テッドと合流
新米の季節だ。最近はダンジョンにはなるべく行かないようにして、時空魔法の特訓と、上の世界に行けるようになった時の為に肉や食材を貯め込んでいる。
あとは売る為の金も少し。相場って良く分からないけど、何日か滞在出来る位は欲しいかな。
忘れちゃいけない飛翔訓練。パスポートが無理なら飛んで行くしかない。
密入国は上の世界では罪になるけど、この世界では罪じゃない。
そういえば、マイクさんてアメリカのどこ出身なんだろう?
「まあ、ユーリちゃん、久しぶりね。いらっしゃい。生憎テッドはまだ帰路の途中なの」
「あ、いえ。今日はマイクさんに聞きたい事があって」
「そうなの?」
「そういえば、マイクさんの亜空間移動で行かなかったんですか?」
「…あ!そうよね!すっかり忘れてたわ!」
「どの道王都に行った事ないから無理じゃないかな?」
「失礼します。あ、お久し振りです。ユーリさん、大きくなられましたね?」
「それ私も思ったわ!モコちゃんも大きいし、そういう血筋なのかしらね?」
「そうだな。ムーン殿はかなり身長が高いし」
そうなんだよね。ここ数ヶ月で随分伸びた。
「テッドよりもですかね?」
「うーん。同じ位かしらね?ところで何を聞きたかったの?」
「アメリカのどこ出身なんですか?」
「オアフ島です。海沿いの、いい所でした」
オアフ島…?って、ハワイだっけ?海外旅行ってした事なかったから、分からないんだよね。興味もなかったしな。
ここで聞くのは恥ずかしいから、上の世界に行けたら調べてみよう。
アメリカ大陸のどこかよりは見つけやすいかな?
「あの…それが何か?」
「あ…いえ。またいずれ。そういえばマイクさんは、時空魔法は全部覚えました?」
「いえ…ここでお仕えしてからは殆ど魔法は使ってませんから。たまに荷物をお預かりする位なので」
執事補佐だもんね。無理もないか。
「多少は戦えるようになりましたが、まだ魔法を使って戦える段階にないので、魔力量も低くて使い物になりません」
亜空間を維持する為にも魔力はかかるし、移動にもかかる。私の場合使ってるよりも回復する量が多いからその辺は無視出来ちゃう。
収納庫の維持には魔力はかからないけど、出し入れにも少しだけ魔力は必要。
普段から時空魔法を使ってるとも言えるけど、その程度じゃ上がらないもんね。
「テッド様にも上げるコツは教わったのですが、なかなか…」
「ショートワープとか戦いながら使うのは難しいですか?」
「戦いながら他に集中するのは難しいですね。私にはそういう才能はないようです」
んー。並列思考とかも持ってそうにないし、それこそ妄想…いや、真面目な大人にそんなの教えちゃだめだよね。
「もうあと数日で戻ると思うけど、また来てくれるわよね?」
「そうですね」
新しい町で落ち人の確認もして貰わないと。果物ダンジョンは興味あるかは分からないけど、教えたいし、界を越える方法がある事も言うつもりだ。
あともう少しだと思うんだよね。魔法を覚えるまでには。
折角なので、新米も買った。精米までされているから、ダンジョンで集めるよりも楽なのだ。
それと野菜も。あちこちの町で集めているけど、野菜位は上の世界で買ってもいいかな。
洋服は上の世界でもおかしくない感じのをとりあえずそれぞれ一揃えして、ムーンとモコには耳が隠れる帽子も買った。
あとは瞳の色が隠れるサングラスが欲しいな。特にモコの金色の瞳は目立つ。
作るか。折角のチートスキルも貰った事だし。
…うん。どこの芸能人の集団?ムーンだけは筋肉と隠し切れない迫力で、組織的自由業者の人に見える。
うん。ムーンは用心棒に見られて丁度いいかも?
服を試着したりしてたら、念話が届いた。
(ユーリ、近くにいるのか?)
(家に戻ったの?門の前ならゲートを開けるけど)
(なら、とりあえず出てきてくれ)
(あー…ちょっと着替えるから待ってて)
ゲートを開くと、テッドとシーナさんがいた。
え…もしかして準備万端?
それと、何だか…
「ふっ…」
テッドの横に立って、微妙に見下ろす。
「ちょ…いきなり何なんだ?そのどや顔は」
「どう見ても勝ってる!よね?」
「うーん、同じ位じゃない?」
「いや…確かにここ半年はあんまり身長変わってないけど、5年後とか絶対抜かすと思うぞ?」
「その時は潔く諦める」
女子が男子の身長を抜かすのは、この時期しかない。
「ユーリは相変わらずか。モコ、そのサングラスはどうしたんだ?」
「えへへ。格好いいでしょ?ユーリに作って貰ったんだ」
「モコ、今は使わないから外して」
「光対策とかか?」
「まあ、後で説明するよ」
「テッド、たまには帰って来てね?ユーリちゃん…敢えて依頼という形は取らないけど、テッドの事、よろしくね?」
冒険者としては一人前と見なされる年齢だからだろう。でも、やる事に変わりはないかな。この半年でエメルもチャチャも進化している。ミノタウロスキングを倒すのにも余裕が出た位だ。
テッドがそこに混ざれるとは思えない。
まあ、今はダンジョンよりも食べられる肉を集めて料理するのに忙しい。
上の世界に魔物はいないから、食べるのも料理するのも全て亜空間の中でやらないといけない。亜空間の中でだけでも自由で良かった。
亜空間の中に入って、とりあえずソファーに座る。
「大切な話があるんだ。実は時空魔法を極めれば上の世界に行ける」
「え…まさか!人の力ではどうやっても不可能な
はずだろ?」
あ…それ知ってるんだ。
「長い時間はいられない。でも可能だよ。上の世界では魔法を使える事は知られちゃいけないし、色々と制限はあるけど、数日滞在する位なら問題ない」
「はー…マジか。俺も連れて行ってくれるのか?」
「うん。それと落ち人の人達に希望を聞いて、行きたい人は連れて行くつもり」
「けど…金もないし、籍もない。そこはどうするんだ?」
「マイクさんの出身地のオアフ島には透明になる魔法をかけて飛んで行くつもり。んん…?ロングワープと超感覚、座標指定が出来れば行けそうだな…」
「凄いな」
「お金は金を採掘したから、それを売れば何とかなるかもだし」
「ああ。成る程な。だからサングラスとか作った訳か」
「髪はどうとでもなるけど、目はね…。でも買い物しても戻った時にはこの世界にない物は持ち込み不可能だからね?」
まあ、正確には私の亜空間からは出せない。
「テッド、バイクを買っても無駄だからね?外には出せないんだから」
「それ位は分かる。それにガソリンがなければ走らないし」
そのガソリンがこの世界にはないからね。
「私はお墓参りと、おばあちゃんの安否を確認したい」
あれから8年。もしかすると亡くなっているかもしれない。おじいちゃんはお母さんが倒れる数年前には亡くなっていたし、お母さんが亡くなった時に大分気落ちしてた。
私に関する記憶はないだろうけど、もし元気なら会いたい。
「テッドは会いたい人とかいるの?」
「うーん。俺の場合、20年も空いてるからな…自分の墓参りってのも嫌だし」
そうか。テッドは記憶に残らないんじゃなくて、死んだんだもんね。
「とりあえず、界を越える魔法が使えるようになったら私と眷属達だけで一回行ってみるよ」
「いや、俺も行きたい。というか多分役に立てる」
「うーん。私とテッドの間には繋がりがないからな…迷子札が使えるかも分からないし」
「何だよ迷子札って」
「位置を特定する為の魔道具だよ。上では出した瞬間に消えそうで」
「ユーリが加護を与えたら?」
「…それは嫌」
テッドは自分が鑑定出来るんだから、加護の効果も分かってしまう。
「加護?…お前、この半年で何があったんだ?」
「なら離れる時はボクがテッドと一緒にいるよ。それなら安心でしょ?」
「別に、待ち合わせすれば。護衛も必要ないだろ?魔物もいないんだし」
「お金を手に入れたら自由行動にして、私は初のハワイ旅行に!」
「……。いや、自由行動はしなくていいよ」
ユーリはしっかりしてるように見えて肝心な所が抜けてたりするからな。
「眷属達は上の世界の言葉喋れないだろ?」
「そこは外人のふりをするとか」
「…まあ、仕方ないよな。とにかく、俺はちょっと本屋に行きたいだけだし」
「まあ、準備が出来たら」
「おう。楽しみにしてるぜ」
ダンジョンでは出来ない空間支配。仲間の苦痛の声を聞くと暴走するウォーターバッファローだけど、この魔法を使うと大人しいままだ。
魔法スキルを上げるのは実戦で使うのが一番。だけど弱い魔物相手に使ってもあんまり上がらないみたい。
うん。きっともう少し。頑張ろう。




