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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
エピローグ
69/74

終章-辺境令嬢輿入物語

 謁見の間は、しんと静まり返っていた。

 その静寂を打ち破るように、扉の前に立つ衛兵が入室者の名を告げる。

 そして、重々しく開かれる両開きの扉。

 その人物が、こうしてこの扉を潜るのはこれで三度目だ。

 最初は、初めてこの国の国王と謁見する時。

 その時は、その国王に悪戯を仕掛けられて呆気に取られた。

 その後に第四側妃からの厳しい体罰を受け、悶絶していた国王のその姿は今でも明確に覚えている。

 二度目は、この国の国王の正式な妻──側妃ではあるが──となった時。

 その時は、国王に対して側妃たちが結託して悪戯を仕掛けた。

 あの時の国王の、呆然とした顔もまた今でも忘れられない。尤も、その後に国王からきっちりと幸せな仕返しをされたのだが。

 そして今。

 彼女は三度、その扉を潜り抜ける。

 その身に纏うは純白のドレス。かつて側妃としてお披露目された時に着たドレスと同じ色。だけど意匠や細工、装飾などはあの時よりも遥かに煌びやかに。

 彼女は顔を伏せ、足元に敷かれた真紅の絨毯を見ながらゆっくりと歩を進める。

 今、この謁見の間には大勢の人間が集まっていた。

 顔を伏せながら、ちらりとそれらの人物に目をやれば、皆きちんとした正装をして整然と整列して自分を見詰めている。

 そして、その中に知人たちの顔を見つけ、彼女はほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 ジェイクがいる。

 彼は誰にも気付かれないように、そっと右手の親指を立てた。

 ケイルがいる。

 彼はその厳めしい顔を、ほんの少しだけ緩めてゆっくりと頷いた。

 アーシアがいる。

 彼女はいつものようににっこりと微笑むと、胸の前で小さく手を振った。

 サリナがいる。

 彼女は愛用の扇を手にして、自分を励ますように慈しむような笑みを浮かべている。

 マイリーがいる。

 彼女は今日も春風のように穏やかに微笑みながら、ぱちりと片目を閉じて見せた。

 リーナがいる。

 彼女は特に動きを見せないが、その視線は雄弁に自分を励ましてくれている。

 コトリがいる。

 彼女は声を出す事なく口だけを動かして、激励の言葉を投げかけてくれた。

 アミリシアがいる。

 彼女は母親が娘に向けるような、慈愛に満ちた笑みを向けている。

 そして、眼帯をした隻眼の黒髪の男性の姿もある。

 彼の左右には金髪と黒髪の美しい女性が控え、三人とも無言で自分を祝福してくれる。

 彼女は、そんな家族とも言うべき知人たちに、心の中でそっと礼の言葉を述べた。




「ミフィシーリア・アマロー」


 歩みを止めた彼女に、段上より宰相のガーイルドがその名を呼んだ。


「本日、この時を以て、汝をカノルドス王国の王妃として迎える。以後、汝には王家であるアーザミルド家の家名とカノルドスの国名を与え、国王ユイシーク・アーザミルド・カノルドスの名の元に、ミフィシーリア・アーザミルド・カノルドスと名乗る事を認める」

「はい。アーザミルド家の家名とカノルドスの国名、謹んでお受け致します」


 ミフィシーリアが顔を臥せたままそう告げると、今度は頭上より国王その人の声が降ってくる。


「ミフィシーリア・アマロー、いや、ミフィシーリア・アーザミルド・カノルドスよ。余の前へと来るがよい」


 その声に応じ、ミフィシーリアが顔を上げると、その視界に国王の姿が写る。

 彼は白を基調とした礼服に身を包み、腰には礼装用の装飾された突剣(レイピア)。そして、頭上にはその地位を現す王冠が輝いている。

 ユイシークに向けて小さく微笑んだミフィシーリアは、ゆっくりと目の前にある階段を登っていく。

 一歩階段を登る度、彼女の脳裏に今日までの事が鮮明に思い出された。

 領地を隣とする随分と年上の貴族に嫁ぐはずが、その貴族が問題を起こしたためにその嫁ぎ先が急遽国王の元に変更した事。

 そして、その国王との邂逅。出会ってすぐ、彼のその人をくったような性格に驚かされた。

 先輩の側妃たちとの出会い。

 彼女たちは皆、新参者の自分を妹のように迎え入れてくれた。

 そして巻き起こった様々な事件。

 時に翻弄され、時に笑い合い。国王のその自由奔放な性格に涙した事もあった。

 最近では、「エーブルの争乱」と呼ばれる反乱に面し、留守であった国王に成り代わってこの国を支えた事もある。

 尤も、その争乱があったからこそ、自分が今日この場にいる事を誰も反対しないのだが。

 ミフィシーリアは、過去を思い出しながら段を登り、とうとう最上段まで登り詰めた。

 そして、国王であるユイシークと真っ正面から見つめ合う。

 ミフィシーリアがにこりと微笑めば、ユイシークはにやりといつものような悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 ──ようやく、ここまで来たな。


 彼は無言でそうミフィシーリアに語りかけて来る。


「ミフィシーリア・アーザミルド・カノルドス」


 ユイシークが彼女の新たな名を告げる。

 そして、ミフィシーリアはそれに応えて無言で跪いて頭を垂れた。

 ユイシークはそれを確認すると、ガーイルドが恭しく掲げた布張りされた小さな盆より、自分のものよりも小振りな(ティアラ)を取り上げ、それをゆっくりとミフィシーリアの頭上に乗せた。

 この瞬間。

 それはこの国に正式な王妃が誕生した瞬間であった。




 割れんばかりの歓声と拍手。

 この部屋に居合わせた者たちは、口々に国王と新たな王妃の名を呼ぶ。

 そして、この国の未来に大きな希望の光を見出す。

 この二人がいる限り、カノルドス王国は安泰である、と。

 これからも、この国には様々な問題が持ち上がるだろう。

 もしかすると、先の「エーブルの争乱」のような反乱だって起こるかもしれない。

 だが。

 だが、国王と彼を支える王妃が健在である限り、この国が暗雲に覆われる事はないだろう。

 そんな思いを込めて、人々は王と王妃の名を連呼する。

 そんな歓声の中、王と新たな王妃は場所を移動する。

 新たな王妃の姿を一目見たいと望むのは、何も貴族たちばかりではない。

 今日、王城は解放されており、王城の前庭には、新たな王妃の姿を見ようと多くの市民たちが詰めかけていた。

 そんな彼らは、前庭に面したバルコニーに王と新たな王妃がその姿を見せるのを、今か今かと待っているのだ。

 そして、遂に彼らの待ち望んでいた時が来た。

 遥か頭上にあるバルコニーで人が動く気配がし、やがてそこに一組の男性と女性がその姿を現す。

 二人は揃いの白い正装で、頭上には王冠。

 集まった市民たちは、彼らが誰なのかすぐに悟って歓声を上げる。

 そんな市民たちに、姿を見せた男女はゆっくりと手を振って応えて見せる。

 しかし、女性が何気なく隣の男性を見た時、その眉がきゅっと寄せられた。

 なぜなら、彼は浮かべていたのだ。

 いつもいつも、彼女やその「家族」たちが振り回される、あの悪戯小僧のような笑みを。


「し、シーク? 何を企んでいるのですか?」


 ミフィシーリアが小声で隣のユイシークに尋ねれば、彼はにやりとその口角を歪めた。


「こんな遠くからじゃ、民たちもおまえの顔が良く見えないだろ? だから……兄貴(アニキ)! やれ!」

「──────え?」


 驚いたミフィシーリアが振り返れば、いつの間にかそこに黒髪で隻眼の男性が控えていた。

 その男性の顔には、何とも申し訳なさそうな表情が。どうやら、国王の企みの片棒を強引に担がされたようだ。

 その隻眼の男性が小さく名前のようなものを呟く。

 その瞬間、何もない空間に黒い亀裂が走り、そこから巨大な飛竜が飛び出した。

 飛竜は王城の上空を一度旋回すると、ゆっくりとバルコニーのある場所まで降下してくる。

 そして飛竜がバルコニーと同じ高さまで降りて来た時、ユイシークがいきなりミフィシーリアを横抱きに抱え上げた。


「きゃっ!! シークっ!?」


 驚きの声を上げるミフィシーリアを無視して、ユイシークは飛竜に飛び乗る。

 この時、驚いたミフィシーリアは気づいていないが、飛竜の背には先程の隻眼の男性の姿もある。どうやら、最初に飛竜が亀裂から現れた時、彼も飛竜に飛び乗ったらしい。

 ミフィシーリアたちを乗せた飛竜は一旦上昇し、ゆっくりと旋回しながら再び民たちが待つ王城の前庭へと着地した。

 民たちも突然現れた飛竜に驚くものの、先の「エーブルの争乱」で名を馳せた一人の男性の異名を思い出し、おっかなびっくりその様子を見ている。

 そして、飛竜が前庭に着地すると、最初こそ遠巻きにしていたものの、徐々にその距離を詰めて飛竜の周囲へと集まって来る。

 民たちは、飛竜の背に国王と新たな王妃の姿がある事を知り、その姿を間近で目にして更なる歓声を上げた。

 さすがに国王夫妻が飛竜の背から降りる事はなかったが、それでも遥か頭上のバルコニーよりも近くで二人の姿が見られた事に民たちは大いに喜んだ。

 そんな彼ら──正確には彼のいつもの突飛な行動──を、バルコニーにいた国王の側近と側妃たちは頭が痛そうに、それでいて仕方ないなと言いたげに苦笑しながら前庭を見下ろしていた。




 辺境令嬢輿入物語。

 そう呼ばれる有名な物語がある。

 それは遥か昔、当時この国を治めていた若い国王の元に、一人の辺境貴族の令嬢が輿入れしてくる物語だ。

 たくさんの吟遊詩人たちが唄い、数多くの演劇の題材とされたとても人気のある物語である。

 様々な解釈が取り入れられ、時代を重ねるにつれてその物語は微妙な変化を起こし、色々な筋書きが書かれるようになった。

 辺境貴族の純朴な令嬢が、我が儘で横柄な先輩側妃たちの嫌がらせに耐え、やがて国王に見初められて王妃の座に就くもの。

 国王が辺境に現れた強大な魔獣を退治するために遠征し、魔獣と戦って大怪我を負った国王を辺境貴族の令嬢が手厚く看護し、互いに絆を深めて最後には結ばれるもの。

 幼馴染みだった国王と令嬢。令嬢が他の貴族と結婚させられそうになるのを国王が知り、強引に自分の側妃として迎え入れるもの。

 それ以外にも、様々な筋書きが描かれ、唄や演劇の題材となっている。

 しかし。

 その中で最も有名で人気のある筋書きは、国王に側妃として望まれた辺境貴族の令嬢が、国王や先輩の側妃たちと家族のように仲睦まじく暮らすものであった。

 その物語の中で、主人公の辺境令嬢は国王や側妃たちと情を深め、様々な問題を乗り越えてやがて王妃の座に就き、国王や側妃たちと共に幸せな人生を送る事になったという。




 そして、その物語を最初に唄った吟遊詩人は、黒髪で隻眼の吟遊詩人であったと世間では噂されている。



 『辺境令嬢』ここに完結!


 一年と二ヶ月という長い間、当作とお付き合いくださり本当にありがとうございました。

 本編は完結しましたが、取り止めもない零れ話が幾つかあるので、そちらは散発的に番外編として今後公開していくつもりです。

 例えば、ミフィの出産のお話とか、侍女頭の恋愛事情とか、弟くんのその後とか。

 あと、お風呂で側妃たちのあれこれなんてのもアイデアだけはあります(笑)。


 何はともあれ、今日までたくさんの方にお世話になりました。

 感想をいただけた方、誤字を指摘してくださった方。本当にお世話様でした。

 改めてお礼申し上げます。


 今日までありがとうございました。


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