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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
58/74

27-テリオス

 ミフィシーリアの襲撃とリーナの誘拐という事件から数日。

 ようやく側妃たちが生活する後宮も落ち着きを取り戻し始めたそんなある日。

 いつもの王城の中庭の東屋ではなく、後宮の庭の一角にあるベンチとテーブルに、五人の側妃たちが集まっていた。

 リーナの誘拐以後は後宮の警備も見直され、側妃たちから少し離れて後宮騎士隊の女性騎士たちが警備を固めている。もちろん、周囲には数人の使用人の姿もあるが、彼女たちは側妃たちの会話の邪魔にならないように静かに控えていた。

 彼女たちが集まっているのは、先日の事件のその後について詳しい話を聞くためだ。


「じゃあ、やはりストリーク伯爵家は──」


 ミフィシーリアの問いに、リーナが渋い顔で頷いた。


「ええ。側妃を二人も標的にしたのですもの。無罪放免ってわけにはいかないわね」

「だけど、主犯は末娘のアルジェーナって()で、当主は何も知らなかったんでしょ?」

「その『何も知らなかった』がまずいのですわ」

「監督不行き届きって奴ですね」


 アーシアが尋ねた事を、サリナとマイリーが解説する。


「ただ、現当主のストリーク伯は老齢ながら真面目な人物でね。これまでずっと王国に尽くして来たわ。次代の当主である伯の長男も、父親に似て若いながらも立派な人物なのに……」


 末娘の我が儘な暴走でそれが全て水泡に帰してしまったわ、とリーナは残念そうに零した。


「ただ、幸いにもリィさんやミフィさんの事件は表沙汰にはなっていません。よって、シークさんや父はもっと軽い別の罪をストリーク伯爵に押し付けて、それ相応の処罰で済ますとの事でしたわ」

「今までの功績も考慮して、具体的には爵位を伯爵から男爵に格下げし、領地を今の場所からもっと僻地へ変えるそうです」


 サリナとマイリーの話を聞き、ミフィシーリアはほっと胸を撫で下ろす。

 いくら自身が標的にされたとはいえ、極刑などの厳罰にするのは些か気にかかっていたのだ。

 確かにアルジェーナの仕出かした事は、一族郎党斬首に処されても無理はない程の重罪なのである。それがその程度で済むのなら御の字というものだろう。


「ただ、やはり主犯のアルジェーナにだけは、もう少し重い罰を与えるそうよ」


 リーナの言葉にサリナが続く。


「極刑にだけは処さないものの、今シークさんたちがどうするか相談しているそうですわ。とはいえ、一生幽閉か奴隷へ落とされるぐらいはしていただきませんと私の気が収まりませんっ!!」


 怒りも露なサリナに、ミフィシーリアは少々驚く。

 本来は温厚な彼女がここまで怒りを露にするのは、もちろんミフィシーリアやリーナを思っての事であり、それを理解しているミフィシーリアはその事がちょっと嬉しかった。




 一連の事件のその後の処置を聞いた側妃たちの会話は、次第に次の話題へと移る。


「そう言えば、城の中に紛れているっていう事件の関係者って人たちはどうなったの?」


 アーシアが言うのは、リカルド──どうやら偽名のようで本名はリガルらしい──を初めとした、一連の事件に関わった者たちの事である。

 後宮から側妃を誘拐したのだ。内通者は一人や二人ではあるまい。

 その事に思い至り、ミフィシーリアの表情が僅かに曇る。

 リーナを直接誘拐したリガルという男と、ミフィシーリアの侍女のメリアとの間に接点があった事は周知の事実であり、彼女がリガルに側妃たちに関する情報を流していたのではないか、という疑惑がかかっているのだ。

 現在、メリアは謹慎を言い渡されており、このような場にはいつも同席していた彼女の姿がないのはそれが理由だった。

 もちろん、ユイシークを筆頭にメリアを良く知る者たちは、彼女が故意に情報を流していないと信じている。

 だが、接点があったのもまた事実であり、このまま放置するわけにもいかないのだ。


「現在、内通者は洗い出し中よ。疑わしい者は、サリィにも協力してもらっているしね。もっとも、本当に疑わしい連中はとっくに姿をくらましているけど」

「本当、シークさんも父も人使いが荒いったらありませんわ」


 リーナの言葉を受けて、サリナが憮然とした表情で手にしている扇を弄ぶ。

 あの事件以後、リーナが今言ったように王城から姿を消した者はかなりの数になっており、中には軍でそれなりに高い地位の者さえいた程だ。

 現在、その捜索の網は王城の中だけではなく、出入りの商人にまで及んでいる状況だった。


「ですが、全ての内通者を洗い出すのは不可能でしょうね」

「マリィの言う通りね。まさか王城にいる者全員をサリィの異能で調べるわけにもいかないし」


 サリナの「感応」の異能は相手の思考を読み取る異能だが、その分彼女の心に大きな負荷がかかる。一度に大量の人間の思考を読み取れば、逆にサリナの心が壊れてしまうだろう。




「そういえば……」


 ミフィシーリアは何かを思い出したかのように、集まっている側妃たちを見回し、その視線をマイリーのところで落ち着けた。


「マリィに聞きたい事があったのです」

「私にですか? ええ、何でも聞いてください」


 いつものように、マイリーはにっこりと春風のような爽やかな笑みを浮かべる。

 中性的な彼女がそんな表情をすると、何とも不思議な気分に陥ってしまう。

 実際、側妃たちの様子を窺っていた護衛の女性騎士たちの中で、今のマイリーの微笑みを見た何人かが頬を赤く染め、彼女に思わずぼぅっと見入ってしまっている。

 そんな女性騎士たちに心の中で慰めの言葉を送りながら、ミフィシーリアはマイリーに尋ねる。


「尋ねたいのはこの子の事です」


 ミフィシーリアが第六の間の鍵を取り出してその鍵に意識を集中させると、鍵に付いていた黒い石のようなものがぽろりと落下し、地面に落ちた黒い石がもぞりと蠢き始める。そして蠢いた石は、やがて子犬のような大きさと形で落ち着いた。

 もちろん、子犬と言っても本物の子犬のようなふさふさとした毛並みもころころとした雰囲気もなく、のっぺりとした影が立体的に子犬の形をした、というものでしかないのだが。


「この子は……私の『使(つかい)』なのですね?」


 ミフィシーリアはその黒い子犬のような『使』を、皆に見せるように抱き上げた。その際、彼女の『使』は本物の子犬が喜ぶように、小さな尻尾をぱたぱたと振る。

 一同はミフィシーリアが抱き上げた『使』を見て、思わず目を丸くさせる。


「……これはまた……」

「随分と可愛らしい『使』ですわね」

「うん……こんな可愛い『使』は見た事がないよ」

「………………」


 リーナ、サリナ、アーシアが口々にミフィシーリアの『使』に対する感想を口にし、マイリーに至っては黙ってじっとその子犬のような『使』を凝視していた。


「やはり、皆さんも『使』を持っているのですか?」

「うん、ボクたちは全員、一人一体ずつ『使』を持っているんだ」

「とはいえ、何時でも『使』を生み出せるマリィは必要に応じて生み出していますけど」

「私の『使』はこの前見たわよね?」


 リーナの救出に赴いた先で見た、巨大な黒いカマキリ。それを思い出してミフィシーリアは彼女の言葉に頷いた。


「じゃあ、改めてボクの『使』をミフィに紹介するね。おいで、ブーン」

「では、わたくしも。いらっしゃいな、トルネオ」


 アーシアとサリナがそれぞれ鍵を取り出し、自分の『使』の名を呼ぶ。

 それに応じて、アーシアの身体に全長二メートルほどの白蛇がまとわりつき、サリナの背後に牛ほどの大きさの黄金の獅子が出現する。

 そのどこか威厳さえ感じさせる二人の『使』に、ミフィシーリアは思わず目を見張る。

 しかも、自分とリーナの『使』は黒一色で、細かな造形などないに等しいが、二人の『使』はそれぞれ独自の色を持ち、目鼻といった顔立ちや蛇の細かな鱗、獅子の豊かな毛並みまでがはっきりと現れている。


「これはあくまでも推測でしかないけど、私たちとアーシィたちとの違いは異能を持っているかいないかじゃないかしら?」


 ミフィシーリアの疑問を敏感に感じ取ったリーナは、彼女の疑問に関する推測を口にした。


「シークの『使』は規格外もいいところのコトリだし、アーシィとサリィの『使』も本物同然の姿をしているわ。対して、異能を持たない私たちの『使』は不完全な造形しか持たない……こうなると、異能の有無が『使』の姿に影響を与えているとしか考えられないでしょ?」


 ミフィシーリアも、リーナの推測がおそらく正しいだろうと思う。

 擬似的な生物を生み出すマイリーの「疑似生命」の異能。彼女の異能によって生み出される『使』は、ミフィシーリアたちのように他者に譲渡することもできる。

 マイリーが直接生み出す『使』は、「完全体」ともいうべき姿で生まれてくるが、他者に譲渡する場合は「卵」の状態で譲られる。

 この「卵」こそがミフィシーリアたちが持っている鍵に付いていた黒い石であり、休眠状態の『使』もまた、この姿で待機しているのだ。

 そして、譲渡された『使』の「卵」は、主人となるべき人物の性格や異能などの影響を受け、それに適した姿や能力で生まれてくる。

 強力な異能を二つも併せ持つユイシークの『使』が、人間そっくりに考えて行動するコトリであり、同じく異能を持つアーシアとサリナの『使』もまた、本物そっくりの姿をしている。

 これだけでは比較の例としては少ないかもしれないが、おそらくリーナの推測は正しいのだろう。

 と、ここまで考えてミフィシーリアはとある事に気づく。


「ところで、『使』は成長するのですか?」


 自分の腕の中で大人しくしている子犬のような『使』。側妃に与えられた『使』の役目は護衛なのは間違いない。

 だが、アーシアの白蛇やサリナの黄金の獅子、そしてリーナの大カマキリに比べると、自分の『使』はどうも護衛として頼りないような気がするのも事実で。


「ええ。『使』も成長するわ。私のティースも最初は本物のカマキリと同じ位の大きさだったわね」

「ボクのブーンも小ちゃかったよ」

「わたくしのトルネオも普通の猫ぐらいの大きさでしたわ」


 どうやら『使』も成長するらしい。

 なんとなく、護衛としては頼りない見かけの自分の『使』も、しっかりと成長すると判ってほっとするミフィシーリア。だが、同時に別の疑問が彼女の胸の内に沸き上がる。


「成長するとして……私のこの子は、大きくなれば成犬のような姿になるのですか? それとも、このまま単に大きくなるだけなのでしょうか?」


 この問いかけに、三人の側妃たちは互いに顔を見合わせた。


「ど、どうかしら……?」

「す、少なくともボクたちの場合、大きさは変わっても見かけは変わらなかったけど……あ、でもコトリは生まれた時からあの姿だったよ。心の方は小さな子供みたいだったけど」

「ま、まあ、そのまま大きくなったとしましても、可愛らしくていいのではありません?」

「そうですっ!! 可愛いからいいじゃないですかっ!!」


 突如大声を出したのは、それまでずっと黙ってミフィシーリアの『使』を見詰めていたマイリーだった。


「ああ……なんて愛らしい姿をしているんですか……ミフィ!」

「は、はははは、はいっ!!」


 ぎろり、とマイリーの鋭い眼光がミフィシーリアを射抜く。


「この子………………私にくださいっ!!」

「は、は…………はあ?」

「どうしてミフィの子はこんなに可愛いのっ!? 私が自分で生み出す『使』は、こんなに可愛い姿では生まれてこないのに……ミフィだけずるいっ!!」


 まるで幼い子供のような口調のマイリーに、思わずぽかんとした表情を浮かべるミフィシーリア。

 マイリーが生み出す『使』は、ある程度その姿を自由に彼女が決められる。

 しかし彼女が産み出す『使』は、全てがのっぺりとした影のようなものばかりなのだ。

 例えば犬の姿をした『使』を生み出す場合、その姿は成犬の影が立体化したような『使』が生み出され、ミフィシーリアのように子犬の姿では生まれてこない。

 その事が、マイリー的にはいたく不満なのだった。


「出ましたわね。マリィの可愛いもの好きの癖が」

「本当、マリィってば可愛いものに目がないよねぇ」

「彼女の部屋、可愛い系の動物の人形などで溢れかえっているものね」


 自分の腕の中から『使』を強引に奪い取り、嬉しそうに頬ずりをしているマイリーを見ながら、ミフィシーリアは途方に暮れる。

 心なしか、自分の『使』が必至に自分に助けを求めているような気がしなくもない。実際に、しゅんと尻尾を縮こまらせていたりするし。


「ところで、あの『使』には名前をつけたの?」

「え? あ、は、はい」


 救いを求めているような『使』から視線を逸らし──ついでにいつもと様子がまるで違うマイリーからも視線を逸らし──、ミフィシーリアはアーシアたちに自分の『使』の名前を披露する。


「あの子の名前はテリオス。テリオスと名付けました」



 『辺境令嬢』更新しました。


 今回は一連の事件の顛末と、『使』に関する設定の披露でした。あと、ついでにリーナ以外の側妃たちの『使』の紹介も兼ねております。

 実はここだけの話、リーナの大カマキリは、最初『魔獣使い』のリョウトが使役する魔獣の予定でした。それが『魔獣使い』では結局使わなくなり、そのまま捨てるのももったいないので『辺境令嬢』へと流れて来ました(笑)。


 この『辺境令嬢』ももうすぐ連載開始から一年。この一年よく続いたと自分でも思います。

 これからも引き続き、よろしくお願いします。


 ではっ!!

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