殿下の計画始動
「ほんとにどうにかなるのかな……」
朝目覚めたサリカは、ぼんやりと天井を見上げながら考える。
正直、問題が二つに増えるとは思わなかった。
最初はお見合い話を断るだけだと思ったのに……どうしてこうなった。
せめて心を強く持てそうな代物、母の書いたびっくり内容の巻物でも見ようかと思うが、ここにはない。
なにせ襲われたばかりの身だ。
武芸に長けていないサリカは当然怖かったし、眠っている間に殺されては、犯人を知らせるどころではないだろう。
そこでエルデリック王子の私室に隣接する、控え室で昨日から寝起きをしているのだ。
「お見合いで私を引き入れるつもりなら、殺そうとしないだろうし。てことは完全に女官長とは別口の敵ってことよね……」
特に襲撃者側は、サリカの秘密を知っている可能性が高い。でなければ無力そうなサリカを殺しにくるはずがないからだ。
女官長が襲撃者と通じているのなら、ロアルドが呼び出した時にサリカを始末した方が楽だったはずだ。だから敵が二つだと思ったのだが。
そちらの方は、フェレンツ王が捕まえた男に問いただしてくれるというので、結果待ちである。
けれどこれも、あまりに男が口を割らないならば、サリカ自身が尋問することになるだろう。直接心を覗くという方法で。
それを想像し、身を守るためとは言えやりたくないなぁとため息をつく。しかし自分に関わることでもあるし、その嫌な役目を祖母や母に押しつけたくもない。
サリカは考えるのを止めて身支度をはじめた。
***
宿直のサリカは、まずエルデリックの朝の支度のため、小さな瓶に入れた水を運びにいく。
この後エルデリックが起きているかを確認し、まだであれば支度だけを調えて、予定の起床時間に別な女官が起こしにくるまでそっとしておく。その間、宿直のサリカは昼まで眠るのだ。
水を運ぶため、サリカは王宮の水場へ向かう。
バルタの王都の背後には、水が湧出する山がある。そこから流れる水を地下水道を通し、王宮や王都各所の水場へと水を送っていた。
王宮の中は、いくつもの水場がある。
王都育ちのサリカにはごく普通に思えるが、その水場は他国の人には少し特殊な形をしているようだ。
湧水のように吹き出し口があり、それが滝壺のように溜まる場所がある。そこで水を汲むのだが、半地下状態になっている。冬の凍結を防止するために地下を通しているために、そうならざるをえないのだ。なので水場へは石段を下りて行かなければならない。
そこには朝の内に済ませるため、掃除を担当する召使い達に混じり、王の女官達もいた。
長く仕えている王の女官達はサリカよりもさらに年嵩の女性ばかりだ。
そんな彼女達が、ひそひそとサリカを見ながら話しているような気がした。
(何かしたかな私……)
女性達がそういう行動におよぶのは、日常茶飯事だ。
幼少であろうと老女になってからであろうと、女性は内緒話と内輪話が大好きで、その対象となるのはやはりうわさ話であろう。
(ラーシュが異動したからかな)と、サリカは思った。
後から思えば寝ぼけていたとしか思えないのだが、その時は原因が思い出せなかったのだ。
なので、ラーシュが王の女官達に大人気だったのだろうと思っていたサリカは、昼近くに通常業務に入った後。同僚のティエリに笑われたのだ。
「そんな事じゃないわよ。結婚したくないと言い続けてる奇矯な王子の女官が、とうとう年貢の納め時か。王子が勧めるなら逃げ難いわねーって言ってるんだと思うわ」
ねーと隣の同僚に話を向けるティエリは、サリカより二つ年下であるのに婚約者が決まっている身だ。
そしてねーと相づちをもとめられたのは、もう一人の女官ハウファだ。
サリカより年上だが、既婚者のハウファはおっとりとした灰茶の髪の美女だ。彼女は困ったような表情で言う。
「昨日ね、殿下が私たちに仰ったことを、側にいた召使い達が聞いていたのだと思うのよ」
たぶんそのせいで噂されているんだわ。
それを聞いて、ようやくサリカは思い出した。昨日のエルデリックの提案を。
けれど知らないことになっているサリカは『あれのせいで!?』と驚きながらも、なんとか演技をする。
「え、どういう噂なんですハウファさん?」
「その……女官長がサリカさんにお見合いの話をもっていらしたんでしょ? それでサリカさんから悩んでるって話を聞いた殿下が『サリカの夫を決めるのは僕じゃないと』って言い出して」
ハウファは幼い少年のわがままだと思っているので、困惑した様子で嘆息する。
「私お止めしたのよ? やはりサリカさんのお気持ちや、ご両親のお気持ちが大事でしょう? けれど悠長なことをしてたら、女官長に先を越されるのは嫌だと書き綴ったまま殿下は折れなくて。あげくに、昨日から異動してらした騎士の方……ラーシュさんと仰ったかしら。あの方でいい、と言い出して」
「殿下もやっぱりお子様なのかしら。自分が決めることが大事なのか、目に入った人で問題ないなんて言い出すとは思わなかったわ」
ティエリまで呆れたように付け加える。
けれど純粋に心配してくれているらしいハウファとは違い、ティエリはすぐに好奇心で目を煌めかせた。
「で、昨日の異動時に少しは話したんでしょう? どういう人だったの、ラーシュ様って」
どうやらラーシュに興味津々のようだ。
陛下の側に登用されただけではなく、王子が母親代わりにしているサリカに勧める相手だ。
「どうかな……私も会話ってあまりしてないし、よくわからないかも……」
よもや言い争いをしたとは言えず、自動的にラーシュへの不満を漏らすわけにはいかないサリカの返事はもやもやしたものになる。
しかしハウファは年の功か、ティエリよりもサリカよりも詳細を知っていた。
「異国の出身だと聞いたわ。陛下が以前視察のため近隣の巡行をされた時に、開催されていた試合でラーシュさんと会ったんですって。そこで見込んで自分の側にお誘いになったというのだから、かなり腕に覚えのある方らしいわね」
(確かに強いとは思ったのよね)
襲われた時、助けに来たラーシュの様子を思い出して、サリカは心の中だけでうなずく。
あっという間に倒してしまった手腕は鮮やかだった。あの能力があるからこそ、ラーシュはフェレンツ王に勧誘されたと聞いても、周囲は納得してしまったのだろう。
「堅物だとは聞いたわ。陛下の女官が話しかけても、なしのつぶてだっていうの」
ティエリの情報に、ハウファが首をかしげた。
「堅実そうなところがおすすめだったのかしら?」
「そうかもしれないわよハウファさん。きっとサリカママを絶対裏切らなさそうな人間だからじゃないですか? でも男は女相手だと態度が違うこともあるし……もしかすると、殿下はラーシュさんの弱点でも握ってるんじゃないですか?」
「まさか」
……いえ、ほんとです。
心の中でサリカはハウファに返事をする。けれどそれを話すわけにはいかない。
サリカの秘密がばれるどころか、下僕扱いできることを他人に言ったら、間違いなくラーシュに半殺しにされそうだ。なので、じっと黙っているしかなかった。
「なんにせよ、殿下だって詳細はご存じないまま勢いで言っただけのようだし。陛下が殿下にラーシュ様をおつけになると聞いて、それなら信頼されている人間だろうからと、女官長様の思惑をはねつけるために思いついただけかもね」
ティエリの言葉に、ハウファはうなずく。二人はサリカを置き去りにしたままそう結論づけたようだ。
「でもそうすると、女官長は引くしかないんじゃないかしら? お見合いが嫌で殿下にお話したのでしょ? サリカさん。殿下ならサリカさんの嫌がることは強要しないだろうし、サリカさんに『付き合うように』って押しつける気はないみたいだから、とりあえず女官長があきらめるまでこの状態のままでいたらどうかしら?」
そうハウファに勧められたサリカは、
「は、ハハハハ……」
笑ってごまかすしかなかった。
内心、そう上手くいってくれればいいのにと思いながら。
女官長が諦めてくれたなら、エルデリックがサリカとラーシュをくっつける振りも終わるはずだ。
(ああでも、もう一方の襲撃者の問題があるか……)
女官長の計画と同時に、そちらもカタがついてくれないものかとサリカは願う。
「そういえば、女官長様を今日見かけなかったわね」
ティエリが言えば、ハウファがうなずく。
「ご実家の用で、午前のうちに退出されたと聞いたけれど」
これはとても嬉しい情報だった。
最近、女官長と会うことを避けるようにしていたサリカとしては、それだけでも今日は少し心に余裕が持てそうだ。
と思った所で、部屋の扉が開いた。
中にいる人間に確認もせずに開けるのは、部屋の主、エルデリックだけだ。
エルデリックは無邪気そうな瞳をサリカに向けると、かわいらしい顔に笑みを浮かべてサリカに宣言した。
ティエリ達がいるために、あらかじめ用意していたらしい紙を広げてサリカに差し出す。
【今日は、コザ地区の礼拝堂へ行ってくれるかなサリカ。新任のラーシュにも道を覚えてもらうため、一緒に行ってね】
それを見たティエリが声をひそめて言った。
「殿下、さっそくデートのセッティングですか……」
間違いなくそうだろうと、サリカも思う。
けれどこんなにあからさまにしなくても、とも思うのだ。おかげでこのお見合い張り合い合戦の行方に興味を引かれたティエリが、実に楽しそうな表情になっている。
これは後で感想をしつこく聞かれるに違いない。
(うう、めんどくさい)
心の中で呻くサリカに、続いて爆弾を落としたのはエルデリック本人だった。
【馬車だと案内しにくいだろう? ラーシュの馬に一緒に乗せてもらってね】
もう一枚、ぺらりとめくった紙に書かれていた文字を見て、ティエリが嬉しそうな顔になり、ハウファが気の毒そうにサリカを見る。
(これは絶対後でどうだったか問い詰められる……)
そしてサリカは渋い表情になりそうなところを、必死に我慢していた。
恋愛は他人事、自分は結婚も恋愛もしないと思い定めていたサリカにとって、恋話で問い詰められることほど面倒なものはない。
しかしげんなりとしているサリカに、エルデリックは【僕頑張ってるよ】と言わんばかりに、輝くような笑みをむけてくるのだった。




