合わせ技
エステルが自分に攻撃してきた。予想だにしない出来事に、透の頭が真っ白になった。
状況から、薄々なにが起こっているのかは予想出来た。先程倒したと思っていたアミィが、エステルに乗り移ったのだ。
いまのエステルは、エステルではない。アミィだ。ならば、【魔剣】で攻撃すればいい。そうすれば、アミィを浄化出来る。
透は【魔剣】を握る手に力を込める。
だが、体が動かない。
当たり前だ。エステルは大切な仲間だ。この世界に来て、右も左もわからない透を、優しく導いてくれた恩人だ。
(その恩人を相手に、【魔剣】で斬りつける?)
そんなこと、出来るはずがない。たとえ【魔剣】が肉体を傷つけないとわかっていても、透はエステルが斬れない。
このまままごついていれば、アミィに逃げられる。そうして再び、想像も付かない恐ろしい事件を起こすかもしれない。今度はエステルの姿で……。
(どうする? どうすればいい!?)
良い手が思い浮かばない。
そんな中、
「トール!」
「……っ!」
リリィを見た透は、はっと息をのんだ。その小さな体には、莫大なマナが渦巻いていた。それも、透ですら息苦しさを感じるほどの圧を感じる。
透は即座にリリィの下に移動した。
「トール。わたしの肩に手を置いて」
「はい」
「これから、新しい魔術を使う。一度も試したことがない魔術。もしかしたら、失敗するかも……。けど、成功したら、エステルが助かる。……どうする?」
「――やりましょう!」
透は間髪入れずに頷いた。
「この魔術は、魂の浄化に特化してる。魔術を放つと、相手が自然な状態に戻る。ただし、すごく難しい。コントロールに協力して」
「はい!」
リリィの体に渦巻くマナを、触れた手のひらで感じ取る。
かなり前から、ひたすらマナを練り上げていたのだろう。彼女の小さな体に渦巻くマナは、レベルを上げ、スキルを上げた透でも息をのむほど膨大だった。
そのマナが、少しずつ組み上がっていく。まるで三次元パズルだ。
捻じれて回って重なって……。
複雑なマナの動きを、透がサポートする。このような経験は一度もないが、高いレベルのスキルが透の意志をフォローしてくれた。
組み上がったマナが一定量に達した時、リリィが口を開いた。
「天に告ぐ――。我焦れるは消滅への力。
魔を借りて魔を正し、正を識りて悪を滅する力なり。
還れ、自然に……虚構なる命よ」
それはリリィにとって、自分の人生をかけた魔術だった。
また仲間が出来た時、同じ過ちを繰り返さないように。
再び目の前に仲間の仇が現れたときに、確実に滅ぼせるように。
そして――同じ悲しみを、もう二度と味わわないように!
宝具により封印さた魔術スキルは、アミィがルカの体を離れた瞬間に解放された。いまなら先ほどのように、魔術が不発に終わる可能性はない。
体内で練り上げた魔術を外側に展開しようとした時、体に膨大な負荷がかかった。
「――くっ!」
リリィの小さな体には重すぎる負担だ。だがそれはすぐに、軽くなった。トールが重みを、肩代わりしてくれているのだ。
咄嗟に肩代わりするなど、とてつもない技術だ。だが、トールはそれを難なくやってのけた。それほどの才が、彼にはあるのだ。
(さすがトール)
そんな彼がいれば、この魔術は絶対に失敗しない。
(ともに征こう、魔術の最奥へ)
胸の奥から湧いてくる、温かい信頼とともに、リリィは高らかに最後のワードを口にした。
「――《滅罪の聖光》!」
頭上に白い光が出現。
その光がゆっくりと落下し、エステルを包み込んだ。
《滅罪の聖光》は光属性の魔術だ。光属性は、神の力を借りて発動する〈法術〉に近い。その属性の最上級魔術なら、悪しき魂も祓うことが出来る。
ただし、これを扱うにはリリィの力では不足していた。それくらい、編み出した魔術は高等すぎた。
故に、リリィはトールに助力を乞うた。すべての神に愛された彼がいれば、神にも等しい技術を要するこの魔術とて、成功するだろうと踏んで……。
エステルを包んだ光は、収まるどころかより一層強さを増した。腕を翳すだけでは足りなくなり、リリィは顔をそむけた。
隣にいるトールをちらり見ると、彼は光の中心を直視していた。
(目が焼ける!)
ドキッとするが、すぐに彼の目を覆っているものに気がついた。トールの眼前に、《ブラインド》が展開されていた。それも、視界を奪うものではなく、光を適度に妨げる程度に薄く引き伸ばされている。
(なるほど……巧い)
《ブラインド》で光を減衰させつつ、何が起こっているのか観察するとは、よく考えられた技である。
――にしても、随分手慣れている。
魔術が発動した瞬間に、適度に調整した《ブラインド》を展開するなど、平時から練習していたとしか思えない。
(……反射神経と技術力の無駄遣い)
リリィはそう評しつつも、トールのマネをして目の前に《ブラインド》を展開するのだった。
ブラインド・サングラス。
懐かしの技を出してみました。
(なんのことかわからない方は、もう一度本作を読み返してみてください)
劣等人の魔剣使い 小説4巻
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